第418話

バトルパート


   天良寺才&リリン

      VS

   稚沙木ちざきマーヤ&スィリヌ



「……っ」

 マーヤの契約者――スィリヌの視線がリリンを捉えた瞬間。悪寒が走る。

 マナの感知ができる生物であれば、リリンの異質さは感じ取れてしまう。

 加えて、この学園内でのリリンは才のマナでしか能力の行使はできない。つまりは才の高密度のマナもリリンを経由して知覚しているわけだ。恐れることは必然。

「さぁスィリヌ。貴女の歌を聴かせてあげて」

 カタカタと震えるスィリヌに優しく声をかけるマーヤ。けれどこんな化物がこんな近くにいて呑気に歌など歌えるものかと訴えたい。

「大丈夫。歌を聴かせてそれで終わりだから。きっと最後までご静聴してくれるわよ今日のお客さんは」

「……」

 訝しげな視線をマーヤに向けた後すぐにリリンを見ると、リリンは腕を組みながらニヤニヤとしていた。

「あぁ。なるほど。そういう趣向か。我は構わんぞ」

「あら。わかってくれた感じですか?」

「貴様が最初はなから勝敗だとか闘争だとかを考えていない程度はな」

「ふふ」

 マーヤが考えていること。それはリリンに対してただスィリヌの歌を聴かせたい。そして、それによってあるモノを与えたい。ただそれだけ。

「戦っても勝てるわけないんだから。せめて先輩らしく後輩にあげれるものあげないと。特に私は結構な見栄っぱりなので」

(だそうだ。お前も余計なことはするなよ?)

(負けなきゃなんでも良い)

 その声からは偽りは感じられず。一応才に釘を刺しつつリリンは仁王立ち。

 また、マーヤの言葉に疑いを向けていたスィリヌも自身特有の耳の良さで偽りはないと判断。

 まだ身は強張っているが、それでも胸を張ってを開く。

「………………――ッ」

「んっ」


  ――パァン


 スィリヌが口を開けて数秒後。リリンの右腕の一部が破裂する。

 続けざまに首から下の肉が拳台の大きさで次々と弾けていく。

(……イキった割りに血まみれにされてっけど平気なのかよ。しかもそれって明らかに……)

(フム。見た目は派手だし組織の再生が阻害されているもののダメージは特にない。この妨害は外部から内部への干渉がされてるからだろうなぁ。コロナの時と真逆だな。というかお前わかってて聞いてるだろ)

(そりゃあな)

 存在の繋がりを利用しての会話をしつつも、リリンの体は弾け続ける。

 が、あくまで手足の肉が多少削れてるだけで内臓などの重要器官は害されていない。

 その違和感は当然マーヤとスィリヌもわかっている。だから――

「――――っ

   ――――」

 スィリヌは声帯部分にある小さな無数の口。その二つ目を開き一人で二重奏を唱う。すると――。


 ――プシャッ


(ほう。これはさすがに驚いた)

 表情をほとんど変えずとも、リリンは少なからず驚愕する。

 如何な小細工を労しようが重要な器官は損傷しないと踏んでいたためであるのだけれど。その予想は外れた。

 何故なら今の噴射音はリリンの耳から発された音だから。

 しかも鼓膜が破れたのではなく、その奥の器官がいくつか破裂して、三半規管にまで影響を及ぼしている。

(が、肉を削がれてるときにはもう。最早回復に手間は取らんが――)

 そう思った途端またスィリヌの口は増え、音が重なる。


 ――ブチンッ! ブジュルッ!


 右大腿部の筋肉が断裂。逆側の耳も壊れ歪な音と共に小さな穴から血液が排出。

 すぐに回復できるもののパッと見は大ダメージ。

(フム。歌い終わるまで待とうかと思ったが……早まったか?)

 とも一瞬思うが、痛み自体はさほど感じていないし。もう回復も阻まれることもない。

 であれば最初決めていた通り待つ方が良いのだろう。その方がリリンの耐性を増やすことに繋がる。

 けれど悠長に構えていられるほど矮小なダメージとも言えない。……ので、対策だけは取ることにした。

(少し考え方を変えよう。臨戦を捨てて回復に専念。それからパターンはある程度掴んでいるし、今から耐性を得よう。コロナの時の経験も合わせればここからのダメージはいくらか抑えられるはず)

 リリンは念のためリソースをある程度攻撃系統に割いていたが全て回復と学習に回す。

 その間も口は増えていくが、細胞全てが攻撃を捨てたお陰でそれを越える速度で回復。対応。耐性を得て無効化していく。

 その過程プロセスは口が増えるごとに瞬間的には崩されるものの。また瞬時に効かなくなっていった。

(とはいえ、完全に耐性を得るのは現状難しいな。おとが一つ増える度にアプローチの仕方が何段も複雑化する。我が受けに専念してもコレとはいやはや……クハッ。宇宙せかいは広いな)

