第534話

 正確には、般若の面を被った彼女なんだけどね。

 特に意図してるわけではないんだけど、彼にとってはそうはならない。

(こ、これ怒ってるってこと……だよな? 声色は普通だったけど仮面のしたはわかんないし……。い、いよいよ本当になにかよからぬことをしたんじゃないだろうか……? した……んだろうなぁ……)

 緊張が増し、胃がキリキリと痛み始めるも。それから目を逸らすことはできない。悪いことを先送りにしてももっと悪いことになるだけだから。

「……」

 とはいえ、彼もまだまだ子供。とんでもなく悪いことをしたらどうしたら良いかわからなくなる。故に動けない。

 しかも、彼の予想する最悪のことをしていたならば犯罪だからね。レ○○してるんだからもうその通りだけれど。

「……? どないしたん? こっちおいで」

「はゃ、はい……っ」

 声を裏返しながら彼女に促されて近くに寄り、顔を伏せながら正座。

 その様子を見て、彼女は首をかしげる。

 あ、本気でわかってないやつね。

「ん? お行儀のええ子やね」

「い、いえ……とんでないっす……」

 行儀うんぬんじゃないからね彼にとっては。沙汰を待ってるだけだもん。正座一択だよ。

「んくんく……。さて、なにから話しましょうかねぇ」

「……」

 熱燗を一口含んでから彼が何をしたかをどう伝えようか考える。

 飲んでる暇あったんだから考えときなよって話だけども。

「とりあえず。あれやな。坊やはどこまで覚えてる?」

「どこ……って?」

「昨日のこと。夜、なにしたか覚えてる?」

「……正直、覚えてない……です。夢と区別ついてないっていうか」

「ほぉん? 夢? そら幸せかもしれんねぇ。それで? どんな夢やったん?」

「……え、えっと。夜起きて。フラフラ歩いて。明かりにつられて女湯の脱衣所に入ったら……その、綺麗な女性がおりまして……」

「綺麗……ねぇ? それで?」

「え、えっと……その……」

「どうしたん? 言いにくいことでもあるん?」

「…………」

 言いにくいに決まってるよね。そのまま押し倒してヤったなんて。事実でも夢でも。他人どころか異性相手には言いづらいさ。言い淀むさ。

 けど、黙ってるわけにもいかないよね? だって、こうやって知らない人の部屋にいるわけで。寝こけてたわけで。

 なにがあったとしても問いには答えないと。

「その……しました……」

「なにを?」

「え、えっちなこと……です」

「どのくらい?」

「さ、最後まで……です」

「そっかぁ~」

 ここでまた熱燗をついで一口飲み干して。彼に残酷な現実を突きつける。

「それ、夢とちゃうよ」

「――」

 そう聞くと、彼の頭の中は真っ白。顔は真っ青。

「あ、綺麗な人はおらんかったけどね。おったんうちやわ」

「――」

 うん。そこはどうでも良いんだけど。犯した相手が目の前にいるってことのが彼には重いんだわ?

 彼女、絶対わかってないよね。

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