第423話

――ボゴァアン!


 屋上の床をぶち抜いてアレクサンドラの元にたどり着いたクレマン。

 ここにたどり着くまでに全ての階層の床を抜いて来たのでさすがに体が温まっている。

 まぁ、彼の魔法の特性上体じゃなく頭で結果が決まるのであまり関係ないけれど。

 逆に人域魔法師であるアレクサンドラは体が資本。薬も馴染み、十二分に休息の取れた今は怪我があるため絶好調とは言えないが少なくとも戦える程度にはなっている。

「やぁ。遅かったじゃないかミスター。女は男を待たせるもんだが男は女を待たせるもんじゃないぜ?」

「私は男女で区別しないのでね。それに、逃げといてよく言う。むしろ遅れたなら君に都合が良かったんじゃないか?」

「まぁね。でも、これ以上虚無タイムがあったら客に申し訳ないと思ってね」

「ドキュメントみたいなものなのだからむしろリアリティーがあって良いと思うがね。ま、私はそもそも外野を気にする気はさらさらないが」

 親指でドローンを示しながら言うアレクサンドラの言に価値観の相違を告げる。だからこうして争うことになったんだよという視線を向けながら。

「で、そんなことよりもだ。たくさん……と言っても十分そこそこだろうが。逃げながらでも休めたんだ。そろそろ正々堂々戦おうじゃないか。おっと、戦いにはならないかな?」

 ニヤニヤと笑うクレマンに不適な笑みを返す。

 そして懐からスイッチを取り出して地面に落として足で踏みつけてスイッチを押す。

 すると――。

「そうだね。ってのが何を指すかはわからないけど――」


――ドカァン!!!


「!?」

「真正面からぶん殴り合うのが正々堂々ってんなら願い下げだぜノーサンキュー!」

 爆発音と共に建物あしばが揺れ、一方向に傾く。

 アレクサンドラは屋上の端におり、柵に肘をかけて体勢を維持。

 クレマンは床に拳を突き入れて腕ごと埋めてなんとか落下を防ぐ。

「くっ。逃げてる間に爆弾でも仕込んだのかっ?」

「まぁね。時間がなくてワンフロアに傾くアングルとかも考えずに適当にバラまいただけだけど。でも、もんで良い感じになってくれたわ。い・い・な・が・め♪ So good♪」

 見下すような視線を向けるとクレマンの顔もニヤけてはいられない。睨むように視線を返す。

(だが、ビルを壊したところでどうなるわけでも――)

「よっと」

「ん?」

 アレクサンドラは体を上へ反転。ビルの側面だったところは上になり、未だ一番上だった場所に腕をめり込ませているクレマンからは見えなくなった。

「……さて、正念場だぜ」

(ちゃんと見てなよ天良寺才ジーニアスボーイ)

「フッ」

 崩壊し、落下する方と反対側へ向かう。

 そして良い場所ポジションを見つけると、クレマンのいる位置目掛けて一発ぶちかます。

「おんどりゃあボケぇ!!!」

 ビルの上層階だった物は瓦礫に変わり、付着していた赤い砂も相まって即席の煙幕になった。つまり――。

(知ってんだよ。あんたが探知苦手なことを)

 クレマンはアレクサンドラが至近距離に近づかなくては見つけられないということで。そして、今は空中だから――。

(知ってんだよ。あんたが空中の移動も速く動くのも苦手なこと)

 真正面からのぶん殴り合いしかできないこの男ではエスケープすら難しい。

 だがクレマンは慌てない。何故なら今相手にしてるのは――。

(知ってんだよ……テメェが私をなめきってるってなぁ!?)

 先程零距離で渾身の一撃を受けきった相手だから。恐れる必要性なんてないと思っている。

(だから掬われるんだぜ。その汚くて臭ぇおっさんの足がな!)

