第619話
バトルパート
VS
「して、余興とは如何様に?」
「こ~ゆ~の~」
「!?」
逆手に太刀を持ち変えて振り上げると、魄嚥桃のところ。どころかその下の屍の山と地も裂ける。
口調のおっとり差とは裏腹に、やることには殺意しか感じない。
「ふぅ……っ! あなや! やはり余興と言うにはやはり趣がない!」
体を倒して胴を斬らせ、頭を守る。
魄嚥桃の持つ肉を支配する力を持ってしてもマナによる斬撃の延長と空間歪曲による断絶を混ぜられた一太刀は致命傷は免れても痛みまでは拭えない。
(くぅ……っ。これほどの痛みは母上からとて受けたことはない……。久方ぶりに会った時でさえ、だ。にも関わらず数日で成長なされた。ふふ。くふふふふ!)
「はははははははははは! 悦い! 実に! これほどの
「しまいよったんか。なら命も終いにしてまえ」
「其れは早計」
屍に刃を突き立てながら空いた手を神薙羅のほうへ向ける。
屍達は息を吹き返したように立ち上がり、しかしそれぞれの一部が繋がり、波となって襲いかかる。
「……」
驚く素振りもなく。脅威など微塵も感じず。ただ右手に持つ太刀を振るだけで蹴散らされていく。
そして左手には、扇が握り潰されていた。
「やや。勿体ない。其は宝物庫にあった代物なのでは?」
「いらんくなったんよ」
「何故?」
「知る必要はないやろ?」
「否。魄が勝てばそっくり母上の物は頂く所存。壊されるのは困ります」
「ほう? せやったら壊されんようにしてみ?」
「ではお言葉に甘えて」
再び押し寄せる屍の波。
しかし今度は規模が違う。
先は合戦における両軍の衝突程度の規模。
今は。
(肉の津波……か)
横幅は変わらず、高さは人一人分から十メートルほどに膨れ上がってきた。
(でもやることぁ変わらん)
「……」
「懐深きは美徳――」
肉の波を薙ごうと太刀を構えた瞬間に魄嚥桃が踏み込んで低い姿勢から刃で胸を突こうとする。
「……!」
寸でのとこで切り返して止めるも。
「しかして油断は禁物」
肉の波は押し寄せる。加えて、後ろからは地面より骨の槍が構えられている。
「ぬぅ……」
「さて、如何なさいますか? 懐には魄。上からは肉の波。後方からは骨の槍。どこもかしこも逃げる道は塞ぎもうしあげますれば」
確かに八方塞がり。逃げる道は見えず、深手にならずとも何かしらの傷は負おうもの。
「……逃げる?」
が、それは逃げるなりかわすなりを視野に入れた場合。
「誰が、誰から逃げるゆーのん? えぇ? なまゆーうんはどの口ぃ?」
「……♪」
お叱りを受けて思わず口角が上がる。
が、次の瞬きをする頃には驚きに目を見開くことになろう。
――
空気を掴んだ。ただ、空いた手で空気を掴んだだけ。
それで起こった事象は。
「ぁ……はっ」
魄嚥桃の膝から下が潰れ。骨の槍は粉砕され。肉の波はちょーど二人が被るであろうとこが抉られる。
傷一つで負けを認めてくれるつもりの神薙羅であるが……これは。
(文字通り骨が折れる……どころではないかっ)
全盛期……と、呼べた頃ならまだ傷の一つや二つ負わせることはできたろう。斬撃の軌道上にいなければ首を落とされることはないし。桃色の煙が見えれば警戒は高めれば出所も予測できる。
(今のはなんだ!? 握られたっ。まとめて! 見えないモノに握り潰された!)
