第580話

「粗茶でございますが。ど、どうぞ」

「ありがとうございます」

 雪日ちゃんが茶を一啜り。彼女のほうはただただ座ってる。

 というのも。

(はぁ~……! この子があの方の母君! お、面影あるわぁ~! かわええわぁ~!)

 内心テンション爆上げ。けれどいく自分が年上とはいえ、言っちゃえば姑。印象を悪くしないように今は静観。雪日ちゃんに任せることになってる。

「本日は突然すみません。今日参ったのはですね――」

「お」

「……お?」

「夫がなにかしてしまったんでしょうか!?」

「「――――」」

 目をグルグル回しながらかっぴらいて完全にテンパるを体現してる。思わず二人も絶句だよ。

「い、いえあの」

「お、横領ですか!? それとも誰か偉い人の奥さんや娘さんに手を出したり!? ご、誤解です! 夫は少々とぼけたところもありますが大層なことをできる人じゃないんです! きっとなにかの間違いです!」

「「――――」」

 暴走し過ぎ。もうこれ粗相と言っても差し支えないよ。

 本当に目の前にいるのが重役だったらどうするんよ。終わりだよ普通。

 まぁ偉いっちゃ偉いけどさ。

「あ、あの……落ち着いてください。旦那さんが何かしたわけでなく。今日のことも旦那さんは知らないでしょうし」

「え。そ、そうなんですか?」

「はい。なので一旦落ち着きなさってください」

「は、はいっ。お見苦しいところをお見せしました……」

 勘違いだと気づいて顔を真っ赤にする人妻。

 誤魔化すようにお茶をすすり、改めて向き直る。

「で、では今日のご用件は……」

「……ごほん。実はですね」

「は、はい」

「実は……」

「ごくり」

「息子さんについて」

「息子がなにかしてしまいましたかぁ!?」

「いやあの……まぁしてはいます……ね」

「……!? す、すみませんでしたぁ!」

「ちょ!?」

 テーブルにめり込むんじゃないかという勢いで頭を下げる。何度も下げる。ドッゴンドッゴンいってる。

 いやぁ。すごい光景だねこれ。

「お、落ち着いてください! 息子さんが……したことは置いといてですね。今日はあいさつに参ったのですよ」

「あ、あいさつ……ですか?」

「えぇ。実は……この方――和宮内うちでは大女様で通ってるのですが、名前を和宮内花菜様といいまして。和宮内家では最も大切にされているお方なのですが」

「は、はぁ……それはとてもとても……」

(だから着物で顔を隠して……)

 目を向けるといるのは鬼の面。顔を見せないのは箱入りだからと勝手に納得。

「この大女様が息子さんに懸想してしまいまして」

「けそう……?」

「端的に言えば男女の関係に」

「――――」

 その時。再び日波さいママに電流走る。だってつい昨日のことだもの。

「と、ということはつまり息子の……彼女」

「か、か、か、彼女だなんて……! う、うちは……その……まだその……良くて愛人……」

「あい……じん……」

(息子、貴様がこの女性に何をしたかは知らない。でも、あとで殺す。絶対にだ)

 こめかみの血管がぶちギレそうになりつつ。愛人というワードで雪日ちゃんも眉間に川の字を刻みつつ。さらに追い討ち。

「あ、ごめんなさい。このままでは大変失礼でした」

 そう言って彼女は面に手を掛け……外した。

「「――――」」

 自分の子供が手を出した相手が来て、その方はとんでもないお嬢様と日波ちゃんは認識して。素顔を見ればそれは確信に。

 髪型は姫カットで、着物も相まって完全に時代劇にでも出てそうなお姫様。

 いいんやぁ~? 時代劇なんてものの似非じゃなく。目の前にいるのは完全にお姫様。少なくとも彼女にとってはね。

(こ、こんな美人にあの子は本当になにしでかしたの!? わ、私が殺らなくては……私がこの手で息子の責任をとらねば!)

 と、使命感が沸々と。

 でも、そんな彼女以上に衝撃を受けてるのが顔を晒した女の横にいる女。

(大女様のご尊顔……なんて……なんて……)

 綺麗なんだろう。思考ですらその言葉が出てこないくらいのショック。

 横顔しか見えないけれど。この時代においては美人と称されるに相応しい顔立ちをしていて。誰からも愛されるはずのその顔を今まで隠していた。

 何度か願い出たことがあるものの断られてきて、それをたかが男の母親の挨拶で晒していることに悲しく思いつつ。相伴になれたことを幸運にも思う。

 とても。とても複雑な気持ち……なんだけれど。

(今のうちに焼き付けなくては今のうちに焼き付けなくては今のうちに焼き付けなくては!)

 目をギンギンにしてるとこを見るとなんていうか。哀愁もクソもないね。

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