第396話
バトルパート
マイク・パンサー&ジゼル
VS
「ンブフゥーッ」
了の喚びかけに応え、鼻息を出しながらゲートから現れたのは爪と牙が大きく発達した類人猿。
が、多少見た目がゴツかろうが関係ない。
体の強さも勝利を掴むための要素であるが、マイクとジゼルに限れば無関係。
二人のスタイルはマナを用いての中遠距離戦闘がメインだから。
むしろ体が大きければ大きいほど的がデカくなるだけ。
その分耐久力も上がるかもしれないが、それならそれで適したダメージの与え方を模索するだけ。
結局のところ相手に合わせていくのが常なので大した問題ではない。
むしろ怖いのは同系統の中遠距離型や、単純にマナの差が多い相手。
例えばそう。才や伊鶴。
(あの二人レベルは無理だけど。この先輩なら問題なさそう)
ジゼルと同調することでマナも測れるようになり、了の契約者も近距離型に見える。であれば恐るるに足らず。
けれど、イタズラ心がわくというかなんというか。
マイクは少しだけからかってやることにした。
(ジゼル)
(あぁん? やれやれ)
ジゼルにも意図が伝わり、同時にマナを送る。
この八ヶ月でマナの量はね上がっているもののあくまで人間の範囲ではの話。
だから戦闘に影響が出ない範囲ならば、然程ジゼルに変化は訪れない。
少しばかり、体が大きくなって角が伸びるだけだ。
(な、なんだあの契約者……? 最初は普通の鹿と変わんなかったのにうちのソーゲンと変わらないくらいガタイが良くなりやがったっ)
驚くのも無理はない。本来の姿より遥かに小さいとしても。了視点では体高百センチ前後だったのが百五十センチにまで上がっているのだから。
角も小さいのがちょこんとあったのが立派なのが生えている。
正直、もう別の生き物にしか見えない。
「ふぅ~。ほんのちょびっとだけど。戻るとあがるねぇ。気分が」
見た目は変われど、中身はまったく変わってない。
そして戦闘スタイルも変えるつもりはない。
だから本当にただ見た目が変わっただけなのだが。
「……」
「カァァァァァ……!」
了は無言で訝しみ、契約者のソーゲンは前歯を見せて威嚇し始めた。
こけおどしにしては上出来と言えよう。
(良いのかなぁ~先輩? もうゴングは鳴ってるんだよ?)
「フン」
「!」
「あ!?」
マナを送られ意図を察したジゼルはソーゲン付近に火の発現点を設置……したものの、すぐに横に飛んで発現点から逃げていく。
(なるほど。あの猿、勘良いね。マナも見えてると見た。……けど)
「おい! またお前は勝手に!」
(フン。足並みは揃ってないね)
ジゼルは目を細めて了をチラリと見る。
瞳には哀れみを含むも、了に気取られないようまたソーゲンに注意を向ける。
(先輩はマナで僕を上回ってるけど、どうやらよくいるマナのごり押しタイプだし。契約者とも連携が取れてないから無視で良いかな? マナの動きだけ見ておこう。問題は
ソーゲンの筋肉に半ば見とれながらもソーゲンのいく先々に発現点を設置。
だがその全てから距離を取ってすぐに安全圏まで逃げてしまう。
となれば。
(点じゃなく面でいこう)
(……ってことは)
同調による思考の送受信を繰り返しお互いの策を擦り合わせる。
そして空中における点の設置からフロア一帯にマナを広げていく。
「ンギャッ!?」
全体までマナが広がると、逃げ場を無くしたと気づきソーゲンが甲高い声をあげる。
そして周りをキョロキョロと見回して逃げ場を探すも、当たり前だが見つからない。
(やっと止まったか。今度は余所見しまくってるけど……)
「ソーゲン! どこ見てんだ! お前が見るのはそこの鹿だろ!?」
「注意が遅いっての。そら!」
広げたマナを別のモノ――まずは水に変換。
安全エリアを除くフロアとソーゲン、ジゼルの足が浅い水溜まりにほんのりと浸かり始めた。
(すばしっこいからね。動けなくしないと)
ジゼルが目に力を入れ、集中すると。足元から凍り始める。
(クテラほどじゃないけど。今の
速度は大したことないが、確実にソーゲンに向かって氷が広がっていく。
(な、なんだあの鹿。水と氷が使えるのか? だが足元だけ……か)
「!」
了はやっとジゼルが仕掛けてることに気づき、マナを送る。
するとソーゲンはキョロキョロと見回すのをやめ、受け取ったマナを使い――。
「お、おい……そりゃズルいだろ……」
ジゼルが顔の肉をひくつかせながら見上げる。
「あ、あれは
見上げるという表現は間違いではない。そしてマイクの言う人域魔法師のというのは少し間違い。
ソーゲンは現在宙に浮いてるだけで、空中を踏んでるわけではないのだから。
むしろ、人域魔法師よりも高度なことをしている。
ソーゲンが行っているのは一定の空間を中心にマナで空気と重力を集中させつつ少しだけ歪曲させて絶妙なバランスで成り立つ疑似的な見えないホールドを作り上げた。
そこに大きな爪を引っかけて、ジゼルを睨み下ろしている。
(器用な真似をしてくれる。フン。面倒臭いねぇ!)
