第422話 

 とはいえ、正直手詰まりではある。

 何せ少し前までの最高の一撃――竜王レックス咆哮ハウルと名付けた、文字通りの必殺ブローで無傷だったんだから。

 あれを越える一撃はあるにはあるが、威力に大差はない。ほんの少しだけ上がっただけ。元々の盾でほとんど威力は殺される。

(だから、当てるだけ……当てるだけで良い。盾は抜けるんだとわかれば良い。それを言葉だけでなくきっちり映像で見せること。それが私の仕事だ)

 百聞は一見にしかず。その一見は直でなくともかれとその契約者リリンならば十二分に汲み取るだろうと。

 もしかしたら口頭だけでも良いかもしれない。もしかしたらネットであると言えば足りたかもしれない。

 けれど、アレクサンドラは戦うことを選んだ。

(そう。これは私のワガママ。ワガママで色んな人を巻き込んでる。だから――)

「よい……しょ……っと」

 頭はクラクラ。体はフラフラ。足はガクガク。景色はユラユラ揺れて力は入らない。

 でも、休み続けてるわけにはいかない。今もこの姿はドローンでもって世界中の人が観ているんだから。

(客を退屈させるにゃ十分でも長い長い。ボクシングの十倍もインターバル取っちまったんだからせめてこっからはち楽しませないとね)

「すぅ~……はぁ~……。すぅ~……はぁ~……。すぅ~……はぁ~……――うん」

 フラつきもなんとかなるかなと深呼吸一つ。二つ。三つと行い酸素を取り込む。

 実際どうかはわからないが、とりあえず治まった気がしないでもない。

 まぁこんなボロボロなんだから呼吸一つで元気になるわけがない。元気になったと錯覚して気持ちが前に向けばそれで良い。

 そうアレクサンドラは割りきって――。

(ヤバ……)

「……ッ」


――ドゴォオン!


 前のめりに跳びながら前転。次の瞬間には元いた床は下から撃ち抜かれていた。

「あっぶなぁ~……」

 音などの予兆を感じたわけでもなく。そろそろ攻撃されるだろうと予測していたわけでもない。回避できたのは天性の直感故に。なんとなくかわせただけ。

(もしかしたら、変に私と似てるから勘が働きやすいのかもだけど)

 アレクサンドラは本来力任せなスタイルで、真っ向からぶん殴り合うのか得意。

 クレマンもそれは同様で、工夫なんて一切ない神誓魔法頼りのストロングスタイル。

 武術を嗜んでるだとかの技術もなく。気まぐれに戦闘時の動画があれば見たりはするが情報収集という気で行うことはない。ただ適当に受けて適当に殴るだけ。

 そう考えると、かわしたり分析したりするアレクサンドラのがまだ理知的とも言える。

(けど、その必要がないほど強いってのが一番大きいんだろうね。つまりは私の完全上位互換)

 分析すればするほど勝利は絶望的。けど、目的が勝利でないのならやりようはある。

(とりあえず……もう少し体力を回復させたいかな)

 クレマンは攻防の高さは魔帝の中でも屈指だが移動速度においては並。空間をいじることもできない。

 だから床が抜けてもすぐには上がってこれないのだ。

その為、アレクサンドラには隠れる余裕がある。

「……」

 アレクサンドラは足音に気を付けながら近くの柱まで空間を歪めながら移動。陰に隠れてやり過ごそうと試みる……が。

(フフ。運が良かった。どうやら丁度近くに穴を開けたようだ。それに、道標まで残されてる)

(んあ~。そんな甘くはねぇわな。腐ってもプロだし)

 穴から跳び上がってきたクレマンは微笑み、アレクサンドラは嘆息。

 いくら力に溺れた男でも基本中の基本くらいはできるらしく、床の血を追われて大まかな場所を割り出された。

「さてさて……」

 クレマンはゆっくりとアレクサンドラのいる柱まで歩いていく。コツ……コツ……と、一踏み一踏みわざと聞こえるように近づく。

 もうわかっているぞと。無駄な抵抗はやめたらどうかと語りかけるように踏みしめる。

「……ハン」

 その意図を組みつつ、鼻で笑う。ここで逃げるようなら最初から噛みつかない。

「まったく……」

 やれやれと肩をすくめながら近づくクレマン。柱を回ってアレクサンドラをその目で捉えようとしたとき――。

(ばーん)

