第44話 決戦の前に

 結局ウリンハナンまで一往復、更にチンチャイまで一往復。

 結果合計80名程度の賢者または大魔法使いレベルが集合した。

 この中の何人が使徒プレイヤーで何人が社員かはわからない。

 ただ戦力としてはこの世界でも随一のレベルだろう。

 それでも俺は不安が消えない。


 ふと何となくファナの顔が見たくなった。

 今朝別れてまだ半日少々なのだけれど。

 よし、まだ魔力も少しあるし家まで行ってこよう。

 あてがわれた個室に移動魔法のアンカーを設置し、ちょいとひとっ飛び。

 いつもの裏の倉庫に到着だ。


 幸い家の付近には使用人の皆さんをはじめ人の気配は無い。

 そしてファナは家の中にいるようだ。

 こそこそと表に回って家の中へ。

 そーっと玄関扉を開けた時点でファナに見つかった。

「サクヤ様!」

 ジェスチャーで静かにという合図をする。

「悪いな。あと一押しかかりそうだ。だからちょっとファナの顔を見に来た」

 あ、本音が出てしまった。

「そんな訳でもうしばらく出ているけれどさ。また帰ってくるから」


「嫌です!」

 えっ?

 思わぬ返答に固まった瞬間。

 ファナにぎゅっと抱きつかれた。

 小さいけれど思った以上にしっかりした感触。

 あと少々痛いくらいの腕の締め付け。

「本当は少しでも離れるのは嫌なんです。ずっと一緒にいたいんです。ちょっと姿が見えないだけで本当は不安になるんです。

 勿論サクヤ様がお強い事はわかっています。わかっているんです。わかっているんですけれど……」

 俺の身体に回している腕の力が更に強くなる。

 ファナと触れている部分が熱い。


 こんな時俺はどうすればいいんだろう。

 連れて行くという選択肢は無い。

 行かないという選択肢も多分無い。

 出来るのは可愛いファナの頭をただ撫でる事だけ。

 左手をファナの腰に回して抱き返してやり、右手で頭をゆっくり撫でてやる。

 寝る前にしていたりたまに寝た後もしているのと同じように。

 出来れば俺もこうしていたい。

 可愛い大事なファナと一緒に居たい。

 でも、だからこそだ。

 不安要因は取り除いた方がいい。

 今回の件が大魔王に関連しているかはわからないけれど。

 ファナが大事だから。

 幸せに生きて欲しいから。


「ごめんな。でも必ず帰ってくるから」

 そう言ってファナの頭を撫で続ける。

「当り前です。帰ってくるのは絶対なんです。わざわざ言わないで下さい」

 怒られた。

 ファナにしては珍しいよな。

 いつもは聞き分けがいいのに。

 でもいい。

 とりあえずファナの気が済むまでそのまま頭を撫で続ける。

 やや茶色い髪やモフモフの犬耳が手に心地良い。


 どれくらいそうしていただろう。

 やっとファナが腕をほどいて少し離れた。

 ちょっと赤い目で俺を見上げる。

「わかりました。今度だけは送り出してあげます。でも絶対帰ってきてくださいね」

「当然だろ。ファナがいるところが俺の帰る場所だからな」

 あえて自信たっぷり風にそう言い切る。


「それじゃ行ってくるな」

「ちょっと待ってください。夕食はまだですよね」

「ああ」

「つい習慣で2人分作ってしまったんです。食べて行ってください」

「わかった」

 そんな訳でちょっと早めだけれど夕食。  

 今日はシチューだ。

 バリケン肉たっぷりのところがファナ風。

 馴染みの味だなと思ってふと気が付いた。

 俺ももう待っている人がいるんだなと。


 どこまでが現実かなんてもうどうでもいい。

 ファナが待っているここがきっと俺の帰る場所なんだ。

 ファナがいて、畑があって、ウゴ達使用人がいて、気を抜くとバリケンが増えて。

 帰ったら次の学校の準備も始めなければならない。

 紙や本を用意して、手書きの教本を作って魔法でコピーして。

 あとジャガイモの耐性品種も増やして村中に生き渡らせないとな。

 だから俺は必ず帰る。

 この事態を無事に解決して。


「あとサンドイッチも用意してあります。この季節だから明日くらいまでは充分持つと思います。夜食代わりに持って行ってください」

「ありがとう」

 俺が帰ってくることを予想して色々用意を整えていて暮れたようだ。

 俺は温かいシチューを噛みしめるようにゆっくり味を確かめて食べる。

 ファナのこの味を忘れないように。

 何があってもここに帰ってこれるように。


 笑ってファナのもとに帰れるように。

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