第562話

(どこに連れてかれてんだろ……?)

 車に乗り、数分。

 沈黙を保ったままどこかへ走り出してるわけなんだけど。彼は住所を教えていないし、向かってる先も家の方向ではない。

 つまり。彼の心情としては半分拉致だね。うん。御愁傷。

 ちなみに夕美斗ちゃんは部活で。マイクくんと共に置いていかれましたと。


「あ、夕美斗はもう良いよ。御苦労様」

「え、いやここまできたら私も一緒に――」

「他のスポーツにかまけて本命疎かにしてるのは聞いてる」

「……」

「励みなさい」

「は、はい」

「あー……どんまい?」

「……ありがとう」


 って感じでね。

 だから車内は後部にかれ花菜かのじょ。五人は座れる片面の客席に雪日ちゃん。仕切りを挟んで運転手(和宮内とは血縁無し)。

 う~ん。緊張しちゃうねぇ。

「あ、なにか飲みますか? 冷たいお茶やジュースならありますよ」

「い、いえ……。大丈夫っす……」

「そうですか。欲しくなったらいつでも遠慮なく」

「あ、あざっす……」

 その緊張感が伝わるんだろうね。気を利かせてるよ。彼、断ったけど。

 あ、ちなみに片面にしか客席がないのはその真ん前に冷蔵庫やら可動式のモニターやらがついてるからね。無駄に豪華。

 で、彼と雪日ちゃんはこんな感じでちまちま話したり視線のみで彼の品定めをしたり探りを入れたりしてるんだけれど。その横で彼女はというとだね。

「――で、さっきからなにモジモジわきわきしてるんですか?」

「へ? い、いや~……。なんでも?」

「ないわけないでしょう……」

「……」

 彼は口にはしてないけどもちろん気づいてはいた。いたんだけど。こんな状態で奇行に触れる度胸はない。

「なにかあるならおっしゃってください」

「え、え~。で、でも……なぁ? さっきあないなことしてしもうた手前……なぁ?」

「あー。やらかした自覚はおありなんですね」

「……ぁぃ」

(あ、あるんだ)

 急にキスするだけでもアレなのに車窓しゃそうから引っ張り込んでのじゅずずずずずーだもんね。

 如何に十歩道の逸れた価値観の彼女でも自覚するには十分の出来事。

 本人もあの時はどうかしてた状態。ま、いつでもまた同じことしそうなくらいには今も息が荒いのだけどね。真隣にエサがあるわけだし。

「それで、さっきの手前ってことはあれですか。ここでまたおっ始めたいと? 人前でやることに恥じらいはないんですか?」

 若干厳しめだけれど、彼女を思っての発言。

 理性なくして文化はなく。文化なくして礼節はなく。礼節なくしては人に非ず。畜生ですら感謝と親密を知るのだから。

 的なことを当の彼女に教わってるからね。余計そのあたりを忘れてほしくないのさ。

 ……ただ。その……ね?

「へ? いや、別に人前やからってのはどうも思わへんよ? ほら、犬も猫も猿も鳥も周りに天敵おらんかったら所構わずやろ? うちもお巡りさんおらへんかったら別にどうも思わんよ」

 これだもん。

 まぁ生まれも生まれだから仕方ないとこはあるかもだけどね。

 羞恥心を捨て去ったどころかそもそも存在したのかもわからない時代に生まれてのほぼ全裸で数千年生活してれば身に付くはずもない。

「く! 山育ちめ!」

 間違ってはないけど、それは山育ちに多大なる偏見があるね? 山育ちに謝れ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る