第466話 

「あなや……。あなやあなや! よくぞいでまひしか!」

 城の最上に位置する大広間に辿り着くと、大広間に女が立っていた。

 白髪に白桃のような肌を持つ白眼の鬼女。左額から角が生えてはいるがなんとも神秘的ながら愛嬌のある面持ち。

 生気のない倒れた男に囲まれ、服も着ずにふくらんだ腹をぺしぺしと叩いている。

「あ! あなや待たれや!」

 膨らんだ腹を押し、殴り、自らをいたぶっていく。中のモノも含めて。

「ふぅ……ん? 未だ子は残れりや」

 何度も殴ったが、未だ満足いかない様子。

は……あなや、男児か……ん! ん!」

 ついには皮も肉も破り、腹に手を突き入れて引きずり出してしまう。

 そして、とうに肉塊と成り果てたソレを――。

「んあ~」

 喰らいつく。

 肉も、骨も、内臓も、繋がっていたヘソの緒も、胎盤も全て喰らっていく。

 歪。異質。何十人もの雄から搾り上げ。挙げ句孕めば自らの子を殺して喰らうなど人のやることではない。

 歪。それら全てが異質。

 何より、地獄よりも地獄と呼べる光景。ただ殺すよりも、余程この場に起きたこと、起こったことのが余程狂わしい。

 そんな悪鬼すら嘔気感を覚える残酷で凄惨なモノを見ながら、カナラも修蛇裸すだらも動じず。

 見慣れてはいなくとも、初というわけでもなく。一般人からすれば異常にして残酷な光景を無感情に眺める。

 カナラとて、子供に対し慈悲深い。

 けれど、割り切れぬほど年端もゆかぬわけでもなく。また、命というだけで尊いなどという小綺麗なことも思っていない。

 修蛇裸すだらに命じてごくたまに生まれたばかりの子を連れてくるように頼んでもある。

 とはいえ、ほとんどは空しくもどこか狂っていて処分しなくてはいけないのだけれど。

 親が親で。なまじ人ならざる者が故に。社会的まともになれない子供がほとんどなのだ。

 だから、もうカナラはこの修羅の牢城にいるときはなにも思わないようにしている。

 なにかを思い、感じたところで損しかないから。無駄しかないから。

 だからもうここで起きることは全て、半ば諦めてしまっている。

「あなや――ふむふむ」

「……っ」

 存在からだの内をまさぐられる感覚を覚え、仮面の奥で顔をしかめる。

 どうやら目の前の鬼女がカナラへ干渉し、言葉を少しばかり覚えたらしい。

「あなや。時の流れとはいとをかし。変わらずとも善いのに言葉とは移り行くものよなぁ~。はて、はくはなんと自らを呼べばよろしきか?」

 彼の鬼女ものの名は魄嚥桃はくえんとう。故に自らを『はく』と呼ぶ。

 名から示す通り『魄』とは冥道へのしるべを忘れ、現世うつしよに残された魂のこと。『桃』とはカナラより賜った桃を示し、『嚥』とはその二つを喰らい、飲み干すことを表す。

 つまり此の鬼女は桃を喰らい人を止め、死者をたっとぶことなく餌としてしか見ぬ餓鬼以上の悪食という意味。

 前にも名はあったが、最早口にする者は残っていない。

 本人すら、覚えていない。

「ふん。勝手にまさぐって得たもんから選べばええやろ」

「あなや! 其もそう。しかして望まず。魄が望みは煙魔様からの言の葉を欲し――あなや待たれや」

 魄嚥桃はくえんとうはカナラを凝視する。

 見て、視て、診て。一つの事に気づいてしまう。

(嗚呼、気づいてしまったか)

「あなや! 煙魔様、男を知りきや?」

「……」

 答えはない。けれど、その沈黙こそが是を表す。

「魄の知らぬところで男を知りきや? 穢れを知りきや?」

 歪。歪。歪。

 我が子を喰うような。誰彼構わず体を許すような。良く言えば自由奔放。悪く言えば悪食好色あくじきこうしょく

 そんな禍々しく忌々しい鬼女が、カナラの体が男に触れられたと知っただけで。

 怒りの余り城ごと揺らすほどマナを溢れさす。

 マナは空間を歪め、辺りの精根尽しぼりきたかすがひしゃげて肉の残骸に成り果てる。

 歪。歪。歪。

 全ては歪んだ愛故に。

 カナラに対する、魄嚥桃の愛故に。

 憤りは其の身に納まれぬ。

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