第593話
「――へ?」
「…………」
卒業式が終わって数日後の昼間。彼女と午後のおやつを食べているとき、彼は黙っていたことをポロっとこぼした。故に彼女はきょとんとしてるのさ。
なにを言ったかって?
それはね。
「しゅ、しゅ、しゅ、就職しはるん……?」
そ、就職すること黙ってたのよこの男。
というか、進路調査の話すらしたことないけど。
あ、ちなみに彼女も彼女で聞かなかったからね。卒業したら一緒に暮らして爛れた生活を送り続けるとか思ってたからこのあんぽんたん。
でも正直それが一番良いんだけどね。
食うに困らず。遊びに困らず。家事もやってくれるしレスにもならない。なんなら浮気もし放題でデメリットがほぼない。あるのは……そうプライドを持てないとかそんなくらいじゃない?
だからってわけでもないんだけどね。彼が働く理由もさ。
それは……今から話すだろうから。本人から聞いて。
「な、なして……? なしてそないな……」
「あ~……まぁ……すねかじりというのもアレですし」
「あう……れ、れも……れも……」
これからはずーっと一緒と勝手に思い込んでいたもんだからショックもひとしお。
けれど男なら汗を金に変える獲物に変えるって気持ちもわからないでもないわけよ。
なにより自分は下でなくてはならないから。口答えができない。
それに、彼としても譲れないものがあるわけさ。
(あ~……めっちゃ泣きそうになってる~……。でも指輪くらい自分で買わなきゃかっこつかねぇし。納得もできないし……)
ってことだから。
まぁそうなるとねぇ? 自分で買わなきゃってなるよね~普通の人間的に。
ならば引けまいよ。引くわけにはいかまいよ。
「とにかく。俺、働くんで。だけど……その……」
「……?」
「ど、同棲はしたいなと。思ってはいる」
「――――」
その言葉を聞いて、彼女に戦慄走る。
今までは不本意ながら通ってもらいながらのだから目を逸らしていても若燕感はぬぐえなかったけれど。
でも、今回のは異なる。
仕事に行く彼を出迎える自分。
これはまさに妻の役割。
でも結婚はしていないというのが重要。疑似というのがね。
だってさ。彼女は彼が高一の終わりから卒業までの間ほとんど毎日体を重ねて。たくさん喜ばして悦ばされて。その上で未だに添い遂げるのは気が引けてる。
だから、疑似で良い。偽物で良い。
いんや、疑似で偽物が良いわけなんだぁ。
ふふ、二年もヤりまくっといて往生際が悪いというかなんというか。
まぁでも今まで生きてきた年数考えた二年とか大したことないんだけどね。
彼女にとっても。ついでに私にとっても、さ。
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