第392話
バトルパート
久茂井佐子&イーナ
VS
王酉里桜&イグルス
「まずは小手調べ」
「……ッ」
佐子の意思に呼応するようにイーナは全ての糸イボから大量の糸を噴出。
それぞれの糸は空中で纏まっていき、体長三十センチほどの蜘蛛を象る。
糸イボと繋がってはいるものの。色は白で統一されているものの。一瞬で十数匹の蜘蛛が増える様子はなんとも言い難いものがある。
しかも――。
「キチキチ……」
(初めて見る能力。一匹一匹が生きてるみたいに動いてる。なんて不気味な……。あれは……本当に生きているわけじゃないはず。だとしたら自分で制御を? そんな繊細なことができるようになっているの?)
小手調べで見せられたのが初見にして種がまったくわからない能力。
里桜は思わず表情を固くする。
(種はわからないけど、警戒はしないと)
「イグルス」
「……」
里桜は契約者であるイグルスに声をかけつつマナを送る。
するとイグルスの羽毛がそよ風で揺れ始めた。
イグルスの能力は夕美斗の契約者ニスニルと同様に風を司るものらしい。
(おうおう怖がっちゃって。ただのハリボテなのに)
この糸で象られた蜘蛛は生きているわけでも、特にこれといった特殊能力を抱えてるわけじゃない。
マナを通した糸で上手く操作し、細かく動かして生きている感を演出しているだけに過ぎない。
ようはビビらせるためだけで本質はただの糸。
(でもこれでハッキリしたね。リリオにマナは視えてないわ。これで確実に一歩アド取れちった)
警戒を露にして大量のマナを送られているのはイーナの目を通してわかっているが、佐子はむしろほくそ笑む。
思わず口角が上がるくらい、ほしい情報だったようだ。
実際、同調までたどり着いてる学生はこの学園にはほとんどいない。
しかもできる人間はほとんどが一年生で固まっている。
だから本来同調し、マナが視えるかどうかを確認する必要はないのだ。
けれど、母数が少ないとはいえ。自分ができていて他人ができない理由にはならない。
里桜が知らぬまに佐子が成長していたように里桜もまた佐子の知らないナニかを持っているかもしれないから。
だが今ので少なくとも『マナを視る』のだけはないと判明。
(なら、このまま行ってみようかな)
「イーナ」
「……」
佐子の意図を汲み取り、糸で創られた蜘蛛達を散開させる。
一匹一匹がバラけつつもイグルスを囲っていく。
当然、警戒を解かせぬために生物的な動きは忘れない。
なんならできるだけ気味悪く、リアルに動かして警戒心を強めさせる。
「……っ」
策にハマり、里桜は迷う。
いつもはマナを注ぎ込むだけでイグルスが力ずくで勝利をもぎ取るから。
策なんて力で叩き潰せるから。
今回もきっとそうなると高を括っていたところにこの奇襲。
それもE組という楽なはずの相手がしてきたのだから動揺もひとしお。
(迷ってても仕方ない。とりあえずいつもみたいにマナを……)
「イグルス」
「――――ッ!」
唸るのをやめ、代わりに甲高い声を上げる。
そして送られて来たマナを使い全身に纏う風の力を強め、蜘蛛達に対し迎撃態勢を取る。
「……ッ」
声に反応するようにイーナは糸蜘蛛を操作し、イグルスに襲いかからせる。
けれど――。
「――ッ!」
眼光が鋭くなるのに呼応するようにイグルスを中心として風が舞い踊る。
風に薙がれた蜘蛛は形を留めることは叶わず。解けて糸に戻ってしまう。
(そいつぁ安直)
ニヤリと口角を上げる佐子。風による防御という狙い通りのことをされては無理もない。
思惑通りに事が運ぶ。それは一種の快感なのだから。
「「!?」」
気づいたときにはもう遅い。
無作為にイグルスを囲んでいたわけではなく、解かされたときに上手く絡まるように散開させていた。
故に糸は完全に吹き飛ばされることはなく。宙で歪な網を作り上げ、改めて糸を操作し一気に中心へ集束させる。
「ゲットだぜ」
吹き続けていた強風をものともせずに糸はイグルスにへばりついた。
これである程度の動きは阻害できるだろう。
「……素直に驚いた。でも、これで勝ったつもりじゃないでしょうね?」
「
佐子はイーナと思考を共有。次の策に出る。
(ただちょっくら糸で縛り上げても考えなしにマナぶちこまれたら一瞬で
「……」
佐子から策をもらうと、イーナは糸を切って床に付着させる。
これで、新たに糸を出せるようになった。
(また糸でなにか作るつもり? なら作ってる間に――)
(とか思ってんだろぉ~?)
