第42話:其ノ行動ノ意ヲ想ヘ

 ここへ来るまでに、自律走行型のデコイがいくつか壊されていた。一人ずつ捕まったらしい、拘束された衛士も三人。

 彼らは自由にならないながら、顔を背けようとした。どうも顔を見られたくないようだ。

 この先に居るのは、その彼らの仲間なのか。それとも粗忽さんが呼ぶと言っていた、彼女の部下なのか。どちらも構成人員を知らないのだから、姿を見ただけでは判別がつかない。

 無差別に取り押さえるわけにもいかず、どうするべきか。僕が案の一つをも思い付く前に、荒増さんはハンドサインで指示を寄こした。

 曰く、僕はここで待機して、逃げてくる者があれば取り押さえろ、と。荒増さんは萌花さんを連れて、敵を片付けてくるそうだ。

 いや、それは留守番じゃないか。

 萌花さんが役に立つとか立たないとかいう話をしたいわけではないが、少なくとも僕は邪魔だから待っていろと言われたに等しい。

 抗議をしようにも、サインを読み取ったことを返した瞬間に、荒増さんは移動してしまった。

 もちろん声を出すわけにはいかない。敵が衛星監視システムを使っているとは思えないが、全方位型の聴音監視はやっているはずだ。

 ――荒増さんはいつもの如く。萌花さんは樹人だからか、落ち葉の上を、藪の中を、全くの無音で進んでいった。その技術は、たしかに僕が着いていけば邪魔になる。

 もう、追い抜かれたのか。萌花さんのほうが年上だけど、まだ入隊から二日目の新人に。人間がまた別の人間に対して、どんな点でも勝っているなどあり得ない。だからたった今は、萌花さんが優れていても不思議ではない。

 それは分かっている。大したことだとも思っていない。でも僕自身の昔のことは、思い出してしまう。


「また、置いていかれるのか……」


 静まり返った森の中に、ぼそっと言った僕の声はとても大きく聞こえた。自分でそれに驚いて、しまったと失態を重ねそうになる。

 見えていた部隊は、もう茂みの向こうに行ってしまった。気付かれただろうか。気付かれたはずだ。ならば、ここに居続けては危ない。

 移動しようとして、辺りの気配を探るのも忘れていたことに気が付いた。こんなところを襲われては、ひとたまりもなかった。

 自分の中にある霊の領域を、ふわふわと揺れる煙のように殻の外へ。それが段々と広がって、なにかが触れれば煙が揺らぐ感覚。それが僕の、知覚式の発動イメージだ。


「――っ。誰か、そこに居ますね」


 左手方向。荒増さんと萌花さんが通っていった茂みに、誰かが潜んでいる。殺気はこちらを向いていて、なんらかの武器も万全に構えられている。

 防護式も完全に消えたこの状態では、どんな武器でも防げない。致命傷を防ぐ程度なら一秒ほどだが、そんな隙も与えてはもらえないと感じた。

 ゆっくりと、その相手がこちらに進む。僕と茂みの間には、四歩ほどの距離がある。それが届くほど、長い得物ではないと思う。投げナイフ、などではなさそうだ、銃か。

 次の一歩で姿が見える。そこで相手は立ち止まった。


「まさかと思ったが、遠江くんか」

「えっ」


 聞き覚えのある声。そう思って落ち着いて霊を見れば、たしかにそうだ。


「新手と思って、危うく射るところだ」

「救援に来たつもりなんですが。なんというか、すみません」


 最初に見えたのは、真っ黒の弓と矢。それを握った手と腕、泥で汚れたシャツが見えて、最後に見えたのは粗忽さんの顔。


「そうか。どういう経緯か知らんが、好意は感謝するよ」

「あの、喋っても大丈夫なんですか?」

「ああ。少し前に、サウンドブラスターを使ったからな」

「なるほどそれで――」


 気にはなっていた。この森には、動物や虫の声もなかったから。音響探知装置を破壊する、スタングレネードの一種を使ったのなら納得だ。


「まあゆっくりと話している暇もない。助けに来てくれたと言うなら、手伝ってもらおう。敵は衛士の緊急装備、一個小隊だ。ただし少なくとも八人は拘束している」

「了解です」


 厳しく凛々しい粗忽さんの顔は、泥が塗りたくられていた。というか頭の上から足の先まで、全身がそうだ。食事をしようとしたところだったからか、最低限の防具も身に着けていない。


「あの、味方は?」

「部下が一個分隊。それぞれ隠密しているはずだ。それと大過もな」

「見外さん? ええと、こちらは荒増さんと萌花さんが」

「ちっ!」


 荒増と言った途端、粗忽さんの表情が醜く崩れた。いや不細工になったのでなく、怒りとか侮蔑とか。吊り上がった目に歪められた口元、引き攣ったような頬と、マイナスの感情が豊かすぎる。


「え、ええと」

「耳は断ったが、目は健在だ。暗視と感圧、サーモだな」


 どう宥めようか、あたふたする間もなかった。粗忽さんは表情を戻して、敵を追い始めた。そういえば僕は、ここで待つように言われたのだったけど、どうしたものか。


「どうした。早く」

「あっ、はい」


 作戦行動として、救援対象は確保したのだ。それなら次は、その保護が任務になるだろう。

 頼りがいのある指揮官としての粗忽さんに、その必要もなさそうだがと感じながら、僕はいくつかの式苻を用意した。

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