第411話

バトルパート


   宍戸司ししどし多美たみ&クテラ

      VS

   荒土あらと青海おうみ&テェシェル


『三年D組荒土青海と一年E組宍戸司多美の試合を始めます。双方契約者を喚び次第始めてください』


「すぅ~……はぁ~……。おいで、クテラ」

 アナウンスに従い、まず契約者を喚んだのは多美。

 他の1Eと違わずグリモアを出さずにゲートを開くと、対戦相手の青海は一瞬眉をひそめる。

(やっぱりこの子もグリモアを出さない。今年の一年……いや、一年E組はどこかおかしい。毎年小咲野先生が変なことしてるのは知ってたけど。素直に聞いたからこの子たちはここまで――)

「……!」

 考えを巡らせてる間にも時は進む。

 ゲートが開かれ、クテラが姿を現す。

「グルルルゥ……」

(あ、あれ……? 動画と違う……?)

 動画で対戦相手である多美の試合を何度も見ている青海はクテラの姿に違和感を覚える。

 クテラのサイズは大差ない。こちらの大型獣みたいだし、違いは毛の模様と氷を扱うくらい。

 けれど今はなんだか――。

(大きい……違う。デコボコが多くなってる。筋肉質に……なってる)

 同調によりマナの循環が増した影響だろうか。それとも存在が混ざり合うことで起きた副産物だろうか。

 多美はマナの潜在量がクテラの影響で増していき、マナはクテラに還元されて生物の格が上がっている。

 成長速度も上がっていき、たった数日であるが数センチほど体高と体長も増えている。

 だから青海の感覚も間違ってない。間違ってないが、筋肉の隆起で錯覚したのだと感じてしまっているだけ。

(手強……そうね)

 当たっているが同時に間違っている。

 青海は未だ喚び出していない契約者とクテラのを比べて手強いと言った。

 しかし見てくれ以上の開きがあることを彼女はわかっていない。

 ただの人間故に、気づけない。

「ティシェル」

 ゴングは既に鳴っている。手強いとわかっていても戦うしかない。青海はグリモアを手に契約者を喚ぶ。

 ゲートから現れたのはクテラよりも大きな巨体。

 体高、体格ですら五割は上。体重に至っては三倍から四倍はあろう脂肪と筋肉の鎧。

 四肢という四肢は見えず。だぼんだぽんっと跳ねながらゲートから現れたのは――。

「フゴォォォォォオ!」

 現れたのは青白い皮膚に霜を纏わせた巨大な牙を持つ巨体のトド。

 格が上がったとはいえ、肉体的には完全にクテラよりも遥かに上等なトド。

 けれど、それよりも問題なのことがある。

(マナは……そんなだけど。使い方が上手すぎるっ。あの量のマナでもちゃんと脂肪に充満させて耐久性めちゃ上げてるよ。しかもトドで体に霜降ってるってことは――)

 十中八九クテラの得意とする氷に対しての耐性が高いということ。

 相性だけでいえばこれは……。

「最悪かもぉ~……」

 思わずひきつる口角。前までなら多少卑屈になりつつもE組で培った経験が後押ししてくれるけれど。

 なまじマナで相手の力量がより細かく計れるようになったらなったで嫌な情報も手に入ってしまう。

 情報は力。それは多美もわかってる。わかってはいる。

 けど、有利に進めるための駒。ただの武器。そう割りきって最善策を努められるほどの経験値は多美にはない。

 だから――。

「フゴォアッ!」

「……! ガァゥア!」

(あ、やばっ)

 先手を許してしまう。

 ティシェルが巨体を揺らしながらクテラに向かい突っ込んでくる。

 けれど大型とはいえ猫科系の四足獣であるクテラからすれば鈍い鈍い。

 あっさりと身をかわす。

「……」

 しばらくの間クテラはそうして時間を稼ぎ、多美が落ち着く時間を稼ぐ。

「……ふぅ」

(ありがとクテラ。大分落ち着いた)

(ガウ)

 心の内でも言語でなく鳴き声なのは知能が未だ追い付いてない証拠。

 それでも感性的な部分は多美の影響で大分成長してきている。

 でなければ気を遣って時間を稼ぐなんてできない。

(ちょっと動揺しちゃったけど。クテラのお陰でいつも通りになってきた。やっぱ、やちちゃんみたく私も結構緊張してたのかも)

 頭の中で言葉にすることで自分の状態を明確にする。

 クテラが時間を稼いで多少落ち着いても念には念を入れての脳内独り言。

 その間クテラは時間を稼ぎつつ相手の様子を見ていた。

「……?」

 時間稼ぎに専念していると、クテラが違和感を感じ多美と視覚を共有。

(……ん? ……これって)

 ある程度冷静さを取り戻した多美はクテラからの視覚情報だけでなく自分の肉眼でも場を確認すると。試合場はなんだかテカテカと光っている。

 ティシェルのほうへ目をやると、ティシェルの全身も照明を反射するほどテカテカだ。

(なにあれ? 汗?)