神薙羅が
そんな単純な力業だが。単純故に強力。対処も初見では難しい。
(……? この残り香……
そう。初見では難しいし、マナが感じられなければ対処そのものができない。
けれど魄嚥桃は花菜の娘の因子を持ち、
(つまり、あの斬撃を面や球でできるようになったと。しかも規模も自由自在大小様々)
厄介。間違いなく厄介そのもの。
しかも威力はご覧の通り。魄嚥桃程度では受ければただじゃ済まない。
しかし、わかったとて対処は難しい。かわす以外できないとも言える。そして、予備動作が起こる頃には潰されている。回避すら困難。
(して、如何にするべきか)
どうするか悩む。それは例え流星閃く程度の刹那であっても隙は隙。相手を選ばねばしてはいけない行為。
今の相手には、してはいけない行為。
「
「――ふぶっ!」
空を手で押し出すようにし、魄嚥桃を吹き飛ばす。触れなかったのは接触時に何かしら手を打たれぬ為。
この戦い、傷を負うつもりは毛頭ない。
「ぬぅ……離された」
(となれば不味い。此は不味い)
遠距離からならば自分が有利と思っていた。斬撃と突風さえどうにかすれば良いと。あとは近づかせなければ自分に分があると。
が、どうだろう。今の神薙羅は完全に前とは違う。遠近共に脅威変わらず。
「致し方なし」
半端な力では抑えられない。むしろ徐々に力が増している気がして胸騒ぎが治まらない。
故、少しばかり本腰を入れていく。
「ん……?」
肉が蠢き、骨がすり鳴り、屍が躍動を始める。
神薙羅の足元の、地の下にも仕込まれていた骨が魄嚥桃のほうへ集まっていく。
「骨のみで作るほうが妖しくも趣深く存じますれば。しかして肉がなければ対応できぬと判断しました」
作り上げた屍を寄せ集めた骨肉の巨人。
その姿。顔はなく、手足はなく、ただ繋げるだけ繋げて『爪』の字のよう。
しかし字のような平面ではなく。厚みを持たせてどこか抉られても繋ぎ直す余暇を生むように城のごとき高さも兼ね備えている。
(ここまでの大きさならば容易には一息で始末はできないのでは?)
「肉があろうと関係あらへんよ」
――
手を上げ。ゆっくり下ろしながら手を握る。
すると、それだけで。たったそれだけで。
『爪』は『小』の字を象ることに。位置的に頭部であった場所は握りつぶされた。
腕に該当する部分も地に落ち、轟音を響かせて地を揺らし、砂ぼこりを巻き上げる。
「あなやなるほど。不慣れと見た」
「ん……」
天に顕現せし見えざる手が消えると、頭部に仕込まれ、砕かれた骨が撃ち出される。
(いくらなんでもそこまでの規模の歪み、瞬く間の連発は叶わぬでしょう? 実際の手に感覚が繋がってるわけでもなく。
その予測に間違いはなく。撃ち出された無数の骨弾は斬撃を四、五発飛ばすことで自分には当たらないようには出来た。
しかし。
「隙有り」
「無いわ」
背後から一突き。
無傷……ではあるが、振り向く際に袖が少し斬られてしまう。
「ふふふ。もう少し」
「最初で最後とは思わへん?」
「おーもわへん♪」
「生意気」
「おっと」
神薙羅が手を構えたのを見ると直ぐ様距離を取り、地に仕込んである骨を八方から放って距離を取る。
距離を取るのは無意味に思えるかもしれないが、神薙羅は視界によるものや、大雑把な空間の把握はできても細かい空間の指定は不慣れ。
少なくとも、煙管を使った桃煙以外ではまだまだ甘いところがある。
故に距離を取るのは守りの一手としては悪くない。
「やっぱり、骨が折れるわ。魄の相手すんのは。でも――すぅ……! ふぅぅぅぅうう!」
「うっ」
煙管はない。肺にも煙は入ってない。なのでこの行動には直接的な意味はない。
これはルーティーン。ただのルーティーン。
しかして侮れない。
この行動により紫色の煙が生まれ、桃色に変わっていく。
そう。この煙を見て
