第561話

(なんで?)

 触れているのに。

(どうして?)

 深く絡んでいるはずなのに。

(足りない)

 彼女は。

(満たされない)

 濡れているのに、大事なところは。

(渇いたまま)

 彼女が彼を求めていたのは。

(わかってるのに)

 体も心も。

(欲しているのに)

 なぜだろうね。

(どうしても)

 治まらなくて。

(満たされない)

 心は。

(穴が空いたように)

 焦がれたまま。

(空っぽ)

 熱は籠る一方。

(どうして?)

 それはね?


 彼女あなたからだよ。



「んんんん! ――ぷは!」

「おふっ!」

「ったぁ……」

 数分の格闘を経て、やっと彼女から解放されたね。

 ずーっと舐めしゃぶり吸われてたから彼の口はべちょべちょだし軽く腫れてるわ。

 ん~。熱烈で強烈な再会の挨拶ってやつだねぇ。

(く、口痛ぇ……。悪い気分じゃないけど痛いもんは痛い。会って早々こんな……この人ってこんなことするような人だっけ?)

 基本的に受け身だったものね。誘い受けとか。

 自分からしたのは……あれか。二回目を誘うときに唇舐めたやつ。あれだけかな。たぶん。

「だ、大丈夫? 天良寺君」

「いったいなにされたんだ……ってその顔を見れば一発だね。いやはや羨ましいよ。そんなホットな挨拶」

「……うるへぇ」

 あ~。若干舌が回ってないね。ベロもバキューム食らってるし妥当な結果だけど。

「本当。口のおば……さんがごめん。食べ物と勘違いしたみたいで」

「……いや、別に」

(食べ物とは思われてねぇよ。てかさっきって言ってなかった? 聞き間違い?)

 おっと。違和感が出てきちゃったねぇ。

 腕力と良い。年齢の割りに若すぎる見た目に加えさらにもっと年上の可能性もあれば当然だけれど。

「ぁ、ぁのぉ~……」

 と、ここで事の元凶が面をつけ直してひょっこりとな。

 窓から両手と目のとこだけだしてて一瞬可愛く見えるけど……面が鬼なのよね……。惜しい。

「ぅ……」

 とはいえその中身を知ってる彼からすればね。こう、補完があるから。萌えれるのよね~。良かったね~。可愛いって思ってもらえてさ。

「大女様。ここは私が」

「ぇ、で、でも……」

「また噛みつくつもりですか? 今この場にいる全員が鬼の面をつけた狂犬にしか見えてませんからね」

「ぅぅ~……」

「唸らないでください。犬ですか。とにかく、ここからは私が対応しますからね。引っ込んでてください。ほら、ハウス」

「……わん」

 ということで彼女は中へ引っ込み、車のドアが開いて出てきたのは雪日ちゃん。

 彼女きょうけんが出てこないように素早くドアを閉めつつね。危ないからね。

「改めて、こんにちは。立てますか?」

「は、はい……」

 雪日の手を取って立ち上がる。続けてマイクくんも夕美斗ちゃんも起こすと、彼に向き直り用件を伝える。

「少し、お話をしたいのですが宜しいですか? 丁度車もあるから帰りの心配はいりませんので」

 最初はもっとぞんざいに扱ってやろうって気持ちもあったんだけどね。表情から険もなくて丁寧な対応。

 だってさ。

(あんなに必死なところ見せられたら、邪魔なんて出来ないじゃないですか……)

 ってことだから。

 雪日ちゃんにとって、一番は彼女の幸せだものね。

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