第387話

バトルパート


  賀古治伊鶴&ハウラウラン

      VS

ジュリアナ・フローラ&カーレン・アーリー



「「……」」

 既に開始の合図はかけられた。

 そして二人は無言のままセーフティゾーンから歩み出る。

 二人の本気の時のスタイルは奇しくも自身の体も使う。

 戦闘スタイルは珍しいが実力は折り紙つき。

 それは見ている人間全員がわかっている。

 だから、二人の間だけでなく見ている者全員に緊張が走っている。

 それくらい二人はもうこの八ヶ月で実力を示してきた。

 それくらい二人の戦いは期待されている。

「――ハウちゃん!」

 沈黙を破ったのは伊鶴。

 グリモアを具現化せずにハウラウランを喚び出す。

 そしてすかさず――。

「最初っから全力全開でいっくぜぇハウちゃん!」

「ガルゥア!」

「……!」

 伊鶴の声にハウラウランも応える。

 二人の存在は混じり、折り重なっていく。

(あれは……同調? いえ、どちらかというとあれは……)

 ジュリアナの脳裏によぎったのはアグニに存在を侵食された時のこと。

 二つの存在が混ざる伊鶴たちを見てそう思うのは無理もないが、すぐに見識を改める。

(二つが混ざってるのに混じりきらず、互いの存在が拮抗してる。同調よりもずっと複雑……)

 肌で存在融合を感じ、ジュリアナはさらに気を引き締める。

 ゲートを開き、カーレンの花粉を散布する。

 これで、お互いいつでも始められる状態になった。

「そっちも準備できたっぽいね? じゃあ――」

「……っ!?」

 一歩。伊鶴が動いた。

 たったの一歩だけ動いた。

 なのに伊鶴は自分の鼻がジュリアナの鼻にくっつきそうなほど接近している。

(は、早――)

「先手必殺!」

 伊鶴は頭を下げ、ジュリアナの視界が広がる。

 しかし頭の代わりに飛んできたのは伊鶴の拳。顔面直撃コース。

(これは交わせない……っ)

 ジュリアナは即座にまともな回避はできないと判断。

 小さなゲートを開き、伊鶴の拳を異界へ誘う。

(ま、そうくるよね)

 攻撃をかわされても伊鶴は依然冷静。何故ならば――。

(……? 彼女の契約者は……?)

 まだ、奇襲は終わっていないのだから。

「グルゥ……」

(後ろを取られた……!)

 伊鶴がジュリアナの視界を塞ぎ、トリッキーな動きでさらに注意を引き付けてる間にハウラウランは背後に回り込んでいた。

 今のハウラウランは二足歩行もできるが四足歩行の大型獣に近い姿。

 音を消し、また素早く動くことに適した姿に進化した今ならば伊鶴が生み出した隙に背後を取るのは難しくない。

「ガラァ!」

 襲い来る鋭利な爪。

 かすっただけでもただの人間ならば重症は免れないだろう。

 が、それも当たればの話。

「うぞっ!?」

 ジュリアナは背後にゲートを開き、ハウラウランの攻撃をかわす。

 最後まで気づかれずに不意を突けたならば当たったろうが、気づいてしまえばコンマ数秒で対応できる。

 それがジュリアナの技量。

「カーレン!」

 伊鶴とハウラウランの一瞬の動揺を見逃さず、ジュリアナはゲートから蔓を伸ばし二人を拘束。

 続いてその場を離れながら二人を取り囲むように小さな無数のゲートを出現させる。

「のわ!? いたた!?」

 ゲートの向こうから飛来する実が二人の体に当たるが大したダメージにはならない。

 しかし、その実を知ってる者からすれば今行われていることがどれほど危険かわかる。

 伊鶴もまた、理解している内の一人。

「あ、やば――」

破裂地雷種クレイモアシーズ

 伊鶴とハウラウランにぶつかった衝撃がトリガーとなって種が先程とは比べ物にならないほどの威力で二人の体を襲う。

「いぎぎぎぎっ」

(痛い……けど、このくらいならケガにもならない。問題はこの後……!)

