第409話
バトルパート
VS
「はぁ……」
「……」
試合開始の合図が告げられ、すでに契約者であるセッコを喚び出してる八千葉であるが。完全には吹っ切れていないのか表情はネガティブでため息をついている。
彼女の中では吹っ切れたつもりだし半ば無意識の行為であるけれど、相手からしたら不快極まりない。
(なんなんだあの一年のやる気のなさは……。相手が俺じゃ不服ってのか?)
後輩たる八千葉の対戦相手の二年C組楠木太准は生意気な態度に少しばかり顔をしかめるが、言葉は喉を通らず飲み込む。
もしかしたら揺さぶりかもしれないと判断した為だ。
八千葉にそんな意図はないけれど、いらぬ深読みのお陰でお説教は免れる。
(どんな理由があるにせよ、先輩にその態度は気に入らない)
太准はグリモアを出し、契約者を喚ぶ。
ゲートが開き、セッコと八千葉双方が相手方の契約者の気配を感じると、すぐに表情が変わる。
理由は単純。気配が一つじゃないからだ。
(いくつものマナが混ざって……いや張り付いてる? 大きいのに小さいのがたくさん。変な……感じ)
(とも言い難い。あの手合いは俺のとこじゃ珍しくない)
(……? 砂漠にいる……。大きいのにたくさん小さいのって……――あ)
相手の正体に気づいた八千葉は、先程とは違う二つの意味で顔をしかめる。
同時に、契約者が姿を現した。
「……」
ゲートはあまり高くはないが横に広く、出てきた契約者も相応に幅広。
体高は低いが体長は長い。
真っ先に姿を現したのは八千葉が予想した通り大きな
胴体が見え始めると、観客の一部は目をそらしたり席を後にするのもチラホラ。
それも無理はない。何故なら太准の契約者の背中にはビッシリと若干の湿り気を帯びた手のひらサイズの虫が大量に張り付いているのだから。
契約者の体を見ると、所々苔が生えてるところからもしかしたら元は湿原など湿気が強いとこから来てるかもしれない。
契約者の体全てがゲートから現れると、やはりと言うべきか目につくのは尾。尖った先がテカテカ毒々しい光を放った尾である。
そう。太准の契約者は体長八メートルほどの巨大な蠍。それも単偽生殖で無限に増え続ける子供付き。
(うわ~蠍のハッピーセット。こんな嬉しくないおまけ付きも珍しいなぁ~)
あまりにもアレな見た目に口を抑える。まさにこの見た目こそがしかめた顔の理由の一つ。
もう一つは――。
(残念というべきかなんというべきか。相性抜群なんですよねぇ~)
いつも伊鶴や才の活躍の影に潜み。
けれど。今の実のところ八千葉の実力は才や伊鶴に至らすとも遠からず。
今だって呼吸をするようにセッコと同調してゲートから出てくる前にマナを感知していた。
そして全容が露となれば勝敗もわかってしまう。
その程度には、八千葉は先を行ってしまっている。
行きたくない場所に、いてしまっている。
(あ~……普通にやったらすぐ終わる……そうなったら目立つかなぁ~……? でもマイクくんとかも圧倒してたりしてるし。やっぱ天良寺くんの話題も大きいから気にしなくても良い……かも?)
(くだらないことに頭を使う暇はないんじゃないか?)
「え……? みぎゃ!?」
セッコからの思念で、我に返ると相手はすでに動いていた。
蠍がその気色の悪い風体のまま突っ込んできている。
八千葉は自分の体を使って戦うわけでもないので安全エリアから出ていないが、勢いよく近づかれていい気分がするわけがない。
「ふぅ……」
セッコはやれやれといった感じで高度を取り、八千葉と距離を取る。契約者同士の戦いというルール上セッコのほうに向かわざるを得ない……のだが。
「ひぃ……!?」
「またあいつは……」
蠍は八千葉の安全エリアを囲い、目の前でガチガチギリギリと口を擦り合わせて音を鳴らしている。
これは太准の意思でもなく、蠍の独断。というより知能が低すぎて特にこれといった意図すらない。
しいて言えばただ近い方の獲物から……という程度。
「ちょ、ちょ、ちょお!?」
(き、きもーい! 気色悪すぎるってよぉ~!? あ、も、もうこれはダメ……。目立つとか目立たないとかどうでも良い! さっさと終わらせよう!)
