第467話

「わ、私が男を知ったゆーてなんや自分に関係あるん?」

「認むや? 思ひ人がいると認めりか?」

「まぁ……う……ん……」

 好きな男ができた。それを恥じることはないけれど。

 を取り戻してからは前とは違う意味かたちでも才への想いは強まり、つつかれるとまだ火照りが出てしまう。

 いずれは慣れるだろうが、戻ってから日が浅い今では冷静を装うのはまだ難しい。

「スンスン……。あなや、其は古。しかしてとこしえ。いったい何時から思ひしか。いや、所謂いわゆるどうでも良いというやつかや」

 話していくうちに、少しずつ言葉を覚えていく。つまりそれだけカナラに干渉を続けているということでもあるのだが……。

(あなや、一向に掴ませてもらえませぬ。此程までに探れないとは思わなんだ)

 知りたいことがわからない。

 才の存在は辛うじて触れることはできたがそれは肉体からの情報。

 、そういった雰囲気から男の存在を認識したに過ぎない。

 なにもカナラに干渉して、才との繋がりを割り出したわけではない。

 そも、当然ながら割り出せるわけもない。今のカナラからは。

(あなや、しからば聞き出すまで)

「煙魔様。其が男に会わせてはくれまいか? 彼の煙魔神薙羅をねぶった男、魄も味見しとうござ――か……ッ」

 言い切る前に、細長い五指が魄の首の皮と肉を突き破り喉頭こうとうを掴む。

 その手はカナラのモノ。しかしカナラは腕を上げてはいない。下げたまま。

 煙で腕を魄のところまで繋ぎ、下げたまま喉を掴もうとして勢いが余ってしまったようだ。

「其の名を口にするなっ。あの方に興味も持つな! 幾億の女があの方に群がろうが構いはせぬ。しかし、貴様は許さぬ! 貴様だけはあの方に近づくことは決して許さぬ! ……んんっ。まだ肉欲に溺れていたいのなら滅多なことを口にせんことやよ」

「……けぷっ」

 最後のほうは冷静さを取り戻し、煙も散らして喉から手を離す。

「あスコーなやスコー。スコーそこまスコーでスコーに思ひスコーしかスコー」

 しゃべる最中さなか、喉から空気が漏れてしまう。

 流血も痛みも魄にとって大した問題でもないが会話に支障が出るのはいただけない。

 なので。

「おスコー待スコーちをばスコー」

 カナラに断りを入れてからその場にあった肉片を足で摘まむと、持ち返ることなく自分の首に肉を詰めていく。

 首に詰める度に汚ならしい血と肉の音と共に穢れを帯びたあらゆるモノが目に入るが気にする者はその場にはいない。

「もういい?」

 五つの穴を塞ぎ終わるのを見計らい話しかける。対する魄は手で制止ながら喉の調子を確かめ始めた。

「あーあー。ひとず善し。風音かざおとは潜まりや。よもや首に風穴を開けられるとは思ひませなんだ。然し、成る程。そこまで思ひは強きと謂うこと。あなや、益々興味も怒りも妬みも尽きぬ」

 目を細めると同時にミシミシと柱や天井が悲鳴を上げる。

(まったく。相も変わらず気の荒いこと。……人のこと言えんけども。魄は懲りること知らんし、これ以上才様を探られれば上辺繕うのも難しいかもしれへん。さっさと用事済ませて帰ろ。はぁ……早う会いたい……)

 そんな魄の圧を気にする風もなく、また魄が才について尋ねる前に話を終わらそうと口を開く。

「魄、私がわざわざ会いに来たんは色恋について話しとうてやないのよ。もっと野蛮なお話」

「野蛮? 営みを野蛮と言いし世なれば、恋詩も蛮族の嗜みと知るが。あなや、つまりはやはりは、煙魔様を謀る男の話かや?」

「そういうのええから」

「茶化すな。貴様と違って煙魔様はお忙しい。煩わしいことしか言えぬなら閉じていろ」

「否、拒まざるを得ず。少しばかり芥払えし小鬼風情が弁えよ」

「あ?」

「待って」

 一瞬。刀に手を添える修蛇裸すだらを目で抑えると、カナラは視線を魄へ向き直る。

「口挟まんと聞き。私、長くなが~く隠居しとったやさかい。久方ぶりに斬り合いとうてなぁ~? せやから会いに来たんよ。

「あなや、成る程」

(密やかは男のために力を奮うべくなまくらを鍛え直すと)

 カナラの言いたいことを察し。そして同時に、ねだれる隙を見つけたと内心笑みを浮かべた。

「あいわかった。けれど咎人とはいえ褒美は欲しく」

「貴様……いい加減にっ」

「かまへん。言うてみ? 何が欲しい?」

「ではねだらせていただきは――」

 カナラは断れない。何故なら気兼ねなく刃を交える相手は自分しかいないから。

「この手が煙魔様に一太刀入れた暁に――」

 今のカナラは十分全盛期までの力はある。研ぎたいのは内面。殺し合いでしか研磨できない呪いに等しい大業物ちょっかん

「煙魔様の思ひ人との一夜。その後に一物いちもつを切り落とす許しを得たく――」

 そんなのは愛する家族たちを相手取ったところで取り戻せない。

「如何か?」


 ――ぼとり


 魄の言葉が切れると同時に、魄の両腕は畳を転がり肉片にまみれていた。

 カナラの手には抜き身の刀が握られていて、斬り落とした張本人だと告げている。

「……ええよ。一太刀どころか傷一つつけれたら会わせたる。あの方が拒むやろけど。関係あらへんわ。手合わせの時けじめつけたるから」

「あなや、怖い怖い。では後日また相見あいまみえましょう」

「うん。またしばらく時間くれたるから。その間に色々と整えといて」

「承りました」

 これまたいつの間にか戻っていた両腕を重ねながら恭しくお辞儀をする。

 カナラは特に驚きはしていなかったが、修蛇裸すだらの頬には一筋の汗が静かに垂れていたそうな。

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