第407話

「……ん」

 お。どうやらコロナが起きたみたいだな。

 あのズタボロの内臓からしてもっと時間がかかるかと思ってたけど、さすがリリンの血。治癒力半端ない。

 いや、そもそも体の中ほとんど火傷で所々爛れ挙げ句俺に穴ぁ空けられても生きてたしこいつの生命力がG顔負けってだけかもだけど。

 でもあの虫頭潰しても生きててその後死んでも死因が餓死ってくらいだからどっこいか?

「にゃあ……にゃ~……」

 俺の方……を見ながら自分の胸をかいてる。かゆいって感じでもないからたぶん混じった俺たちに違和感を覚えてると思う。

 表情筋あんま動かさないからわかりづらいけど、目を細めて心地良さそうにしてるし。

「こ、ころな……」

「……?」

 ロッテがカナラに鼻垂れ面を吹かれながら呼ぶと、コロナがゆっくり顔を傾ける。

 手に伝わる感触からしてまだ力が入んないみたいだし、無理するなよ。

「ろぉ……てぇ……?」

「……! こ、ころなぁ……っ! お、ぉ、ぉ、お! ぉ前えぇ! わ、わ、わ、わ、儂の……! ぅぉぉぉぉぉぉおぁああああッ!」

 せっかく泣き止み始めたのにまた大号泣。

 正直これには俺も内心驚いてコロナを落としそうになったくらいだから気持ちはわかるぞロッテ。まぁ落としそうになったのは嘘だけど。

 けど、コロナが口から出す言葉って。「あー」とか「うー」とか「ん」とか「やああ」とか「にゃー」くらいで。ロッテのことなんてその仮でさえ呼んだことない。

 一番なつかれてる俺も「才」じゃなくなぜか「にゃーにゃー」だし。

 それを考えるとロッテが一番名前に近い形ではじめて呼ばれたかもしんない。

 こいつ、コロナのことはそれなりに気にかけてたし。俺がいないときやそれ以外でも世話してたから愛着があるんだろうなぁ~。

 だから、これに限っては泣くのを許す。存分に泣け。ただし。

「ころなぁ……ころなぁ……ころなぁ……!」

「あぁもう! 感極まってるのは十分伝わったこら! その鼻垂れ面で近づくんじゃねぇ! おいカナラ! そのわんこの顔面なんとかしてくれ!」

「はぁ~い。ほらろぅちゃん。お鼻かもな? お鼻」

 再びカナラによしよしされながら顔面を拭かれるロッテ。これでしばらくは大丈夫だろ。

 まったく。最初はもっとクールだと思ってたんだけどなぁ。すぐに結構テンションの移りが早いってわかって、それでこれだもんな。いやはや第一印象とか当てにならねぇな。

 ……向こうも。

「盛り上がってるとこ悪いんだけど。ベイビーな私はそろそろミルクがほしいよ……。といってもロゥテシアマッマも煙魔母えんマッマも手が空いてないし。ってことでヘイマザー。ちょいと食べ物を分けておくれ。それかお乳を吸わせておくれ」

「ん」

「……」

 一瞬めんどくさそうにしながらも一応我らが娘たる灰音かいんに食べ物を渡してやるリリン。

 曲がりなりにも母親だしな。娘がお腹空いたと言ったら飯を渡す。これぞ太古からの生物の義務と倫理だね。

 渡したのが河豚ふぐの干物を焼かずにまんまってことを除けば完璧だよ本当。

「……おいおいおい。これをベイビーに食べろってか? 頭ん中沸騰してんの? 我が母よ」

「いらんなら返せ」

「いや食べるけど」

 仕方なしって感じに干物をしゃぶり始める。

 灰音こいつ灰音こいつで最初は恩人に思ってたけど。今や一番不遇な扱いをされてる可哀想な赤ん坊。

 リリンも最初は変な幼女で、次にめちゃめちゃやべぇヤツってなって。それで今は――。

 今は……どうなんだろうな。わかんねぇよ。

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