第二波セカンドバースト

 飛び散る種はさらに炸裂。

 破裂することで鋭さを増した破片が飛散。さらなる追撃を加える。

「……」

 破片が実に当たり、種が撃ち出され、炸裂し、さらに実に当たって連鎖する。

 無数の破裂した実と種が煙幕になり、二人の姿は隠されて炸裂音だけが響く。

 ジュリアナは警戒を緩めずに、煙が治まるのを待つ。

(これで終わるとは思えない。でも、少しでもダメージは入ったはず)

 これだけの猛攻を伊鶴たちがかわすことも防ぐこともできないのはデータを見ればわかる。

 だが才ほどでないにしろ急成長を続けてきた伊鶴相手に油断などできるわけもない。

 だから、ジュリアナは慎重に待つ。

「……!」

 煙が晴れて伊鶴たちの姿が見え始める。

 膝をついている様子もなく二人は先程の体勢のまま立っている。

(思ったよりダメージは……な……い……)

 眠りが完全に晴れると、ジュリアナは目を見開く。

「ふぃ~。結構危ないかなって思ったけど、意外となんとかなるねぇハウちゃんや」

「グキュ!」

 炸裂した種の破片によりボロボロになった蔓を引きちぎり、伊鶴はこれまたボロボロになった服をパンパンっと払いながらのんきな声でハウラウランに話しかける。

 そんな伊鶴たちに、ジュリアナは驚愕の念を抱いた。

(服はボロボロだけど出血はない。つまり、ダメージがない!?)

 あれだけの攻撃を受けながら無傷。

 確かにこれで勝負が決するとは思わなかったが、ノーダメージというのは不可解。

 何より、奇襲へのカウンターを無傷でやり過ごされたという事実は精神的ダメージが大きい。

(いや~。すげぇわ。自分でも驚くくらい速く踏み込んだのに反応されちゃったし。返しのアレも、ネスさんとこ行ってなかったらヤバかったかも)

 自力で同調の先へ踏み込んだ時、伊鶴はすでにハウラウランの耐久力という概念を自分に映している。今回ジュリアナの攻撃を防いだ能力もソレだ。

 だが、今はさらに深く繋がっている状態。耐久力もはね上がっている。

 それだけでなく、思考や意思の伝達も以前より遥かにスムーズ。耐久以外に当然単純な力やマナへの感知も敏感になった。

 わかりやすく言えば、人間を遥かに凌駕する肉体性能を持った怪物が、人間の思考で行動する。それが二体いるのと同義。

 ジュリアナはそんな厄介極まりない生物たちを相手にしなくてはいけないのだ。

「すぅ~……ふぅ~……」

 とはいえ、ジュリアナは伊鶴の奇襲を反応と技術で返した。その事実は変わらない。

 反撃をフィジカルの強さで防がれても、負けず劣らずの力量を見せている。

 見誤らない。自信を失うのはまだ早い。

「……ちょっとは見直してくれた?」

 なんとなく、侮られている気がしている伊鶴が尋ねる。

「最初から認めてますよ」

 ジュリアナは、不適な笑みで答えた。

 才ほどに意識はしてなくとも。イコール認めてないわけじゃない。

 特に、肌でマナを認知できるジュリアナならば余計に伊鶴の潜在能力ポテンシャルの高さはわかっている。わかってしまう。

 マナだけならば、自分よりも格上ということが。

(だからって。それがまた私が劣っている理由にはならない)

 E組の一部面々は下馬評に反した成績を残してきている。

 特に才は最初のジュリアナとの戦いにおいてはマナで劣っていた。

 決着の寸前以外、マナ以外の戦力でジュリアナとアグニに張り合っていたのだ。

 肉体の性能。戦術の組み立て。あらゆる要素が含まれて戦力と言えることを証明している。

 であるならば。伊鶴の莫大なマナは驚異ではあるが、勝利を約束するものではない。

 ジュリアナにも、伊鶴に勝つ機会チャンスはある。

「落ち着いたところで、第二ラウンドといきましょうか」

「オッケ。今度は真正面ストレートに行くぜ?」

 先程も正面と言えば正面だったけれどという言葉を噛み殺して、ジュリアナはゲートを開く。

 無数の蔓を展開し、いくつかは自分の回りを取り巻くように配置して他は伊鶴とハウラウランを捕らえにかかる。

「ってそっちから来るんかーい」

「攻めっ気があるのはそちらだけではないので」

 軽口を叩きながらも蔓は真っ直ぐ伊鶴とハウラウラン目掛けて向かっている。

「よっと」

「ガルゥア!」

 伊鶴は空間を歪め、距離を短縮しつつ回避していく。

 しかし、ハウラウランは蔓に巻きつかれて身動きを封じられる。

(貴女もそれを使えるように……。ですが、契約者の方は捕らえましたよ)

 伊鶴の空間短縮に驚きつつも動揺を最小限に留め、伊鶴を牽制しつつハウラウランの無力化を図る。

「グルゥ……」

(……っ! いや、あれは!?)