だから呻いてしまった。冷や汗をかいてしまった。
今から始まるのは、手も足も出なかった全盛期の戦法。
けれど、その時と変わらずというわけでもなし。一味くらいは変えてある。
「斬雨は上から降らず……」
「
大量に吐かれた煙は数キロに渡って散り散りに。
そして。
「ほれ。まずは一つ」
「……!」
太刀を振るのが見えた。
そして、斬撃は相対してるが故正面からやってきて。また、背後にある煙からも飛んでくる。
「二……つっ!?」
斬撃が煙を越えて一つ。同時に煙から煙へ移動して一つ。一振りで二つの斬撃は魄嚥桃を挟み込む。
辛うじてかすり傷で済ますも、冷や汗が滲み出て来る。
「余興から
「先も今も戯れにしては度が過ぎておられますれば……っ」
動き回りながら地より骨弾と骨槍を飛ばす。
が。
「かはっ!?」
煙に遮られ、
弾は右目、左耳、左手首、右足の甲と親指を爆ぜさせて。槍は背後から喉、左太股、右脇腹を貫く。
それ以外は捌けたが、予想の外だったのでかわしきれなかった。
(
影同様強いマナがあれば煙も吹き飛ばすことはできる。しかしこれも同様一瞬でも高密度のマナを吹き飛ばせる出力が必要。
つまり、単純に
武具や道具を既にいくらか壊して還元されているのが功を奏したともいえる。でなければ煙は吹き飛ばされているし、それ以前の攻防でいくらかの手傷は負っていることだろう。
「ど? うちに怪我させられそ?」
「……さぁ、今のところはなんとも」
(あれだけやって
刺さった骨を体内に取り込み回復を図りつつ。仮説を立てていく。
そして気づいた。気づいてしまった。
神薙羅の持つ特別な武具、道具の数々。その総量は知っている。よーく知っている。
もし、もしもあれら全て壊した際に力を増加させていくとすれば。
「……っ!」
(不味い。非常に不味い……っ。これよりも強くなるなどこちらに勝ち目が無くなるっ)
どころではなく。
現状でさえ天地から手で挟めばそれで動きは封じられ、なぶろうが一息にやろうが思うがまま。
しないのは単になまくらを鍛え直してるだけ。
まだ馴染んでない己が元の力と。昔の勘を戻しきってないだけ。
(早々に仕留めなければこちらに勝機など非ず)
(あっかん。思たよりも時間かかりそ)
焦る白髪の鬼。寝惚ける黒髪の鬼。
相対する双方心も対局。
未だ神薙羅の座興は終わらないのか。
「母上。これよりこちらも本気で」
「余興は終い。
「……っ」
天を指すように刃先を上へ向け、振り下ろす。
斬撃はかわしたが、それ以上に魄嚥桃が気になるのは。
(太刀を……壊した……? いや……)
得物を自ら捨てた点。けれど、即座に仮説は確信に変わる。
(太刀すらないほうが良いと……?)
天を裂き地を裂いて。空間に裂傷を残すがごとき大太刀。それを持つよりも素手のが強い。
即ち、それほどの力を得るということ。
「畜生!」
「誰がや」
屍をこね合わせて作られた兵隊たち。一体一体を自らと同レベルの精密性を持たせ。擬似的に自身を増やした。
一度にこれだけの傑物が襲い来れば大概の生物ならどうにでもできる。
大概の範疇にないのが目の前にいるのが問題ではあるが。
「ほう。そうくるんやね。ほならこれで」
――
天が有れば地有り。今度は大地と手を繋げて一掴み。
ひとまずは全体の四割は握り潰せた。
「ほい」
――
近づいて来たモノ。指の隙間からあぶれたモノは空いた手を親指のほうに傾けてからすぐに小指側へ小気味良く傾ける。
小指側へ傾ける度に肉は平らに伸ばされていく。
「ふ……っ。……くっ」
(やりおる)
いくらか魄嚥桃へも落としているが当たる気配がない。探知の精度を上げたか修正したか。どちらにせよ鈍ってた勘を取り戻していくのはあちらも同じ。
城に閉じ込められてひたすらまぐわう日々を終わりを告げ久方ぶりに刀を手に持っている。そして、数百年ぶり緊張感のある戦いをしているのだから。