「坊主!」
「わかってる!」
才たちでさえ見せていないマナによる超絶技巧をやられて警戒と焦燥が走る。
だが二人は冷静に努め、牽制しつつ策を練ようと試みる。
「ホッホッ! ギャッギャッ!」
飛んでくる火の玉。設置される発現点を巧みにいくつものホールドを作りながら
複数のマナの変換を行うジゼルも、視野の広さを用いて動きを把握するマイクも器用と言えるが、ソーゲンはそれを上回る。
(あの先輩が成績上位者になってる理由。完全にあの契約者のお陰だね)
マイクは了と違い、ある程度はリサーチも行っている。
けれどここまでソーゲンがやるとは思わなかった。
なんなら宙を上下左右、縦横無尽に飛び回るなんて今初めて入った情報。
少なくとも過去と試合では使われなかったスキル。
むしろ初見なのに驚愕を噛み殺して冷静さを保ちつつ標的を追うマイクを誉めるべきだろう。
けれど。だけれども。誉めたところで、彼に戦況が傾くわけでもなく。むしろ――。
「ギャッ!」
「いっ!?」
ソーゲンは隙を見てジゼルに爪牙を向け始めた。
爪が引っかかり皮が裂け血が飛び散る。
「ジゼル!」
「にゃろう……」
体が大きく発達した分傷はそこまで深くないが、出血が少し目立つ。
ダメージそのものはなくともマイクの動揺を誘うには十分過ぎて――。
「ギャッ!」
「……っ!?」
マナが揺らぎ、追撃を許してしまう。
「んっく……フン!」
今度の傷は少し深い。角を掴まれながら振るわれた爪はジゼルの背を抉り、足腰から力が抜けかける。
「よし! いいぞ!」
思い出したかのように一瞬了へ視線が向く。けれど言動からやはり重要なのは契約者のソーゲンと確信を強め視界から消す。
マナの流れを読み取るためでさえ最早目を向ける必要はない。
何故なら常にマナをただ供給しているだけで、これといった意図は了にはないから。
(もう……余所見も動揺もしないぞ)
(今度の傷は目にしても揺らがなかったようだね。なら――)
ジゼルはマイクが落ち着いたのを感じると、体を普段の小さい姿に戻しつつ。余分に押し上げていた肉をただ減らすのではなく傷口を埋めるためのエネルギーに変換。
これで肉体の変異と無駄にはならず、止血も済ませられた。
(ちと手こずったが、大体はつかめたろ坊主?)