(わかった)
八千葉の意思を受けとり、セッコは周りにゲートを作り出す。
羽の隙間と、ゲートから砂を出して行く。
「……!」
異変を感じた蠍はセッコへ意識を向ける。
そして、鋏を鳴らし指示を出すと背中の
「「「ひぃ!!?」」」
すると、観覧席から悲鳴が上がり始める。
ドームを登れば腹の裏が観客側に見えるわけで。それが無数に登ってるわけで。お察しの光景。
「ちょ、ちょ、ちょちょちょちょちょ!? な、なんでぇ~!?」
観客にとっては幸い。八千葉にとっては災いと言うべきか。
母蠍はセッコの相手を子供たちに任せてまた八千葉へ意識を向ける。
どんなに引き寄せようとしても見えない壁が邪魔をして近づけないのだが、至近距離でエグい姿を見せつけられ続ける八千葉はたまったもんじゃない。
「まったく。なめられてるなこれは」
セッコへ注意を向けない理由は恐らく体のサイズが大きく起因していよう。
見た目だけなら八千葉たちも見慣れた猛禽類と大差もない。
だから、多少能力を見せたところで実害が出るまでは侮られたままだろう。
しかし同時に、この蠍は最悪の情報をセッコに与えてしまったことになる。
(かなりマナを使っているんだがな。あの虫ケラ一瞬しか警戒しなかった。マナの知覚は恐らくできないな。だから――)
セッコは砂を球状に広げながら乱回転させる。
子蠍は特に気にするでもなくセッコに向かい砂球の中に入ると。
「「「んぎゃあ!!?」」」
ミキサーに入れられたかのようにバラバラにされ弾け飛ぶ。
肉片や外骨格や体液やらがドームに付着し、悲鳴が増す。
「あ、あんなに簡単に……っ」
「……!」
太准の声と、子蠍が殺られたことでようやく注意が完全にセッコへ向く。
けれど、もう遅い。
砂をゲートから持ってくるのを許した時点でもう勝敗は決している。
「クォォォォォォォ……」
(……準備も整ったし、八千葉も限界そうだからさっさと終わらせるか)
白目を向いておかしな呼吸音になってる早々にケリをつけないと何かしらの障害を残してしまうかもしれない。
セッコは砂をドーム全体に広げていく。
観客からはグロテスクな肉片が隠れて安心やら戦闘が見えなくて物足りないやら複雑な心境であるが、セッコには関係ない。
(くっ……何も見えない……。これじゃどこから攻撃が……)
と、内心呟いたところで気づいてしまう。思い出してしまう。先の光景を。
子蠍がバラバラにされた光景を。
(もう、遅いんですよ……ぉぇ)
砂は液体のように満遍なく蠍の体を包み込む。
しかし、いくら液体のようにまとわりつけたところで個体は個体。一粒一粒が固い物質。
そんな物が超高速で体表面を這い回れば?
関節に滑り込んで押し込みながら擦り困れれば?
「……っ!?」
小さな砂嵐。少し密度の足りない砂の海原。
呑まれた生き物は原型を留められず。
太准の名の無い契約者は――。
「……っ。……っ」
砂に溺れ、
使う前に全て擦り断たれてしまった。
砂を被されて八千葉の目に入らないようにされてるが、砂の盛り具合からどんな姿になってしまったかは容易に想像できる。
そして、こんな姿になってしまえば――。
『契約者の戦闘不能と判断し、漆羽瀬八千葉の勝利とします』
誰の目から見ても勝敗は明らかである。
「ふぅ……気持ち悪かった……おっと」
言ってから他人の契約者の風体に気持ちが悪いと宣うのは失礼極まりないと気づくが、一瞬で後輩に契約者を八つ裂きにされた太准の耳に届くことはなかった。
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