「……!?」

 柱を背に、クレマンの方目掛けて両肘を打ち付ける。

 壊れた柱は瓦礫となり、破片となり、クレマンに襲いかかる。

「ぐっば~い♪」

「こんの……っ」

 アレクサンドラ二度目の逃亡エスケープ。さすがのクレマンもこれまた二度目の目眩ましに少し表情が歪む。

(さては……っと。お、あったあった)

 階段と言ってもこの星の建物のは既知の物とは形状、性質共に異なる。

 まず、大概の建物に自動扉はあるがセンサーは人の通過や重さなどをキャッチして開いたりはしない。

 あるのはマナのセンサー。床からマナを送り込むことで開く仕組みになっているのだ。

 そして、ビルなどの階層の移動は歩いて段を上るわけではない。

 階段と呼ばれている場所は扉で隔てており、その扉の向こうはそこまで幅はなく人が一人二人入れるくらい。上から下までは突き抜けている。

 マナを感知して扉が開くと同時に薄い膜のようなモノで足場が形成され。その膜に乗り、内側のボタンで階数を選択すると上の場合は膜が人を跳ねあげて、下の場合は膜が一瞬消えて目的の階層のとこでまた形成されて受け止めてくれる。

 この形式からして階段……というよりはエレベーターのほうが近いかもしれない。

 この星の文明は滅んでいるが、それでもこの星のマナに対するレベルの高さは相当なものと一目でわかる。

 そして人が消えてなお、そのシステムや機器が生きていることに感嘆を禁じ得ない。

(えっと……どこへ逃げようかな?)

 足元からマナを送ると扉が開く。膜に乗って馴染みの薄い文字を見ながら適当に押す。

「うわおっ」

 思ったよりも現在地より高い階を指定したらしく、思いきり跳ね上がる。

「っとと」

 体感で十階以上は跳ばされ、怪我も相まって着地してすぐはよろけてしまう。

 が、少しは落ち着ける時間ができた。

(血も流しすぎたし、増血剤も飲んどくかな……)

「あぐ……んっ。ぅ……ん。……ふぅ」

 右手の包帯を口を使って整え、親指、人指し指、中指だけは動けるようにすると服の中に手を突っ込んで赤いカプセルを取り出す。

「……んっく」

 唾液を溜めてから口に入れ嚥下えんげする。

「んぁ~……きっくぅ~……!」

 ほんの数十秒程度で薬は体内で溶けて脳に血を作るよう働きかける。

 この薬そのものには血の成分はほとんど入っておらず、あくまで体に血を無理矢理作らせるだけなので当然ながら負担も大きい。そのためにさっきとは別の意味でフラつくが。

(もう少ししたら動きやすくはなる。副次効果でエンドルフィンやアドレナリンの分泌も進むし、痛覚遮断いたみどめにリソースを割かなくてもよくなるんよね。ありがたい)

「おいしょっとらこいっしょっどっこいしょ」

 改めて腰を下ろし、落ち着くまで深呼吸をする。

「すぅ~……ふぅ~……すぅ~……ふぅ~……」

 目を閉じ、時折痛覚を戻しながら薬が効いているかを確かめる。

 薬が少々強力な為効果はこの階に来てから三分足らずで遮断の必要はなくなり、血が多くなったことで体も熱くなってきた。

(あの奇襲でちったー客も楽しめたからこの数分はおまけで許してくれたとして。こっからはもういっちょド派手にぶちかますかね~)

 アレクサンドラは再び懐に手を伸ばすと、今度は小さくも分厚い真っ黒なコインのような物を取り出す。

 それを適当にフロアに設置しているところを見ると何かしらの機械なんだろう。

(あんま準備に時間を使うわけにもいかないし、ここ以外は屋上うえだけにするかな)

 アレクサンドラは再びエレベーターを使って上へと向かう。今度は一番上まで。

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