「Hello.Gentleman♪」

 空間を歪曲して距離を短縮させつつクレマンに接近。ヒビ割れた右拳を固める。

 ビキビキと痛々しい音が鳴るが、薬の甲斐もあってハイになってるアレクサンドラには関係ない。

(クソ。故意でなく懐に入れてしまったか。だが、まぁいい。どうせこの女は私に傷ひとつつけることはできない)

「余裕ぶっこいてないで歯ァ食い縛んな。こいつぁオープニングヒットとはちと違うんだからよっ」


――ビキビキッ


 腹部にまずは一発。亀裂はさらに走る。

「おいおい。さっきと同じじゃないか。イタズラに自分を傷つけるのは如何なもの――」


――メキャッ


「!?」

 クレマンが言い終わる前に今度は左拳。亀裂どころか筋肉か筋が潰れるような音まで混ざった歪な音色がクレマンの耳にも突き刺さる。

「なに……を――」

(驚いとけ。ついでに黙っとけ。そして聞け。私の骨肉悲鳴合唱スクリーム)

「……ッ!」


――ベキッ! ミチンッ


 目をガン開いてまた右拳を叩きつける。甲の骨が剥離し、肉と皮膚を突き破るが気にしてはられない。


――ミチュブジュッ


 今度は左。落下に逆らうように裂けた皮膚の隙間から大量の血液が舞い上がる。

「おぉぉぉぉぉぉおおおおぁ!」

 交互に繰り出される両拳。その打ち込まれる連打の回転は上がり続け、打撃の間隔スパンが狭まると同時に肉が、骨が、皮膚が、血が。潰れ、砕け、裂かれ、舞っていく。

 それでもやめない。空間の歪みを増やし続けて連打を増やしていく。

 ドローンもその音を拾い、その生々しく痛々しい光景と共に視聴ている人間全てに吐き気かえも言われぬ興奮を与える。

(無駄なことを)

 誰でもわかるだろう。今アレクサンドラが奏でている不快な音は彼女の肉体の悲鳴だと。

 その耳をつんざく音を奏でていても尚、クレマンにはダメージを与えられていないことも。

 けれどその手を止めることはない。止めようともしない。

 ただただ己が打ち出せる最高の一撃を叩き込み続ける。

 いつしか、クレマンの盾を突き破ると信じて。

(ダメージ。衝撃。力ってのは蓄積する。連なっているならば、消える前に次を叩き込めばほんの少しだけ力は上乗せされる。もし、この盾が一発ごとでなく全部合わさったダメージを天秤にかけているならいつか少しだけこの男の想像を上回るはず!)

 確証はない。けどアレクサンドラの直感が正しいと囁いている。

 だからやる。

 今までもそうしてきて、それら全てが正しかったから。

「ん……ぐぁ……っ」

 けれど、先に手の限界が来てしまった。

 薬でも、高揚感テンションでも誤魔化せないほどに壊れた両手の損傷ひめいは否が応にも脳へ痛みを伝える。

 そしてその痛覚いたみを遮断する余裕は今はない。

(手が……ぶっ壊れても……っ)

「足が残ってんだよF○ckin'guy!」

「……!」

 アレクサンドラは空中で体を丸めながら前転。かかとを先程まで殴っていた場所に叩きつける。

「いっ……んぅ……っ」

 当然ながらクレマンの盾に阻まれ、それだけでなく一発でヒビが入ってしまった。

 が、今さらそんなことを気にするような状態からだじゃない。

(手はもうぶっ壊れてんだ。足が壊れようと同じこと。へへっ。タップダンスのように……いや、タップよりも激しくくぜっ)

「…………………………っ!」

 歯を食い縛りながら、手に代わり足で連打を始める。

 一発一発が全力でマナを込めた竜王レックス咆哮ハウル。軋む四肢が奏で続ける悲鳴スクリーム

 嗚呼。一人の女性がわかりやすく、あからさまに壊れていく。

 こんなにも誰が見ても明らかに壊れる様を晒し続ける彼女から目を離す人間は数えきれない程だろう。

 そして同時に、ここまでする事を理解し難く思っていても胸の内が動かされ、目を離すことを自らの心が許さない人もまたたくさんいる。

 もうすでに彼女アレクサンドラは魅せるという義務は果たせている。もうやめたって誰も咎めやしない。

「フゥ……! フゥ……ッ!」

 が、そんなエンターテイナー的考えはもう今の彼女にはない。痛みすら頭の中から消えている。

 今あるのはただ――クレマンの盾をぶち抜くことだけ。

(まったくしつこい女だ)

 数秒か数十秒に及ぶアレクサンドラの猛攻。止めることは容易だがあえて受け続けるクレマン。

 やがて地面が近づいてきた頃。

(そろそろ止めて――)


――ミシ


「「……!」」

 今の音は、今の感触はアレクサンドラの肉のモノじゃない。

 今のは――。

(実った!)

