第608話
さて。イカれた営みを行った日から彼女はもう彼に対しての疑いを完全に消しましたとさ。
いやね。この数年の間にも色々やってたんだけど。
例えば、お酒を飲ませて本音を聞き出そうとしたり――それでベタ惚れべた褒めにされて盛り上がったのは良いものの、彼慣れない酒で寝ちゃって悶々とした一夜を過ごしたんだけどね。
例えば、和宮内家で独身の若い子(彼女基準)を家に呼んで鉢合わせたり――半分は三十代以上で彼としては論外としても、もう半分も彼女より魅力的な子はいなくてはいお察し。そもそも彼を魅力的に思う子がいなかったのもお察し。
例えば、和宮内家の中にだらしなくて勘当されてフーやってる子がいてね。その子のところに行って男を喜ばせる手練手管で寝取ってくれと依頼したり――彼女のが上手いわ名器だわでその気にはなれても最後までは至れないっての。あ、一応途中まではさせられた。彼女の腕力に勝てるわけないし。で、しこたま怒られた。
んで、エトセトラエトセトラあった上でのあの事件。
彼らの絆は強固になりましたとさってね。
それからの彼らは平和なものよ。彼はなんだかんだ還暦まで勤めて、退職した後は別の土地に数年ごとに二人でフラフラ。
あ、彼女が奥さんって言うと目立つから娘って設定で。夜もたまにそういう設定で。
年を取ってからも毎日のように営みは続けていたけれど、彼が八十を超えてからは数日おき、数週間おき、数ヵ月おきとなって。
九十を超えた頃にはもうできなくなってしまったね。手足口だけはともかく。子作りはね。まぁまず八十でも続けられたのが異常だし。彼女の体液のせいだね。そんなに続けられたのは。
でも、それでも。幸せだったみたいよ。とっても。
今だって春風が落ち着きを見せてる借家の縁側で彼に膝枕をしてるもの。あ、今は彼女が孫の設定。
でね。彼も九十なわけだからさ。最後の時は近い。
というか、今日なんだよ。
彼らの人生であのミンチの事件からは特に目立ったことはなかったけど。最後の最後で面白いことをしやがるのよ。
「あ~。花菜……」
「はぁい」
「久しぶりに……したいなぁ」
「……うちはかまわんけど。でも、無理せんでも」
「俺が……したいんだよ……」
「……………………ほんまに? ええの?」
「駄目……か?」
「駄目じゃない……です」
彼はもう動けないから最初は彼女が。でも、最後の最後で彼女を押し倒して覆い被さって。
彼の命は果てていったとさ。
安らかな顔で激しく散った彼の背中をポンポンとしながら彼女は。
「おやすみなさい。愛しい御方」
最後の別れを告げたのさ。
そしてこれは始まりなの。ここから始まるんだよ。
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