第607話

 男を知った。それは彼女にとって心地の良いモノだった。

 何度も。幾重も。重ねて。喜びは潰えることなく。

 彼との繋がりは複雑に絡み付き。やがて他の糸が編まれる隙間すらなくなって。

 そんなところに無粋にも割り込もうと差し込まれたら?

 彼女は男を知った。どうでも良かった男の欲に触れた。

 どうでも良い男は。嫌悪の対象に変わった。

 ふふ。ふふふふふふ。あははははははは!

 さぁどうなるかわかるでしょう?

 結構話し込んで彼が帰る時間に差し掛かってるのもあわさって。

 また彼女の心は揺れてしまう。



「…………」

 触られた。肌に。彼にしか触らせたことのない頬に。

 その瞬間。彼女の意識は真っ白に染まって。時折赤が混じるようになって。

 でも、何故か目の前が見えなくなっても。わからなくなってもどうでも良くて。

 ただただ彼女は発散せざるを得なかった。

 でないと大事なモノを失ってしまいそうで。

 だからとりあえずこの火が治まるまでは身を委ねてしまって。

 そして夢中になって自然にくべられた薪が燃え尽きるのを待っていたら。

「ただ……い……ま……」

「――ぁ」

 真っ白が赤に染まり尽くした頃。愛しいひとの声が聞こえた。

 声は彩りをくれる。でも、赤はまだ多いまま。

 なんでだろうね。なんでだろうねぇ?

 それは。

「あの……それ……」

「………………」

 雑だね。彼女ならこんなに汚すことなかったのに。

 血なんて一滴も溢さずにおけたろうに。

 あ、でも汚れてはしまったけど床とか家具とかは無傷だね。偉い。

(これ……誰だろ? 花菜さんに殺された……んだよな……? いったいナニしでかしたんだろ……?)

 うん。君は君でちょっとズレてるね。殺したのがまず問題なんだよ?

(それになんか作り物みたい。道具はなさそうだし、素手でやったのかな? 人間業じゃない。でもこの人そもそもたぶん人間じゃないみたいだし……。本気だしたからこうなるのか……。怒らせないようにしよ)

 いや、本気だしたら山くらいなら割るよその女。まぁ怒らせないようにするに越したことはないけどさ。

「ぁ、ぁの……これ……は……」

 と、ここでやっと彼女の返答。よっぽどショックだったんだろうね。彼にこの光景を見られたのが。

(ぅ……やば……)

 悪いことをしてしまった女が涙で男に媚びる。それを彼女がやった途端彼は目の前の物体なんて完全にどうでも良くなっちゃったみたい。

 イキリ立つまま昂りに身を任せて彼女を愛する。

 けれど、側に横たわるモノは非日常感をくれて、いつもとは違う刺激に酔いしれる。

 でも一つ彼らは物足りなかったみたいね。

 だって彼女の口も顔ごと赤くなってたから。

 せっかくのご馳走だけど。汚れていたら食べる気にもならないってね。



 ……え? あぁ、まだ後輩君の末路を言ってなかったか。

 そうだね。肋骨から上が全部丸取り前のつくねの種って感じかな。

 そんなのが転がってるとこで彼もよくその気になれたよね! あはは! 君も大概興味のあるモノ以外は無関心だ!

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