佐子は幾度目かの卑しい笑みを浮かべる。と、同時にイーナが駆け出す。
巨大とはいえ蜘蛛がベース。その走る速度は並みの獣を凌駕する。
加えて、イーナも出身がリリンと同じ故か、少なからずマナを膂力に変換できるタイプの生物。
その速度はいくら異界からやってきた契約者との戦闘経験が豊富な三年生である里桜とはいえ、相対するのは数えるほど。
だからこれもまた、一種の奇襲。
「な!?」
「グルゥッ!」
一瞬で肉薄すると里桜は驚きの声を、イグルスは威嚇の唸りを上げる。
しかし意に介さずにイーナはイグルスの体を這い上がる。
「グルゥッ! ――――ッ!」
「……ッ」
自らの体を中心に突風を起こすがイーナは剥がれない。
鋭い
やがて背までたどり着くと、跳ねあがって上をとる。
「……ッ!」
そして宙で回りながら糸を噴出。
先程までは程よく粘着質。程よく張力のある糸。
今度のは粘度を上げ、本格的に動きを封じにかかる。
「――――ッ! ――――ッ!」
幾度となく突風を起こすが、それでも徐々に体の自由は奪われていく。
イグルスは確かにニスニル同様風を操ることができる。
だがそれはオンとオフ。強と弱だけ。
ニスニルのようにピンポイントや、刃の如く鋭い風を起こすことはできない。
知能も感性も……足りない。
(粗方動きは封じた。次は詰め)
三度策を共有。イーナは今度は硬度と張力に全振りした糸を噴出し、イグルスをくるみ始める。
「「!?」」
里桜もイグルスも、佐子とイーナが終わらせにきたことを悟る。
何故なら三種目の糸は先程までと比べて明らかに殺傷力のあるものとわかったから。
他の粘着性の高い糸にめり込み、切り裂きながらイグルスの羽を、肉を裂こうと近づいていればすぐにわかる。
「これで終わり? リリオちゃあん?」
「……そんなわけないでしょう?」
大概の相手なら、ここでギブアップ宣言。またはバラバラ惨殺ショーを待つだけ。
けれど相手は腐っても現最高学年にして最高成績保持者。
この程度で勝てるなら苦労しない。
この程度で勝てる相手ばかりなら、佐子はこの二年部活だけに打ち込むこともない。
(マナを……できるだけ……!)
里桜はマナを敏感に知覚することはできない。
けれど三年生ともなればマナを出す感覚程度は掴めるようになる。
その感覚を頼りに……いや、頼る必要もないくらいのマナをグリモアにぶちこむ。
イグルスは確かに自身の能力に対し、細やかな制御はできない。
けれど、受けとるマナを全て燃料にするくらいはできる。アクセルを全開にするくらいはできる!
「……ッ。…………ッ!」
糸の隙間から溢れる暴風はイーナを吹き飛ばし、糸を蹴散らし、粘着性の高いモノまでも引き剥がす。
圧倒的力業。理不尽なまでの
ちょっとした工夫なんて。策なんて。意味はない。
才能ってやつは嘲笑うようにそういった努力を踏みにじる。
「終わり?」
少し本気を出せば不可解だろうが練られていようが如何なる策も無に帰す。
いつもそう。いつだってそう。
全て力でねじ伏せてきた。
だから、今回も類に漏れず――。
「ば~か」
なんて都合の良いことばかり起こらないのが人生。
時は流れて、流れの中であらゆる事柄が形を変えていく。
だから、里桜の絶対性だって。永遠ではない。
(イーナ)
「……ッ」
佐子はイーナにありったけのマナを送る。
E組に区分される通りの元々少ないマナの行き先はたった一つの糸イボ。
そこから天井へ伸びる一本の糸はマナを含んでやっと可視可できるようになるほどか細くて、同時に暴風に煽られても千切れない強靭さを持っている。
マナによりさらに強さを増した糸を辿ると、天井から下がって、イグルスの背で四つに分かれている。
四つに分かたれた糸は再び腹の下で絡み合い、やがて床に張り付く。
「上へ参りまーす」
「……!」
糸を掴み、思いきり引っ張るイーナ。
そうなると、糸は天井から外れて佐子が言った「上へ行く」という言葉に反するだろう。
しかし糸は二重構造。穴の空いた糸の中心が天井に張り付いていて、イグルスとイーナを繋いでる糸はその中を通っている。
だから糸は上と昇る。
それも強靭な四つ又の糸が、だ。
「キュンッ!?」
四方から閉じられた糸がイグルスの羽と肉を裂く。
ギリギリと締め上げられて思わず悲鳴をあげてしまう。
けれど悲鳴をあげたところで緩むわけもなく。
膂力が如何にあろうと肉にめり込まれれば痛みで踏ん張ることもできず。
やれることはただ一つ。
里桜のマナを使って風を巻き起こすだけ。
ただ強いだけの風を巻き起こすだけだ。
「……ッ!」
イグルスの自然災害を彷彿とさせる強風。突風はイーナを吹き飛ばすに足る威力を持っている。
けれど――。
「――ッ!」
同時に糸も引っ張られ、イグルスの肉をさらにえぐっていく。
ニスニルならば、風の刃を使うなり。また、自分と糸の間に空気の壁を作るなりしていくらでも対応しよう。
だがイグルスにそんな器用な真似はできない。時が進むにつれて
(ど、どうしようどうしよう!? このままじゃ負け……っ。それだけじゃなくてイグルスが殺されちゃ――)
ここに来てやっと危機感を覚える里桜。
力押ししかしてこなかった彼女にも、風の制御で対応なんて発想はなく。
仮に今閃いたとしても、訓練を積んできていない。
故にこの戦いの結末は――。
「棄権しまーす」
「……え?」
『久茂井佐子が棄権を宣言しました。よってこの試合は王酉里桜の勝利です』
あっさりと、佐子の棄権によって終わった。
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