第654話

 その後。巻き込まれまいと隠れていた灰音を取っ捕まえたり、伊鶴に呼ばれての義理チョコ交換会もやり。期末テストも終えて。三月を迎える。

 桜舞う卒業式。といっても想像するような式はない。

 一、二年生は集まらず。三年生だけが集まり学園長に証書を渡されるだけ。当然来客も一部の保護者くらい。

 そんな簡素な卒業式が終わってからがある意味本番。

 部活ごとで各々先輩たちの送別会が始まるから。

 当然。被服部も例に漏れず。

「ぐすっ。ぐすん! 部長! そして先輩方! 今までありがとうございました!」

「部長のお陰で私たち……っ。可愛い衣装を可愛い子に着てもらう妄想に浸れました!」

「実際着てもらうこともできました!」

「あの感動は一生忘れません!」

「本当に――」

「「「お世話になりました!」」」

「いや、諸君のお陰で私も新しい世界を知れたりして楽しかったよ。本当に、この部活で三年過ごせて良かった!」

「我々も同じ気持ちだ」

「喜びをわかちあった日々、決して忘れない……!」

「「「「「うぉぉぉぉぉおん!」」」」」

(泣き方、野太いなぁ~……)

 幽霊部員の才もちゃんと呼ばれていて。リリン、カナラ、ロゥテシア、コロナ、灰音は振袖を着せられている。

 コロナと灰音は動きやすいように下はスカート風にしての甘ロリ風にアレンジされているが、これもまた世話になった者の務めとして受け入れている。

「……はぁ、さて、後輩」

「……なんすか? 抱き合わないッスよ? そんな鼻水まみれの面で抱きつかれたくないッス」

「なに勝手に断ってんだよ生意気な。まぁ、良いけどさ。そうじゃなくて、ちょっとお話しようじゃないかと」

「えー別に俺に用とかないでしょう? こいつらでしょ用あんの」

「いんやもうがわいいよね。たまらんばい」

「じゃ、終わりッスね。俺帰りますわ」

「いや帰んなよ。なんだよもう。薄情な後輩だわ」

「もうなんなんすか。俺幽霊部員なんですけど」

「本当可愛くない。隣に可愛いが五つあるけど可愛げなさが凄すぎてトントンだよ」

「あ、じゃあこいつら置いてくんで。お先ッス」

「だから帰んなつってんだろぶっ飛ばすぞ。卒業式くらい優しくしてたもれ」

「え~……」

「本当に嫌そうね。とりあえず聞きなさいって」

「はいはい」

 ごねても解放してくれないとのことで留まることに。

 正直大した話はないと思ってた才だが、内容を知ると後悔は消える。

「来年度だけど、学園が大きく変わるらしいよ」

「はい?」

「私の就職先が特殊でさ。色々と情報入ってくんのよ。それで聞いたんだけど。来年度から優秀な生徒は実地訓練もしていくんだって。人域魔法師のプロとかセミプロみたいに」

「マジっすか?」

「マジマジ。だって私、そのサポート系の職につくことになったから」

「なんでまた」

「そりゃあもう……この魅力によるスカウト?」

「ハハハハー」

「乾いた笑いしてんじゃねーぞ♪ ――で、たぶん卒業しても関わりあるからさ。今後ともよろしく~

「はい?」

「だから、私さ。異界探索の実地訓練のサポートするわけ」

「はい」

「私得意なの服作りなわけ」

「そうッスね。大分お世話になりました」

「私の契約者は蜘蛛系で。その糸を研究して探索員用のスーツ作ることになってるのね」

「それが本当なら凄いッスね。ちゃんとしたスカウトっぽく聞こえます」

「だからスカウトだっつの。それもさんから直々に」

「……マジ?」

「マジマジ。すごいっしょ。讃えろ後輩野郎がよ。……で、契約者の服はオーダーメイドだからさ。リリンちゃんたちはともかく人型じゃないのもいるから。直接顔を合わせて設計するんだけど。そんとき絶対顔だせって言われてるから」

「……でもなんでそれを俺に?」

「ばっか。成績優秀者が選抜されるんだよ? あんた絶対入るだろぅがいおバカ」

「いやー俺E組だしー」

「クラスはもう関係ないよ。最近は急にマナのランク上がったりだとか。マナがほとんどない人も魔法使えるくらいに増えたりもしてててんやわんやだし。うちのクラスとかからも今のA組まで成長したのいるよ。まぁ、私なんだけどさ」

「そうなんすか?」

「ニュース見なさいって。まったくこの後輩は。とにかく。そういうことだから。来年度もまたよろしくね。もう行って良いよ」

「……うっす。あざっした」

「は~い、よ」

 まくし立てられた内容があまりに濃く。若干ついていけない部分もあったけれど。

 とりあえずひとつ確かなのは。

(……リリンたちの服は来年も困らなさそう)

 ということ。



「えっと……他にやることは……」

 才の勝利をきっかけに召喚魔法師を異界での実地訓練に向かわせることができるようになった為。それに必要な手続きに終われる紅緒。

 忙しいは忙しいが、嬉しい悲鳴。ようやく日の目を見せることができそうなのだから。

 それ故ここで音をあげるわけにもいかないし、充実感は凄くあるのでむしろ休みを忘れるほど。

「頑張ってるね」

「……!? ……貴女ですか。なんのご用ですか?」

 そんな彼女のもとを訪れたのはアノン。

 クレマンを下したとき。コロナの白炎は最初神システムに繋がっていた。

 それを一度切り、クレマン経由で改めて干渉を行っていて、とき、余波でシステムにダメージを与えていた。

 それによってシステムの干渉力が落ち、その隙にアノンは干渉。影響力を奪っていった。

 奪うことで得られたのはリミッターの解除法。

 魔力迷路ラビリンスの概念を消し去る方法だ。

 これはそもそも存在しないモノ。システムが施した鎖に過ぎない。

 あるモノと誤認していたものはなくなったから。抑制概念ラビリンスが無くなったから。全ての人々はマナを増やしたのだ。

 全ては、システムとアノンが原因。

「少し様子を見にきただけだよ。随分捗ってるね?」

「お陰さまで。実地訓練もそうですが入学希望者も増えて嬉しい限りです」

「そう。それは良かった。気になる子が二人ほどいるから、落とさないようにね」

「それは……善処します。伸ばせる才能があるなら伸ばして上げたいですし」

 全ては無理でも、才能とやる気のある子がいれば手伝いたい。それが紅緒の変わらない信条。

「じゃ、もう行くよ。まだまだのリソースすらも使いたいからさ」

「……だったら無理に来なくても良かったんですが」

「節目でしょう? 様子見たいじゃない」

「……そうですか」

「そうなの。じゃ、様子見したから満足もしたし。また何かあれば会いに来るよ」

 そう言って消えていくアノン。

 紅緒はしばらく虚空を見つめ、そして上を向く。

「……もうすぐ春休み、か」

 立ち上がって外を見ると、ガラスに桜が張り付いていて。

 なんだか、終わりと始まりを彷彿とさせる。

「……よし」

 今一度気合いをいれて、残りの仕事に取りかかる。

 来年に向けて。


 新たな風を吹かすために。



――了――

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