 多美の予測はおおよそ当たっている。

 液体の正体はティシェルの汗。油分を多量に含む汗だ。

 そして、その液体がフロアを覆ってるとあれば。

「グルゥ……」

 辛うじて爪を引っかけて滑らずにいるものの、大分行動を制限されてしまった。

 逆に相手はというと。

「フングフング!」

 床を滑りながらクテラに突っ込んでくる。

「……っ」

 速度で言えば時速三十キロそこそこ。先ほどよりも断然速いが、まだまだクテラからすれば鈍足も良いところ。

(けど、今は足元がめちゃくちゃ滑る。しかも秒ごとにどんどん滑りがよくなってる気がする。空気に触れたり気温とかで質が変わる……? って、んなことはどうでもいい。今は爪引っかけて踏ん張ってるけど、移動となるとムズい。今のクテラの感覚からして跳べばコケるくらい滑るっぽい。かわすのは……無理)

 だから、移動かいひは捨てる。

(クテラ!)

「グル……? ガルゥア!」

「……!」

 多美はマナを送り、クテラは氷の壁を作る。

 一瞬にして氷の壁を作ること自体に青海も驚きはしないが、作り出した壁のその厚さ、大きさが今まで見た試合の映像よりも遥かに大きい規模であることには否が応にも驚愕を禁じ得ない。

(他の1Eもだけど。なんでここ数日とかでこんなに強くなってんの!? 私らが三年努力しても伸び悩みっぱなしだっていうのに。理不尽すぎる。なんで今年の一年だけっ)

 口にはしないものの、心の内は不満だらけ。

 落ちこぼれが入学からたった八ヶ月で最上級生やAトップたちと互角以上にやりあっていて。なんなら春から既に頭角を現していて。それを見せつけられてきて。

 嫉ましい。妬ましい。実に嫉妬ねたましい。

 どうして自分じゃなかったんだろう? どうして今年? どうしてE組だけ?

 ずるい。ズルい。狡い。卑怯ずるい。

 運が良すぎて不公平ずるい。

 だから。だからせめて。

(今回のリーグ戦だけは。良い思いさせたくないっ)

「……! フガォア!」

 感情の昂り故か、青海からティシェルへマナが流れ込む。

 ティシェルはマナの扱いが上手いだけで、その実マナを知覚することはほとんどできない。

 けれど、その肉体がマナを受けとれば動力になる。活力になる。

 嫉妬という醜いと言われる感情が、巡り巡って力となる。

 なんとまぁ醜き人の業か。

「ブゴォア……!」

「グルゥッ」

 けれど、そんなことはどうでも良い。現に今ティシェルは速度を補う膂力でもってクテラの氷壁ひょうへきに体当たり。

 たった一撃で氷壁に亀裂が走る。

「もう……一度……っ!」

「フガァ!」

 一度軽く氷壁にぶち当たり、反対の壁まで距離を取ってから、再び氷壁へ突進を試みるために壁を蹴る。もう一度同じように体当たりされたら氷壁ごとクテラも吹き飛ばされるだろう。

(クテラ!)

「ガゥア!」

 多美もそれはわかっている。故に対策をかける。

 まず、滑り止めとしてフロアに粗めの氷面を作り上げた。

 これで滑った勢いは多少緩むだろう。

(今さらそんなことしても勢いは止められないっ)

 けれど初速を潰せなかったのは痛い。勢いは多少緩むものの最初の一撃よりも勢いはついている。このままでは意味がない。

 だから多美は同時にクテラの足元も粗めの氷を敷かせた。ついでに自分クテラの周りだけ雪を作って足場を作らせている。

 これで、逃げるために必要な状況モノは揃った。

「ゴォォア!」

 氷壁が壊れ、辺りに残骸がばら蒔かれる。

 けれどクテラが吹っ飛ばされた様子はない。

 ティシェルが氷壁に接触する直前。コンマ数秒程度の間一髪で避けることに成功。

 多美が最初に敷かせた粗い氷の床が存外良い仕事をしたようだ。

 さて。足場も作り、相手がこちらを見失ってるとなれば攻勢に出るのはこちらの番。

「グゥアウ! ――グブッ!?」

(……っ。こ、これは)

 隙を見せたティシェルに噛みついたは良いものの、歯を食い込ませる前に口を離してしまう。

 多美は不審に思い感覚を共有してみると。

(く、くっさ!? まっず!? それに辛い!? 鼻もツーンとする! なにこれ!?)