 ジュリアナは自身を囲う蔓の数と密度を増やし、衝撃に備える。

「やっちめぇ。ハウちゃん」

「カ……ッ!」

 口を開いた瞬間。周囲に爆炎が広がる。

 炎は拘束していた蔓を容易く焼き焦がし、ジュリアナを守る蔓すら生命活動を停止してジュリアナの制御下から手放される。

(なんて威力……。いえ、賀古治さんのマナを考えたらこのくらいは当然ですね。……というか、自分も爆炎に巻き込まれたと思うんですけど無事――)

「隙あり!」

「きゃ!?」

 ジュリアナの制御から離れ、動かなくなった蔓を伊鶴は外側から蹴飛ばす。

 蹴りの衝撃で蔓から解放されるが、勢いは死にきらずにジュリアナはゴロゴロと転がる。

「もういっちょいっくでぇ!」

「ガルゥア!」

「……っ」

 伊鶴は転がる先に先回りし、合わせてハウラウランもジュリアナに向かって突進を仕掛ける。

「く……っ!」

 ジュリアナは再び蔓で捕らえにかかる。

「……爆破できるのはハウちゃんだけじゃねぇよ?」

「!?」

 伊鶴は両手にマナを込めて、ジュリアナの方へ向ける。

 そして次の瞬間。二度目の爆炎がその場を包み込む。

(やば……。ちょっと強くやり過ぎたかも……っと。そうでもないか)

 爆炎は当然伊鶴とハウラウランを焼くことはなく。また、ジュリアナも焼くことはなかった。

 爆破の寸前。交流戦で起きた粉塵爆発を防いだようにカーレンの蕾でその身を包んだのだ。

 あの時よりも火力は段違いだったが、花弁に傷は一切ついていない。

(で、あれば――)

「「!?」」

 ジュリアナは伊鶴とハウラウランに二つずつ双方の体と同サイズのゲートを展開。

 ゲートからはジュリアナを包んでいた花弁が現れ、二人を挟み喰らう。

「んのっ!」

「ガウガウ!」

 花弁の中で暴れ、爆炎を放つも拘束は破れない。

「はぁ……はぁ……!」

 その間にジュリアナはエスケープ。

 少しだけ距離を取ることに成功する。

(少し時間を稼ぐことはできた。でも、距離を取ったところで、すぐにあの花は破られる。その場しのぎにしかなってない)

 伊鶴とハウラウランのパワーは既に学生のレベルではない。

 パワーだけでなく、速度スピード耐久力タフネスも並みの人域魔法師じゃ太刀打ちできないくらいに高レベル。

 このリーグ戦に入る前ならばこの短い時間で危機感を覚えることはなかっただろう。

 少なくとももっと膠着こうちゃく状態が多い持久戦になるかとジュリアナは睨んでいた。

 しかし、この短期間で更なる高みに至った伊鶴は予想を遥かに上回る力を手にしている。

 このままでは、ジュリアナの勝ち目は限りなく薄いだろう。

「……ふぅ」

(本当は天良寺くん相手に使うつもりだったんだけれど……)

 だから、



(ぐぅ……。この花の中、マナで充満してるからかさっきから結構強めに爆破してるのに中々破れない。他のマナが混ざってるとそもそも上手く扱えないわ違和感あるわだし。殴っても蹴っても全然通じない。厄介な相手だなぁもう!)

 伊鶴は数分の間暴れるも、中々出られなくてヤキモキする。

 相手も拘束している間動きがないのがまた焦燥感を煽っていく。

(……仕方ない。火力上げるか)

 伊鶴とハウラウランの耐熱性は自身の発する熱や爆破よりも上。

 だが今の伊鶴のマナを用いると、途端に破壊力が勝ってしまう。

 だから自分の熱で自分にダメージがいかないように加減して使っていた。

 しかし、原状を打破するには多少のダメージ覚悟でマナを込めなければならない。

(ちょっと痛いかもだけど。いくぜハウちゃん)

(クケ!)

