第497話

「……」

 達筆なのに稚拙な文で綴られた手紙を読み終えると、雪日は目を瞑って少しだけ口角をあげる。

(あの馬鹿。良い年して甘ったれて。それに、なんだこの文章は。学も教養もないのが丸出しだろうが)

 人のことが言えるほど当時は教養もなく。その後神隠しにあい、カナラに拾われてからも偏った知識しか得られなかった。

 そんな自分を棚上げにして内心亡き弟に毒づく。

「本当に……っ。仕方のない……」

 笑みを浮かべながら。

 涙を、溢しながら。

 数百年という長い月日を経て届いた弟の最後の言葉。最後の気持ち。

 記されていたことを読み解けば、なんてことない。弟がじぶんを求めていたのだ。心残りだったのだ。

 恐らく、雪日のことだけが未練で。最期の日を迎えたであろう。

 侘しかったろう。寂しかったろう。悔やんだろう。

 そんな胸中での今際の際。想像するに良き終わりとは言い難く。

 しかし、しかしだ。残された雪日ものにとっては。

(ちゃんと、爺になったんだな。それに、なんだかんだ何百年もお前の剣は受け継がれて。凄いじゃないか。よく、頑張ったよ)

 これほど嬉しいことがあろうか。

 成果を見れて、感じて、最後に自分に向けた手紙まであって。子孫はそれを大切に残してくれていて。

 これほど嬉しいことがあろうか。

「……何故でしょうな」

「……?」

 読み終わるまで待っていた現和宮内流の師範。

 その人の口にする疑問の言葉に、雪日は目を開き真意をうかがう。

「何故だか娘たちの相手をしている貴女を見ていたらその手紙のことを思い出しましてな。どうしても読んでいただきたいという気持ちになったんです」

 一度言葉を切り、微笑みを浮かべながら再び口を開く。

「やはりその直感は正しかったご様子。もしかしてその手紙に書かれている姉と関係がおありでは? 直接でなくとも」

 普通に答えれば混乱を生むだろう。この時勢であってもこの世の人間が数百年という月日を生きるなど。ありえないことだから。

 だから、雪日は嘘をつく。

「えぇ、私のご先祖も似たようなモノを残していて。この手紙を読んだときこの二人は姉弟なんだと思いました。生き別れても、その後記憶の中にお互いがいたと思うとつい感傷的になってしまって」

「そうですか。長い年月を越えての再会とはまた。世の中何があるかわかりませんな。それもこんな偶然の出会いによってなんて」

「いや、本当に……まったく。その通り」

 嘘をつくことに抵抗はない。人とは嘘をつく生き物だから。

 けれど。この手紙を残してくれた感謝の気持ちと。家族おとうとへの思いは紛れもない真実。

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