第495話

「……やぁっ!」

「自棄になるな」

 幾度斬りかかっても。

「……! ……っ」

「引き過ぎ。倒れた味方をみすみす失うぞ」

 幾度斬りかかっても。

「……!」

「踏み込みも浅い。もっと細かく間合いを決めろ」

 幾度斬りかかっても。

「……なっ!?」

(ま、まただ。また真正面から受け止められた。あんなに早く。小さく。強く空間を圧縮するなんて……。この人の技量はどれほどの――)

「呆けるな」

「……! は、はい!」

 幾度斬りかかっても。

 その全ては届かない。

 やがて。

「「はぁ……はぁ……」」

 二人は全身己の汗で濡れ鼠。

 片や手と膝をつき四つん這い。片や床に仰向けで寝転がり小さな汗の水溜まりができていく。

(ま、前にも何度か軽く相手してもらったことはあるけれど。今やっと凄さを実感している気がする)

 夕美斗とて、雪日の技量が高いことなどわかっていたけれど。マナを知覚できるとなればその質は変わってくる。

 打ち込まれる訓練刀。固さそのままに当たれば打撲や骨折は免れない硬度。それを人間が小指で受け止めるなど不可能。間違いなく砕け散る。

 夕美斗は雪日が人間とは思ってないけれど。一応出身は同じ。なんなら血縁者。

 つまり、雪日は人間である。

 にもかかわらず、素の指のまま受けていたならば。負傷して然るべき。ほぼほぼ人間をやめているとしても、この二人の空間歪曲を用いた打撃は受けきれない。

 当然。素で受けていないから傷を負うはずもない。

 接触部のところだけに空間を圧縮して壁を作り上げて、見えない防具を作り上げていたからだ。

 元は空間圧縮による足場などを参考とし、さらにコロナの鎧とリリンの影からもインスパイアされた応用技。つまり、実際には触れていない。負傷などしようはずがない。

「筋は悪くなかったぞ二人とも。今一時のことを反芻し励むと良い」

 そう言って出口へ向かう。当人としてはすでに過干渉と思っているし。修練、指導の類いとはいえ父親の目の前で娘を手玉に取っていたのはなんとも居心地が悪くなってしまったから。

「では、世話になった。私はこれで」

「あ、その……」

 軽い挨拶をしてそのまま帰ろうとしたけれど、父親の顔を見てなにか言いたげな様子に気づく。

「なにか?」

「い、いえ……。少し気になったことがあって……」

「はぁ……。私に答えられることならば聞いてくれて構わないのだが……」

「……少々おまちください」

 そう言って急いでどこかへ行ってしまった。

「……?」

 これ以上特に用はないはず。なんなら今日が初対面。心当たりなんてそもそもあるわけがない。

「とりあえず……お前達二人は汗を流してこい」

「はぁ……はぁ……はい。瞬。行こ」

「……」

「ふぅ」

 息を整えてシャワーを浴びに向かう二人を見送ると、雪日はその場に正座して待つ。

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