第390話

「はぁ~……帰りたい……。あ、いや、部活したい……」

 対戦相手を前にしながら露骨に不満を垂れ流す佐子。

 そんな姿を見て対戦相手。三年A組王酉里桜おうとりりおは片眉を上げながら不思議そうな顔を向ける。

「だったら下りれば良かったのに。いつもみたいに」

「そうも言ってられないんだよリリオちゃ~ん」

「……その呼び方やめて」

 おおとりりおだからリリオ。安易につけられたあだ名に顔をしかめる。

 と、言っても。つけられたのは二年前の話ではあるが。

「口がもうリリオで慣れちゃってんの。仕方ないでしょ?」

「人が嫌がることをして平然としてられるのは相変わらずね」

「そりゃあ人間ですから? そんなもんでしょ」

 ネガティブ丸出しから一転。肩をすくめて鼻で笑う。

 同級生とはいえ、かつて少しは話したこともある仲。こういった変人要素も既知。

 けれども。だからって許容できるわけではない。

 今から戦うのだから余計に嫌悪感は増しているだろう。

(三年最後の試合でもこんな調子。本当貴女は……)

 腹立たしい。一年の時、早々に召喚魔法師を諦めて部活にかかりきりになって。本来するべき努力を怠っている目の前の同級生が。

(私は学年トップになったのに。貴女はなぁなぁで選抜されただけ。努力して勝ち取ったモノじゃない)

 落ちこぼれと言われたのは皆同じ。だから諦めた人間が許せない。

 けれどそれはこの学園の中で結果を残せたものだけが抱くこと。

 落ちこぼれの中でたまたま才能があって結果を出せて。

 それを己の努力の賜物で、才能は関係ないと思ってる人間だけが持つモノ。

 里桜は気づいていない。自分も落ちこぼれだったから。

 そんな単純なことにも。気づけない。

「今からでも下りたら? どうせ結果はわかってるし。私は構わないんだけど」

「できないって言ってんでしょ。担任もうるさいし。クラスの連中も選ばれたんだから~って押し付けた分際でわめきそうだし。……なにより」

「……!」

 表情がまた一転。今度は少し真剣みを帯びる。

 里桜に嫌悪感をぶつけられたから?

 違う。

 すでに舞台に立っているのに下りろと言われたから?

 違う。

 そんなこと佐子にとってどうでも良い。こんな性格なのだし里桜の言うことにもなんなら賛同したいくらいだから。

 なら何故こんな表情を浮かべるのか。

 答えは単純。

「後輩が同じリーグにいるもんでね。なんなら見に来てるし。ちょっとはかっこいいとこ見せたいじゃん?」

(あとリリオのデータね。リリンちゃんと出会わせてくれたお礼になるかわかんないけど。少しは返したいんだよ。他の契約者たちも可愛くて。綺麗で。いつも楽しかったけど、今年は大好きなことがもっと好きになって。楽しくなったから。だから――)

「もらいっぱないじゃいられねぇんだわ? 先輩として意地くらい見せたいんだよ。独り善がりでも」

「……あ、そ。貴女にもプライドがあったのが驚き」

「意地だってば」

「同じでしょ?」

「ま、どう受け取ってもらっても良いか。とにかく今日はリリオちゃん。あんたにたっぷり嫌がらせしてやっから」

「貴女たち如きが私の契約者に勝てるとでも?」

「勝つ必要なんてないから嫌がらせなんだよ」

「それすらもさせるつもりないから」

 佐子がニヤリと笑うと、それを皮切りに二人ともグリモアを具現化させる。

 と、同時に試合開始を告げるアナウンスが入った。

『三年A組王酉里桜。三年E組久茂井佐子。試合を始めてください』

「「来い!」」

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