第459話

「では最後に。君たちには箝口令を出させてもらおう。特に、その二人にはまだ少し早いからね。かれは単純にキャパが足りないだけだなんだが、神薙羅かのじょは私への敵意が増し増しになられると抵抗されて思い通りにならなくなりそう。一度運命も因果もいじったから前より存在が強くなってしまったんだよね。今は長年隠居ぶっこいてたからまだ動かしやすいんだけど。どうやら取り戻し始めてるからなぁ~」

「だろうな。今朝と比べて今のが余程そそるマナをしている。不純物と雑味を取り去ったようだ。今になってわかる。こいつが臭うのは貴様が原因だったな?」

「人を出汁取るの失敗して入り込んだ臭みみたいに言うね? 間違ってはいないだろうけど」

 元々リリンは才以外との接触を拒む傾向にあるが、カナラに対してはそれが顕著だった。

 単なるカナラの強い体臭と才に及ばないマナの質から来るものかと感じていたが、どうやらアノンの楔とやらが主な原因だったらしい。

「まぁ、また打ち込むんだけどね。でないと意味ないから」

「はぁ……。これからは幾分かマシになると思ったんだがなぁ~」

「そう言わないでよ。君を楽しませる相手もいくらか目星をつけてんだから。それに、かれと出会わせた恩人だよこれでも」

「利害が一致しただけだろう? 許可も取ってないしな」

「おや? いつからそんなに心の狭いことを言うようになったのかな?」

「我のことをよく知るようなことを言う」

「そりゃ知ってるさ。君たちの運命をいじったのは私だ」

「……」

(これはまた危なげな空気。観測ならば歓迎だけどこの二人のバトルに巻き込まれるのは嫌だなぁ~)

 二人の間に妙な沈黙と緊張が走るが、こういうとき一番騒ぎそうな紅緒もなにか考え込むように真剣な顔をしている。この空気に気まずさと言わずとも張り詰めたモノを感じているのは意外にもネスだけ。

 そも、リリンがこうも突っかかるのが希なこと。余程アノンへの嫌悪感が強いのだろう。

「んじゃま、私はそろそろ行くよ。諸々はまた来年あたりに連絡するよ」

「ふん」

(ふぅ。一触即発だけはなかったか。ま、先に手を出した私がこんなことを思うのがお門違いだけどねぇ~)

 が、嫌っているのはリリンのほうだけで。アノンからすれば少しばかりじゃれているに過ぎない。

 まず、今のリリンではアノンに多少対抗できようとも。同じ域に至れていなければ害するに難いだろう。

「あ、そうだ。恐らくクレマンがかれに喧嘩を売るだろうけど、紅緒が上手く取り計らってくれ」

「え、あ、はい。でも、それって必要なことですか?」

「あぁもちろん。とっても大事だよ。彼らの成長の礎となるさ」

「そう……ですか」

 アノンの声でやっと返ってきた紅緒。

 才とクレマンをぶつけるのは気が進まないが、目の前の超常生物の話を信じて一旦は言う通りに。

(最悪。私が割って入って止めれば良いことですしね)

 クレマン・デュアメルは確かに強い。が、紅緒はもう一つ上の次元に立っている。その差はかつて戦ったときから埋まってはいない。

「コロナが落ち着くまでの時間稼ぎをアレクサンドラにやらせていたお陰で」

「あ? それはさすがに戯れが過ぎるぞ。せっかく面白そうな玩具なのに我に控えろと?」

 再びリリンが引っ掛かる。彼女からすれば久方ぶりに戦えそうな相手なので逃したくない気持ちは強い。

 けれど、次の一言で引かざるを得なくなってしまう。

「必要なんだよ。彼女コロナの成長にね。きっと良いモノが見れるさ」

「ムゥ……」

 コロナの成長。それはリリンの興味を引くモノ。

 下手にリリンがコロナの存在の内に触れれば焼き殺されていた。それほどコロナに秘められた力は強大。それが引き出されるならば。

(惜しい気持ちはあるが……)

「仕方ない。そう誘導しよう」

「今度こそ話はまとまったね。じゃ、また会おう」

 アノンがそう口にすると跡形もなく消えてしまった。

 存在の痕跡すら残さずに。

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