第465話

 城の中はただただ錠のない牢があるだけのとても単調な景観。

 城から咎人たちは出ることは叶わないが城の中では無法地帯じゆうを貪っている。

 現に――。

「はははは! 去ね! 去ね!」

「……」

「もう逝っとる逝っとる。この馬鹿。ほんに殺すこたぁなかろうて。お陰でまた女日照りじゃ」

 牢の一つには白装束すら脱ぎ捨てて角とも呼べぬこぶがついた女が嬲り殺されている。

 そう、ここは男だけに非ず。女も詰め込まれた牢城。

 カナラを裏切り、家族を傷つけたかつての同胞たち。それが男女問わず詰め込まれているのだ。

 そして欲に忠実な咎人たちは、丈夫な自分らを利用して快楽を貪り始める。

 そんなのが放置されれば当然子もできよう。

 子ができるのは素晴らしい。それはどこの世も大して変わらない。

 が、この場においては少々意味は異なる。

 ここは牢。であれば飯も出される。

 けれど咎人。馳走にありつけるわけでもない。

 そして桃を食らった人から外れた者。飢餓でも中々死なない。

 そのような場所で子が生まれたら。そら食らおうて。

 男が生まれればそのまま肉として腹に収まる。

 女は生まれてすぐに目を抉られ食われる。耳にも小枝を突っ込まれて鼓膜が治れなくなるまで掻き回される。歯は生える度に折られ、食われる。

 そして、飯を与え。育て。壊れるまで嬲り。死ねば肉塊。肉になれば食らえば良い。

 幾日も。幾月も。幾年も。

 嬲られ。穢され。それでも桃を食らった人ならざる者から生まれた娘に死ぬことは許されず。

 かといって、の娘達が不幸と言われればそうというわけでもない。

 何故なら不幸とは。地獄とは。知によって定義されるモノだから。

 食と色しか知らぬ動く肉塊に、不幸など。そのような概念など。生まれるわけがない。

 何故なら言葉すら覚える機会に恵まれないのだから。

「もうこれも使えんしのぉ~。他に残っとるのはおったか?」

「いんやそれが最後じゃ。んでも、そろそろ使えるもんはあがってくるじゃろ」

「あ、下のを言うとんのやったらもうおらんぞ。修蛇裸すだら。あの餓鬼ぁ~神薙――」

 神薙羅……そう呼びきる前に彼の男の頭は上顎辺りから上がなくなっていた。

 同時に、カナラの怒気を感じた男達は静まり、萎えかえる。

「其の名を呼ぶな」

 秩序という秩序のない城内を歩けばあらゆるモノが見え、あらゆるモノが聞こえてこよう。

 けれどカナラはそのどれをも意に介さず、ゆっくりと奥へ進み、上へ上へと登っていた。

 どんなに惨めな娘がいようと。どんなに不躾な視線を受けようと。醜女鬼と罵声を浴びようと。獣に見られ、吠えられたが如く無関心。

 でも、だけれど。どうしても無視できない言葉があった。

「其の名を呼んで良いのは唯一人。口にする事は許さぬ。なれ共の口には少々過ぎる故。弁えよ」

 決して大きくない声。けれどその場にいた者達には届いてしまう。桃を食らいし鬼故に。

 この一言から完全に威を殺がれ、カナラに罵声は飛ばず。また、視線すら向けようとしなくなったので二人はまた歩みを進め始める。

「外に出ようとしとったんは良い子に戻ったのにねぇ~。上へ行くほど態度も大きなってまうんかな?」

「さぁ。外に出なければ好きにさせておりますので考え及ばず。それよりもわたくしとしましては先の言葉のが気になりますれば」

「さっき?」

「ハッ。名を呼ぶことを許されたとか」

「……う、うん」

(おや……?)

 目伏せながら半歩下がってついていた突然言い淀んだカナラに目を移す。

 すると修蛇裸すだらはギョッと目を見開くことになる。

 理由は、カナラの耳が赤く染まっていたから。

(角が無くなっていた事も驚いたものだが……。よもや煙魔様にそのような相手ができようとは)

 嬉しきかな。しかして、をかしなり。

 決して誰かが上に立つこともなく。並ぶことすら出来なかったカナラの傍に、真に伴になれる者が現れるのは喜ばしい。同時に成した者に対し興味尽きぬことであろう。

(色々とお聞きしたいものだが……)

 今から最悪の咎鬼もんだいじへ会うことを考えると、素直に喜べない修蛇裸すだらであった。

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