第564話
「……あ」
手を繋いだままそれを眺めるだけという時間の中。雪日ちゃんが窓を見ながらしくじり顔を浮かべる。
しくじりというかうっかりというか大したことじゃないんだけどね。
「少し君と話をしたいと思ってたんですが、どうやらその時間はないみたいです」
「え?」
「目的地に着いてしまったので」
「目的地って……あれ、ですか?」
「あれだね」
ひきつる顔をする彼の目に入ったのはいわゆるタワマン。彼の地元で一番目立つ建物。
学生の間じゃどんな金持ちが住むんだろうなー的な会話はされたり、実際住んでる同級生から中の様子を聞いたりはあるけれど、少なくとも彼の周りじゃ話題にすら上がらない遠い世界の建物。そら顔もひきつるわ。
「……二人はあそこに住んでるんですか?」
「うん。部屋は別やけど昨日から」
「……あー、こっちに越してくる予定だったんですね。その、俺と会う前から」
「いや、あそこに決めたのは一昨日ですよ。大女様を下手なとこに住まわせるわけにもいかないから」
「しょうみうちは野宿でもかまへんけどね」
「そんなことされたら私たちがストレスで死にますやめてください」
「わかってますぅ。せやからおとなしゅうそこにおるやんか」
(本当に箱入りなんだなこの人。てか一昨日ここに決めたからって翌日に住めるってどんだけ金持ちなんだよ……)
「あ、ちなみにあそこ
「あ、そうなん……すねー」
(結局金持ちって印象変わんねぇよ……)
めちゃくちゃ過保護にされているのを目の当たりにしつつ、ついでに疑問も解消されつつ。とうとう車はマンションに着いたとさ。
マンションに入ってエレベーターで上階へ。一番上は既に他の人が住んでいる為その一つ下の角部屋が昨日からの彼女の住まい。その隣が雪日ちゃんね。
ここに来るまでも二人は手を繋いだままで、すれ違う住人から奇異なモノを見るような目を向けられつつ。
というか仮面に着物の女性と近所の高校の制服を着た少年をきっちりスーツの女性が先導してたら言葉通り奇異だわ。間違いなく奇っ怪。
(我慢だ……我慢……もう少しで行き止まりだからあそこが花菜さんの部屋)
気まずさに耐え抜き、ようやく目的地へ到着。
ここで彼はまた一つ疑問を持つんだよね。
「そういえば言われた通りついて来ましたけど、これからなにを……」
「うちもお話しよかーくらいしか聞いとらん買ったけど、セツの意図はなんなん?」
「まぁ、当初は彼がどういう人間か確かめたりだとかを見極めるつもりだったんですが。大女様へのお気持ちとかも含め。けど、そのあたりは大胆な大女様や車での大女様への彼の気遣いなどで不要と判断しましてですね。私はこれから諸々の手続き等済ませてきます」
「「へ?」」
つまり?
「なのであとは二人でごゆっくり。あ、天良寺くん。このマンションはオートロック式でカードか指紋認証でしか開かないから。内外どっちからともね」
「そ、そうなんですか」
「えぇ、だから君――逃げられないから」
「それってどういう――」
「どーん」
「セツ!?」
素早くドアを開けて部屋へ二人を押し込む。
閉じていく扉の隙間から雪日ちゃんは澄まし顔で最後の一言。
「では大女様。先の続きをどうぞご堪能くださいませ」
そして扉は閉じられたと。
「「……………………」」
二人は顔を見合わせて、そして彼女はゆっくり面を外し――。
(うわ……)
彼に発情した雌の顔を晒す。
「……!」
「うぉわ!? ちょっ!?」
そして面を放ると同時に理性もかなぐり捨てたとさ。
あーあ。本当。まだ自覚してないんだね。
自分の性癖。
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