 戦力だけで言えばリリンは圧倒的にスィリヌを凌駕している。

 膂力も。マナも。生命力も。全て。

 けれど今現在手を出していないとはいえ。傷を負わされている。回復も阻害されていた。

 単にリリンの未経験の攻撃ということも大きな要因だが、スィリヌの能力の質の高さが一番の原因。

 スィリヌの能力。その質の高さ。一つはリリンへのダメージが証明している。もしもわざわざ様子見せずにスィリヌが最初から全ての口を使っていたら敗けはしないものの地に足以外の部位がついてもおかしくはなかったろう。

 加えて、スィリヌの歌はこの場にいる全員が聴いている。観覧席にいる生徒たちやモニタリングしている教師陣含めて。

 なのに影響はリリンしか受けていない。

 つまり、対象を決めれる程度には精密性があるということ。

 リリンの肉体を破壊し、また音を用いての単体への攻撃。

 それだけでマーヤとスィリヌの実力がわかるというもの。

「クハハハ……」

(称賛に値する。こいつらは優秀だ。そして我との差を理解し、戦いを捨てたその慧眼も素晴らしいと言ってやりたいくらいだ。言わないけど)

(おいリリン。だだ漏れてんぞ)

(わざとだ)

(だろうな。で、まだ完全には無理なのかよ)

(そうさな。あちらの底もまだわからんし――)


 ――パァンッ! ベチャチャッ!


 心の内で会話をしていると、先程まで破損も出血も最初より控えめだったリリンの肉がまたしても派手に散る。

 おとの数が大幅に増えたようだ。

(っと、ペースを上げてきたようだ。これは不味いかもしれんな)

(嘘こけ)

(クハハ。わかるか?)

(そらわかるだろ。もし本当に危なかったら絶対動いてる)

(そうだな。なんなら我を脅かすほどのモノがあれば始まった直後に仕掛けるよ)

(そんな相手今まで見たことないけども)

(ロゥテシアやコロナ。それと煙魔あたりと本気で殺り合うなら先手も考えるぞ)

(全員俺と繋がってんじゃねぇか。どうなってんだ俺の縁)

(知るかよ。我と縁がある時点で相応にイカれてるのは確かだがな。……さて、ではそろそろやるか)

(……良いのか? お前一人でやらなくて)

(フム。どうやら再生と耐性の会得を同時にやるのは骨が折れる。今この場でとなると時間がかかるんだよ)

(それくらいヤバイ相手だったんだなこの先輩。もし一年早く生まれるなりして四月とかに当たってたらって思うとゾッとするわ)

(その時は確実に我も初手で殺すな。うん。間違いなく)

(んじゃ、始めるか)

(あぁ)

 リリンと才は会話を切り上げてより深く繋がり、軽く混ざって同調する。

 今回行うのは簡単な役割分担。リリンが回復。才がリリンの受けたダメージなどの情報から解析と対応。耐性の獲得。

 これによってさらにリリンは回復にリソースを割けるようになり、最早肉が弾けそうになった瞬間には回復が終わっている。

 こうなってしまうと最早ただの音楽鑑賞だろう。

(終わったのかな?)

 あからさまにリリンが出血をしなくなれば、当然ながらマーヤも察しよう。

(じゃあそろそろフィナーレってことで)

「……!」

 マーヤの意思を感じとり、スィリヌは一度歌をやめ……そして。


「――――――――

   ――――――――――

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 ――――――

     ――――――――――――

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    ――――――――――

――――――――――

        ――――――――

  ――――――――――――

   ――――――――――

――――――――

       ――――――――

    ――――――

 ――――――――

      ――――――――――――

――――――――――――――」


 裂けんばかりに口を広げ、喉の半分が開いて中にある無数の小さな口が見える。

 それぞれが違う動きをして違う音色を響かせている。

 ある口はハープのように澄んだ音色を。

 ある口は弾むようなピアノのように。

 ある口は重厚なチェロのような音色を。

 ある口は激しいギターのように。

 ある口は爆ぜるようなビートボックスを。

 ある口は聞いたことのない言語での歌を。

 たった一人の三桁を越える口が奏でる。

 それは最早大規模な楽団。聴くもの全てを圧倒し、そして先程からのことを考えればその音に晒された者は跡形もなく消し飛ぶことだろう。

 例外リリンを除いて。

「――――――……」

「え~っと。ブラボー?」

 スィリヌが歌い終えると、リリンはパチパチと軽く拍手を送る。

 けれどスィリヌはただ怯え、マーヤは苦笑い。

 それもそうだろう。最高最大の歌を無傷でやり過ごされたのだから。

(最初は通用してたのに。この十分にも満たない時間で克服されちゃった。無防備だったしもう少し時間かかると思ってたんだけれど。でもいいや。目的は終えた)

「この試合。放棄します」


『あ、えっと……。稚沙木マーヤさんの試合放棄により勝者、天良寺才』


 ある意味で最後に残された最も注目されていたであろう試合は、片方が動くことなく呆気なく終わった。

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