第391話

 互いの傍らにゲートが開く。

 しかし、大きさは倍ほども違う。

 佐子のが半径一メートルほど。対して里桜のは三メートル。

 体高にして三倍さだろうか。

 たったそれだけで普通なら佐子が不利だと思われるだろう。

 けれどこれはサイズのバトルじゃない。膂力の優劣じゃない。マナを用いた戦い。

 ……そんなことは重々承知。

 だからゲートなんて見なくとも佐子が不利なのは周知の事実。当然に思うことで。必然と感じることだ。

 今の一年生はここまでで結果を残し、クラス差をひっくり返して来た。

 対して上級生は変わらない。

 だったら三年A組と三年E組の試合に意味なんてない。

 傍観者は思うだろう。

 当人たる佐子も、思っているくらいなのだから。

(必要かわからないこと。自己満足で。自己完結で。無意味かもしれない)

 例えそうだとして、それがやめる理由になるのか。

(人生なんて他人の為にやったことだって結局は自分が良い人だって思いたいからじゃん。思われたいからじゃん。そう。自分の為なんだよ。今からやることだってそうだし。私はいつだって)

 自分の生き方を思い返せば全部自分勝手で。たまたま今は後輩や部員が近くにいるけれどそれは運が良いだけ。

 でも、逆を返せば。これからやる自己満足な自慰行為も、出会いをくれた後輩に役立つかもしれない。

(まぁ、こんなことしなくてもリリンちゃんが出張ればリリオくらいわけないだろうけど。んでもかっこいい背中は見せときたいんだよなぁ~天良寺くんにもだし。なにより後輩部員なかまたちにさ)

 慕ってくれる後輩たち。あと一年はこの格差のある学園で生活をしなくてはならない後輩たちに。

 ちょっとでも見せたいから。

 ほんの少し頑張ってみりゃあちったぁ見返せるってことを。

 だから文句は言っていても、端から引く選択肢はない。

(今までだって。いつだって。自慰行為見せつけて生きてきてだよこちとら。だから無意味じゃないんだよなぁ~。少なくとも私の中じゃ)

「……っ!」

 口に出していたわけではない。今までの言葉は口に出していたわけではない。

 けれど、対面する里桜は佐子の雰囲気の変わり様を感じ取っていた。

(な……に? コロコロ表情を変える人だけど。あんな真剣なのはいつ以来……)

 最初の頃。クラスは違えど自分と同じくらい真剣だった昔の佐子を思い出す。

 たった数ヶ月でただおちゃらける人間に変わったけれど、それでもあのときの佐子は印象的で。里桜の心にいつまでも残っている。

「貴女……は……。いえ、そのつもりならこっちだって」

 佐子の変化に気づいてるのは里桜だけ。本人も気づいちゃいない。

 けれど、里桜は先程までの嫌悪を忘れて佐子に向き直る。

 でなければなんとなくだけれど。この試合落としかねないと感じてしまったから。

(ま、自己満ま~んなことに付き合わせるのだけは気が引けるんだけどね。とはいえ、私を選んだあんたも悪いんだ付き合ってくれや)

「イーナ」

 先にゲートから姿を現したのは佐子の契約者。

 紫色の体毛に覆われた八足の巨大な蜘蛛。

 胴体部分に複数の糸イボと赤い複眼を携えた、一般人から見れば奇妙にして恐怖感を与える風貌。

 加えて。

「……!?」

「にひ♪」

 当然里桜だって佐子の契約者は見たことがある。なんなら戦ったことだって。

 けれど、知らない。こんなのは知らない。

 頭の部分が裂け、まるで人間のような姿をした女性が生えてきた。

 しかし明らかに人間と違うのは、額にも三つの目があり、全てが複眼。

 さらには肩甲骨あたりと脇腹あたりに腕があり、計六本。蜘蛛部分の足と合わせれば十四本の手足があることになる。

「アラクネ……とは違うけど。なかなか美人っしょ? うちのイーナは」

「//////」

 誉められて照れるイーナ。しかも脇腹の腕が胸を隠していて本当に人間らしい動きをする。

(異界の生き物だからこういうこともあるだろうけど。でも、あんなに私たちに近づくものなの……?)

 前を知ってるが故のギャップに戸惑う里桜。

(ううん。そんなことはどうでも良い。あの契約者がこの二年でどう成長したにしろ、やることは変わらない。ただ戦って勝つ。それだけ。私たちがやることは変わらない)

「イグルス」

「グルルルルゥ……」

「……出るものが出おったわ。相変わらず圧すっご。こっわ」

 次いで現れた里桜の契約者。

 鋭い眼光。ライトに反射して輝く羽毛。太い四足。各足に備わる猛禽の爪。それらをまとめる巨大な体躯。

 その姿を見れば一度はグリフォンを連想するであろう。

 しかし童話のグリフォンは馬ほどのサイズが多く、また体は獅子。

 イグルスは違う。四足ということ以外はほとんど猛禽類のソレで。

 サイズに至っては象の倍。

 そこにいるだけで威圧感が尋常ではない。

 そして、相方は学年一位。相対するだけで絶望感しかない。

 けれど。

(うっは~。。でも――)

 どこ吹く風。佐子は欠片も動揺しない。

 自分たちと格が違うのは二年以上同級生続けてればわかっていることだし、それに何よりも。

()

 才とリリンの二人をで見ている。

 怯む道理なし。

 ……しかして、何故佐子がマナを視ることができているのか。

 理由は二つ。

 一つは契約者との仲が良好だから。お互いがお互いを理解している故に調に至ることができた。

 そして、なによりもリリンの存在。

 リリンは才のいないところでも何度か佐子とやり取りをしている。

 そのときに、戯れとして少しばかりネスと似たようなことをしたことがある。

 グリモアから二つの存在を無理やり繋げるアレだ。

 リリン自身。ネスを介したものや才からの侵食を受けた経験がある。

 であれば格下の存在に干渉するなぞわけない。

 この二つから佐子は同調を取得し、マナが見えるようになったのだ。

 そして里桜はこの同調を取得していない。

 つまりマナで負けていても、他に佐子が持つアドバンテージが存在するわけだ。

「役者、揃ったねぇ」

「そうね」

「んじゃ、始めますか」

「……お先にどうぞ」

「そう? それじゃあお言葉に甘えて――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る