「おぉぉぉぉぉぉぉぉお……!」

「な、なん……っ」

 クレマンの盾をわずかに破り、本人の肉と骨に届いた音。

「らぁ!!!」

 最後の一踏みと同時に地面に到着。

 地面にぶつかる音と瓦礫が落ちてさらに細かい破片になっていく音が辺りを包む。

 ビルについていた砂と地面の砂が宙に舞って混ざり視界は完全に閉ざされてしまった。

 二人の姿はカメラには映らない。今ので近くにいたドローンは瓦礫に埋もれてしまったから。

「へへ……っ。ゲホッ。オエッ!」

 笑みが浮かぶ。激痛の中でも笑ってしまう。赤い砂が気管に入ってむせながらも口角が上がってしまう。

(やった。目標は遂げた。満足だぜ)

 マナは尽き、肉体は限界。けれど心には満足感と充足感が満ちに満ちている。

(私の勘が告げてるよ。この光景をちゃんとボーイは――)

「Put○in de Me○de……!」

「ぁ……が……ぁ……っ」

 尽くし、尽きた余韻を邪魔するかのようにクレマンがアレクサンドラの頭を掴む。

 辛うじて頭蓋は砕けてはいないが、指が皮膚を潰し紫色に変わっている。今はヒビが入ってる程度だが骨を突き抜けるのも時間の問題かもしれない。

「ハァ……ハァ……ハァ!」

 罵詈雑言をぶつけたいところだが、殴られた腹部が痛んで言葉が続かない。

 とはいえ彼の感じてる痛みなんて子供の喧嘩でたまたま良いのが鳩尾みぞおちに入った程度の痛み。アレクサンドラが感じているものと比べるのもおこがましい程だ。

 けれどクレマンにとっては数年ぶりの痛み。しかもそれを与えたのが超格下と見下していた相手。

(また……また価値のない女に……っ!)

 数年前クレマンを下し、魔帝の座を手に入れた人物が思い出される。

 彼女もまた、クレマンに見下されていた。が、見下され過ぎていたが故に下調べをされず、盾は緩く設定されていたので容易く貫くことができた。

 何せ数年前の召喚魔法師なんて今よりもずっと酷い扱いを受けていたんだから。対策など不要と思われても仕方ない。

 けれどその敗北によって立場が上がったと言っても過言ではないのだ召喚魔法というものは。

(だが、あのときとは訳が違う)

 そう。今回はアレクサンドラの情報があり、完璧な盾が作られていたはずだった。

 けれど貫かれた。痛みを与えられた。対策してなお越えられたことがクレマンのプライドを刺激する。

「許……さん……絶対に……許さん!」

 思い出される屈辱も相まってクレマンの怒りは膨れ上がり沸き上がる。

 明らかにこれはアレクサンドラの命が害される危険がある。

 あるけれど――。

「Va te fa○re en○uler……!」

 未だ落ちる瓦礫にも構わずクレマンはアレクサンドラを上へと投げる。

「……っ。……っ!」

 瓦礫にぶつかる。破片が刺さる。けれど声はでない。もう痛みに対して悲鳴をあげることすら彼女にはできない。

「うぁヴぁっ!」

 奇妙な声をあげながら落ちてくるアレクサンドラの足を取り、そのまま無差別にそのあたりに叩きつける。

「……」

 辛うじてかすれる意識の中でも空間を曲げて衝撃は軽減しているものの、それでも徐々に肉体は壊れていく。

 拳や踵など体の末端は既に砕けていたが、肘や膝もおかしな方向に曲がり始めている。

 加えて遠心力で頭の方に血が集まって鼻、折れた歯、目や耳。その他傷口からいっそ面白いくらいに血が噴き出ている。

 これで意識が残っている方がどうかしている。薬で補助していたとしても。イカれている。

(なん……で……。できて……んだろう……な……ぁ。こんな……こと……。ま、なん……でも……いっか……)

「笑うな!」

 アレクサンドラの口には未だ笑みが浮かんでいる。

 その笑みが目に入るたびにクレマンの怒りはぶり返し、結局他のドローンが埋もれた物の代わりにやってきてこの惨劇を捉えて人が止めに入るまでアレクサンドラは瓦礫や地面に叩きつけ続けられた。

 試合はクレマンの勝利として終わり、アレクサンドラの成れの果ては配信されることはなかったが、次の情報だけは流さる。


 アレクサンドラは出血多量並びに全身打撲。そして数えきれないほどの骨折を抱えて集中治療室に運ばれた、と。

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