第536話

「綺麗……ねぇ」

 その言葉は縁遠いもの。自分が言われるにしても髪とか肌だし。今回もその辺りかお世辞のどっちかかと彼女は思い込むんだけれど。

 どうしてか、そこを追求してしまう。

「なにが……綺麗なん?」

「え?」

「せやから、なにが綺麗やったん?」

 まさか彼もそこに引っ掛かられるとは思わないし、言葉に詰まるんだけれど。けど、正直に答えるしかないよねぇ。

「そ、そりゃ顔とか……ですよ。お綺麗な顔立ちで」

「……」

 ここでもしも先に髪や体、なんなら声が先に来て。それからの顔とかならば彼女はここで話を切り上げていたろうね。

 でも彼は真っ先に顔を指して言ってしまった。故に。

「……ふぅん」

「ぇ、ぉう!?」

 彼女は彼の顎を掴んで顔を引き寄せる。

 少し乱暴だけれど、それくらいナーバスになっちゃうような言葉だったんだろう。

(嘘が……視えない……。本気……なん?)

 至近距離になっても嫌悪がない。嘘をついているような感じもしない。

 でもそれが信じられない彼女は奇行に走る。

「……れ」

「!!?」

 舌を出して、彼の唇に這わせていく。

 まずは彼女から見て下唇の左側から右へ。そして上唇に移って右から左へ。

 寝起きかつ緊張で渇いた彼の唇を濡らしていく。それから

「んむ」

「……っ!? ~~~~~!!?」

 濡らして、すこし柔らかくなった口に自分の口を重ねる。

 既に彼に貪られているし、彼も夜のことは覚えているだろうから接吻キス自体大したことじゃないと認識しているけれど。

 仮に、不細工な異性にこんなことされたら? どんなに取り繕おうとも表れるよね。嫌悪感。忌避感。なんなら嘔気感が。

 彼女はね。寝ぼけてない彼に今の奇行をすることで。出したかったんだよ。ネガティブな感情を。

「……ん、はぁ」

(さぁ、こないなことされたら本音が出ざるを得んよ。見せて。ほんまはうちのことどう――)

 でも。唇を彼が見せたのは。

「……………………」

 口をパクパクさせて。顔を真っ赤にして。今されたことへの昂りを見せていて。

 彼女は余計にわけがわからなくなって。

「ねぇ、さっき償ういはったよね?」

「……へ? ぁ、はい……」

「ほんならまず聞かせてほしいことがあるんやけど」

「な、なんなりと」

 顎から手を離して背を向けて、彼女はいくつか質問を投げ掛ける。

「うちのこと。女として見れるんや」

「……? は、はい。お綺麗だと……思います」

「ふぅん。でも、うちそれ信じられへんのよ」

「そ、そうなんですか」

「せやから、確かめさせて?」

「……は、はい。どうすれば良いですか?」

(い、今のキスは確かめるためじゃなかったんだ?)

 確かめるためではあったけど。余計疑心暗鬼になったんだよ。何故か。

 彼の知るところではないけれど。

「まだ、こっちにはおるの?」

「そう……っすね……。あと三日くらいは泊まるはずです」

「ほんならまた今夜ここにおいで」

「えっと……はい。わかりました」

「そんで昨夜と同じ……いんや、昨夜よりも多く。激しくうちの体に欲をぶつけてごらん」

「……………………は?」

 彼はいまいちわかってないけど。ようは寝ぼけてない状態で抱いてみろ。それも前よりも激しく……つまり八回以上ヤれと。彼女は言ってるんだよ。

 若いとはいえ、他の人よりも脳がバグってるとはいえ。難しいんだけれどね。連日だし。

 でも、彼はやるしかない。ヤるしかない。それが被害者かのじょの望みだから。

「できたらぜ~んぶなしでええよ? 嫌とは言わんよね? 責任取るんやから。なんでも言うこと聞くんやから」

「は、はいっ」

 受けるしかない。受けるしかないんだけど。彼からしたら。

(どんだけのことしたかは置いといて。またこの美人ひとと……それもちゃんと正気のときにできるって……俺にメリットしかないんじゃ? な、なにを考えてんだろこの人……)

 そうなるよね~。

 正直私も彼女の思考回路はよくわからないときが多いよ。

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