 ティシェルの体表面から分泌している液体からはアンモニアや酸などの刺激臭に加えて硫黄などの悪臭成分が含まれている。

 味もそれに影響されているプラス悪質性の脂やタンパク質が分解された時。ようは肉が腐った味まで混ざっているのだ 。

 こんなゲテモノ以下の代物。食えたもんじゃない。噛みついてなんていられない。

(これは物理的になんとかするのは無理そう……)

「……?」

 顔を思いっきりしかめて口をモゴモゴさせる多美と舌をベロンベロン出して味を嫌がり雪と氷にかぶり付くクテラの様が妙にリンクしてることを訝しむ青海だが、それよりも大きな隙ができている。これを見逃す手はない。

「ティシェル!」

「「「……!」」」

 が、指示を出すには声に出す必要がある。

 味覚と嗅覚への刺激で怯んでいるとはいってもガラ空きの聴覚からの情報を受けてまで呆けてるほどアホじゃない。

 ティシェルの突進をなんなくかわしていく。

(でもこっちからの攻撃手段が……。噛みつきはダメ。少しだけの噛んだ感触から爪も無理。脂汗だし。氷柱……も同じかも。滑って致命打にはなんない。他に私らができることは……)

「あ」

 ふと思ったこと。普通は意味がなさそうだし、少し前までなら出来なかったことだが。他に手がない今なら試しても良いかもしれない。

(最悪。これで決まらなかったら棄権かな)

 軽く見積もってもものすごい量のマナが削られる。けれどどの道他に手がないなら負けと同義。

(だったらやるだけやって潔く負ければ良いよね)

 試合ほんばんの空気で弱気さは身を潜め、いつも周りに見せているカラッとした強気な顔になった多美。

(なんで防戦一方で笑ってんのよ。もしかしてまたなにか仕掛けられてる?)

 多美の顔が変わり、強気な顔を余裕と受け取り警戒する青海。

 その勘違いは多美の次の策で本物になる。

(お客さんにも先輩にも申し訳ないけど)

「……グルゥ」

 クテラに作戦を伝え、クテラも了承。

 クテラは多美から受け取ったマナ全てを使い、自分とティシェルを覆う小さな氷山を作る。

(中が……見えない)

 クテラが作った氷山はわざと空気や空気中の塵などを混ぜて不透明度を上げている。加えていくつかの層に分けてズレを作りつ一番内側には雪を被せているので影も見えなければ色が透けることもない。

 が、多美とクテラは感覚を共有しているので中の様子がわかる。

(次はっと)

 次に出した多美の指示は難しいもの。クテラの周りとティシェルの周りの気温を変える。

 クテラの周りは氷点下十度を下回らないようにし、ティシェルの方はどんどん下がり氷点下二十度……三十度と下がっていく。

「フグゥ!? ンゴォアアア!」

「ガゥア!」

 気温がどんどん下がっていることに気づいたティシェルが襲ってくる。

 が、クテラは温度調整を続けながら氷壁や氷柱などを作り出し行く手を阻む。

(……っ。まだ足りないか。でも焦ったのはわかったよ)

 焦ったということは多美の狙いは正しかったということだ。

 多美の狙い。それは――。

(パッと見から哺乳類とかそっち系なのはわかるからね。だったらそんな低い温度は耐えられないっしょ)

 寒帯に住む哺乳類が活動できない温度まで下げること。

 例えばホッキョクグマでも氷点下五十度を下回ると生きられないという説もあるし、ホッキョクギツネで氷点下八十度ほど。トドやアシカなどもそんな環境に住んでいない。

 ティシェルは異界の生物故に限界温度は未知数。

 けど、焦った。氷点下三十度ほどで焦って体を激しく動かし、クテラを仕留めにかかった。

 ならば、限界はそう遠くないはずとここで決めにかかる。

「ゴォォォォォオアア……ア!」

 氷点下八十度を下回るが、動きは鈍くなりつつもまだまだ生気がある。

 けれど作戦は継続。氷で動きを抑制しつつ温度を下げていく。

(さすがにクテラの周りの温度もキープできなくなってきた。神経もかなり使うしこっちもヤバめかも)

 気を付けていても一室の中の温度を完全に制御するのは至難。

 現在クテラの周りが氷点下三十度。それ以外が氷点下百度まで秒読み。

 クテラの耐えられる温度は氷点下五十度あたりだが、だからって三十度でもかなり負荷はある。早くティシェルが戦闘不能になってほしいものだが。

「ん?」

(動かなく……なった)

 氷点下百度を越えると同時に、ティシェルは動かなくなった。

 クテラに確認させると、生きてはいるものの活動はできないようだ。

「……ふぅ。よっし。間に合った」

 多美は胸を撫で下ろし、ティシェルを囲うように小さな氷山を作る。

 そして大きなほうの内部だけ温度を上げていき、外との気温差をなくしていく。

 気温差が余りにもある状態で氷山をなくせばとんでもないことになるので、ここは気を付けなくてはいけない。

 そして、気温差がなくなって氷山が消えると。

「……え?」

 青海の目に寒さに強いはずの契約者が凍り漬けにされた姿が飛び込んでくる。

 そして教師陣も確認すると試合終了を告げるアナウンスが入る。


『勝者一年E組宍戸司多美』


 なんだかんだ、きっちり多美も一年E組の快進撃に一役買う試合となった。

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