第493話

「どうぞ」

「どうも」

 暖房の効いた廊下を抜け、音のするほうへ。

 扉を開け、中を覗くと。

「……ふん!」

「……っ」

 夕美斗と瞬が打ち合っていた。

 空間を曲げ、人間離れした動きと速度。そして剣筋を見せながら互いに一歩も引かない試合を繰り広げている。

「うちの娘たちです。最近は暇さえあればあぁやって二人で何時間も打ち合うもんですから、下の子なんかは元々少食だったんですが上の子が帰ってきてからよく食べるように――あぁ失礼。つい」

「かまわない。良く見ている証拠だよ。子を思う親は尊ぶべきだ」

 娘について語るのを微笑ましく聞きながら、目線は二人の打ち合いに向いたまま。

(ほう。やはり悪くない。でも、耳と目じゃ粗さの捉え方も違ってくるか)

 音で動きを予測していたときにはわからなかった二人の粗も目で見ればハッキリとわかる。

(全体的には悪くない。勘も反応も良い。が、それに頼り過ぎだな。体捌きと、それに狙い目をわかってない。試合だからあえて狙ってないのかもしれないが、ここまでの技量があれば問題はないはず。それに、マナの使い方も大雑把。けれどこちらは我流の節が強いな。身に付けたのが最近か、教えられるのがいなかったといったところか。……にしても、夕美斗あっちは何度か見たことも相手したこともあるが、少しばかり見ないうちに大分腕を上げているな。さすがに驚く)

 雪日が知っている夕美斗は学園で瞬と戦う前。まだ地毛が黒かった時。

 あのときから夕美斗は人間を越えてしまっている。

 人と人ならざる者ならば、力の差異が大きく出ても不思議じゃない。

(それにしても……ふふ。所々見てとれる型。あれはあいつのチャンバラ遊びの名残かな。あの出鱈目をよくもまぁここまで型としてはめれたものだ。ここまで形にされては粗末と言うに忍びない。とはいえ、当時ただの餓鬼だった私に武のなんたるかなぞわかるわけもなかったんだが)

 と、遠い過去に思いを馳せている間も。夕美斗と瞬の試合は続いている。

 雪日や父の存在に気づかず打ち合い続ける二人を見ていて楽しさを覚えつつ。雪日は歯痒い思いも湧き始めた。

(しかしこれはいけない。目の前にしか敵がいないなんてこと。実際希。競技、見世物までなら良いが、夕美斗あちらは実戦想定で努めていたはず。……う~ん。外野ではあるが一宿一飯とは言えずとも冬空から匿ってもらった恩もある。少々相手をしてやるか)

 雪日とて一対一サシで姉妹たちやカナラに相手をしてもらうこともあった。そのとき必ず言われたのが『目の前の相手だけを見るな』というもの。

 一般的には目の前の相手に集中しろと言われるところ、真逆のことを言われていたことになる。

 先も雪日が思ったように、実戦では一対一はほぼない。あったとしても伏兵や漁夫なんかの可能性もある。故に見物人に気づかないなんていうのは雪日からすればもっての外。

(ついでに色々と手解きをしてやろう。この二人ならばそれだけで自ら育むだろうしな)

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