(冴える。冴えていく。このくらいなら当たることはない。しかし)
当たらないことはできても決定打はなし。
屍の兵も。骨の遠隔武器も。不意打ちも。今のところ効果なし。
力業でいこうにも地力は確実に神薙羅が上。
(勝て……ない……か……。かといってもう一つまでは譲れんよ)
勝敗は決した。狂っていても聡い為に答えを導いてしまう。
なんなら、もう一方さえも無理とわかってはいる。
でも、ここで諦めるのは潔いよりさらに無様。
「傷一つつけて母上の男は食らわせてもらおう!」
「貴様なんぞに触れさせると思うかァ!?」
「ははははは! 思わず! にしてもその男のことになるとまさに鬼! 鬼の形相! そこまで慕い申しておられるか!」
「でなければとうに会わせたってるわ!」
――
「ぅ……ぁ……」
地に立っていた。立っていたはずだった。
けれど、神薙羅が人差し指と中指を束ねて上へ軽く弾くと魄嚥桃の体が宙へはね上がる。
次いで空を掴み捻ると、魄嚥桃は三半規管を奪われる。
上下左右はわからず、神薙羅からの干渉とあらば修正に時間がかかってしまう。
「ぐぅ……! うぅう!」
そして神薙羅は左右の掌を重ねる。
上下から押し潰され、肉と皮を裂いて骨と内臓が飛び出す。当然脳も。
「きゅふぇ……びゅび……っ」
脊髄反射か、わずかに残った脳による誤指令か。全身と潰れた喉から嫌な音が奏でられる。
「か、かびゅひ……っ」
潰されながら脳を無理矢理再生させつつ。余った兵を再び動かす。
これだけの規模で空間を支配していれば他に手は回るまいとの判断。
しかし。
「見くびらんとき」
「ぁぎゃ……?」
片手で魄嚥桃を握り込み、空いた手で自分を持ち上げる。
「ん。飛べるんか。でも」
さらに自分を包み込むようにして身を守り、追手は見えない
「さて、これ以上なにかできる? 聞こえてるかもわからんけど」
「ぁ……びゃ……ぅ……べ……」
聞こえてはいない。思考もまともにできていない。
でも、詰んでることはなんとなしにわかっている。
もう、ダメ。なにもできない。諦めた。
魄嚥桃は完全に諦めた。
だから。
「ぁ……ぁ……ぁぁ……ぁ……」
「ん?」
「ぁぁぁぁぁぁぁあ」
「……っ」
(気がどんどん増しよるっ。それに、この嫌な感じは!)
「あああああああああがぁああああああああ!」
マナが増大し、比例して手を押し退け回復していく。
真っ先に頭から喉が治り、声を上げ、その音にマナを乗せつつ反響と増大を繰り返す。
「ん……んぐぅ……」
徐々に。徐々に。しかし確実にスペースは広がっていき、押し潰されいた肉が。骨が。臓物が形を取り戻し、肉体を形成していく。
「あああああああああ――ふぅ」
「……!」
完全に傷は癒えた。されど先程とは異なる姿。
肉体はさらに強く白に染まり。手は体を治し切ると影を螺旋状に展開して食い止めた。
「ふぅん?
「いかにも。が、賭けはいただくつもりですよ」
「そいで小賢しいことをしてくれたわけや」
魄嚥桃は諦めた。現状の個の力で勝つことを。
つまり、
それ故にマナで神薙羅の手を押し返し、影を展開するに至った。
(今まで小うるさく囀ずっていたモノから力をいただくのは癪だが、まぁ致し方ない。母上を手に入れるためには必要だった)
さて、つまりはここから。
「え~。余興に座興が終わり、一幕も終わって第二幕といったところか」
「……洒落臭いことを」
神薙羅はこの先加減をできない。
魄嚥桃も神薙羅をなめることはもうしない。怖さは元々知っていたし、今までのやり取りでより危険度は増した。
お互い、ここからは全力全開。
正真正銘第二ラウンドの始まり。
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