(あぁ。ごめんね痛い思いさせて、でももう大丈夫。終わらせよう)
策を練る時間は終わり。
もう二人には攻略の糸口は見えた。
が、油断はしないし観察も続けなくてはいけない。
まだ隠している能力があるかもしれないし、そもそも向こうの体力は全然削れていないのだから。
「今度は縮んだ……いや、戻っただけか? 見栄でも張ってたのかよ」
「そう……かもしれないですな。男たるものカッコつけてなんぼなので」
「あたしゃこれでも雌だよ」
「いや、契約者が強そうとかそういう見栄の話で……」
「フン! わかっとらぁな。無駄話し始めそうだったから腰折っただけだよ。早くやりな坊主」
「はいはい」
「おい、その言い方だとまるでもう勝ってるみたいじゃないか? さっきから失礼――」
「ンギャウ!?」
了が言い切る前に、ジゼルはソーゲンに火の玉を命中させる。
「なっ!? なに食らってんだよ!?」
「先輩が余所見してマナが滞ったのかもですよ? チッチッチッ。今は集中しなきゃダメですよ」
「んの……っ」
マイクの煽りを受けて改めてマナを送る。
マナを受け取ったソーゲンはまた宙を縦横無尽に駆け回るのだが――。
「ンギャ!?」
「フフン!」
またも命中。ジゼルの鼻息もご機嫌だ。
何故急に当たり始めたのか。
紐解けば実に単純。
ソーゲンは決めた空間を中心に重力や空気など諸々問わず集める。
その上で歪めてはいるが、既存的に集束している。
そして、その場所はジゼルたちの発現点同様マナが集まるという予兆が存在しているわけで。
ならばソーゲンの速度になれる必要はあるとしても、予測自体は難しくなくなる。
さらに集束という特性を鑑みれば、胴体に当てることは難しくても、疑似ホールドに引っかける爪――腕部には軽々と当てるとはできよう。
何故ならある程度近ければそのエリア目掛けて勝手に飛んでいってくれるんだから。
しかも、空間を歪めて空気を圧縮してるとなれば。
――パキンッ
「!?」
相応の火力になり、頑丈な爪にもヒビが入るというもの。
「……!」
それでも今度は牙を引っかけて、駆け回る。
が、そんなことをしては――。
「Boom」
「カ……ッ」
顔面を火炎が包み込む。
しかも不幸にも火を肺に吸い込んでしまったらしく。口内、喉、そして肺を焼いてしまい呼吸ができず。また痛みで集中が切れる。
「そいじゃま、トドメといくよ」
ジゼルはソーゲンへの攻撃の最中、自分の足元以外のフロアの氷を解凍していた。
空気中の塵やらフロアに付着していた見えない汚れなどの不純物を取り込んだ水。
その中に走るのは、数万から数十万ボルトの電気。
決して高いとは言えないし、食らっても動きが多少抑制される程度の電圧。
けれど、すでに肺が焼かれて瀕死とも言える状態であれば。
「――ッ!?」
事足りる。
喉を焼かれ、肺を焼かれ、そして電気で筋肉の自由を奪われて、もがくことさえも許されない。
一種の拷問。これはもう勝負有り……なのだが。
「おい! なんなんだよさっきから! 勝手なことばかりして今度は昼寝か!? 大概にしろよこの猿!」
状況が掴めていない了は勝敗が決したことに気づいていない。
喉の火傷も、水の中に電気が走ってることも気づいていない。
だからまだ戦えと、そう言える。
滑稽。憐れ。
先輩だとか失礼とか言ってイキっといてこの醜態。
そんなもの見せられれば、マイクとて目を細めて嗜めたくもなる。
「……はぁ。カッコ悪い」
「なに!?」
「おっと、聞こえました?」
目を見開いておどけるマイク。
当然今の言葉もわざと聞こえるように言っている。
一言二言教え説いてあげて、さっさと宣言させるために。
「見てわかりません? 貴方の相棒はもうリタイアしてるんですよ。ほら、ピクピクしてるだけで動けてない」
「フン! ようはくたばる寸前ってこった。喉焼いて感電させてんだから並みの獣ならこのまま死ぬんだよ」
「で、デタラメ言ってんじゃ――」
「三年間共にした契約者の状態も判断できてないなんて。いったいなんのためにこの学園に来たんだい? 先輩。貴方を
「こ、の……っ。一年坊が調子に!」
「その一年坊に負けたのさ。潔さもまた大和魂って思ってたけど。もうないのかもしれないね。そんなモノ。でも、まだ間に合――」
『審議の結果。宮駒了の戦闘不能と判断。一年、マイク・パンサーの勝利とします』
「は!?」
マイクが言い切る前に教師陣がモニターからの様子で結果を決めてしまう。
「はぁ……。こんな結果になってとても残念。願わくば、潔の良い美しい負け様を見せてほしかった」
勝ちはしたが、ほんの少しだけマイクの心には嫌なものが残ってしまう。
(ま、あ~ゆ~人もいるか)
とはならぬようで、良かった。
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