「ふふ……」

 心でしゃべるときは未だに幼態のまま。

 微笑ましくてつい笑みが溢れてしまう。

 だが笑っていられる状況じゃない。伊鶴は一瞬で気を引き締めてマナを込める。

「芸術は……爆発じゃあい!」

 二つの花が重なり作られた花弁ケージが内部の爆発で膨れ上がる。

 隙間から火が漏れ、やがて花弁を裂き、切り口から燃え上がっていく。

「あちち――ってなんじゃこりゃあ!?」

 焼き焦がした花を千切りながら中から出てくる。

 すると目の前にはよく知る演習場の姿はなく。一面茨が広がっていて、まるで異界の様相だった。

 植物であることからジュリアナの契約者の能力であることはわかっているが、それでも驚きを隠せない。

茨檻ソーン・ジェイル――本当はこれを使うつもりはなかったんですよ」

「ん?」

 茨の中で唯一咲く花びらの上に立っているジュリアナが伊鶴に語りかける。

「これ、外部の目は入らなですし」

「見世物としちゃ三流だわな」

「ですね」

 演習場内試合の場全てを覆う茨はカメラや観客の目は入ることを許さない。

 中の様子がわかるのは対峙してる二人とその契約者のみになる。

 それはジュリアナもわかっているが、使わざるを得なかった。

「でも、今の私の目的は見てる人を楽しませることでなく。貴女に勝つことなので。手段は選びませんよ」

「ほっほーん? じゃあこの中なら私ら倒せるってことなんだ。口振りからして隠し玉っぽいけど。それを使わないと勝てないって踏んだわけだ」

「否定はしませんよ。元々天良寺くん相手に使おうとしていたモノですし」

「へぇ~……そりゃあ――」

 思わず口角が上がり、ニヤつく伊鶴。

 伊鶴にとっても才は認めている存在であり、一種の憧れさえ抱いている。

 その才相手に使うはずだったとっておきを使わせたことに歓喜を覚える。

「――燃えるぜ」

「……っ」

 はね上がるマナに一瞬気圧されるが、すぐに気持ちを立て直す。

 そしてカーレンに指示を出して茨から花を咲かせ始め、花粉を散布する。

「「!?」」

(こ、これやば……っ)

 異変はすぐに訪れた。

 花から散布された花粉にはジュリアナのマナが圧縮されている。

 つまり、密度の高い干渉しにくい花粉が茨の檻の中に充満することになるのだ。

(外にマナを出しづらくなってる……。それになんか……ぎもぢわるっ)

 伊鶴の膨大なマナを使った爆発の発動が阻害されただけでなく。マナを知覚出来る故に感じる不快感。

 かつて、リリンの世界へ行ったロゥテシアが良い例だろう。

 あれと同じことが伊鶴に起こっている。

(心なしか顔色が悪くなってる? マナが充満してる空間が苦手なのかも。嬉しい誤算ですね)

 その変化にジュリアナも気づく。

 この空間の中ならば確実に有利に進められることがわかり、内心ほくそ笑む。

 が、この茨の檻は優位性だけでなく。デメリットもある。

(でも、あんまり維持は出来そうにない。

すごい勢いで疲労感がかさんでいってる。マナが……枯渇しそう)

 マナを圧縮して、それを空気中に充満させる。

 当然その分マナは消費してしまう。

 並みの人間ならば数秒と持たない所業だ。

 ジュリアナでさえ、あと数分持つかどうかわからない。

(けれど、止めるわけにもいきませんよね。止めてしまえば賀古治さんに押しきられてしまいますから)

 伊鶴の馬力や速度。突進力や精神力まで考えれば茨檻ソーン・ジェイルをやめてしまうほうが勝算が薄い。

 茨檻ソーン・ジェイル内で一気に攻めきるしかジュリアナに正気はない。

 だから、ここからは完全なる短期決戦。

茨拘束ソーン・バインド

「……っ。ハウちゃん!」

「ガウ!」

 周りの茨が二人に襲いかかる。

 先程までと違い、蔓の時は先にゲートが開くので予測しやすい。

 だが今は茨が先に出現している状態で全方位囲われている。

 マナの感知も密度の高いマナで充満した空間では使えない。

 であればすぐに。

「ガゥ!?」

「ハウちゃん!?」

(まず一体ひとり)

 ハウラウランの硬い鱗で茨のとげは阻まれる。

 それでも爆炎も吐けず、膂力を上回る強靭な茨の拘束力を前に成す術がなくなってしまう。

「こん……のっ!」

 伊鶴は救出のため、茨を避けながらハウラウランのもとへ向かう。

 が、そんなあからさまな動きを見逃すほどジュリアナも甘くない。

茨鞭打ホイップ

「うにぃ!?」

 しなりを効かせて振るわれた茨が伊鶴の背中に強打。

 ハウラウランの耐久力のお陰で出血は免れたもののダメージは大きい。

 移動時の勢いは失われ、茨の床にその身をさらす。

「い……っ。……ぅぁ」

 痛みで一時的に集中が途切れたせいか茨が少しばかり皮膚を削る。

 裂けた皮膚からツーッと血が流れていく。

「ハウ……ちゃん……」

 それでも目はハウラウランの方を向いている。

 この程度で闘志が衰えるほど柔な鍛え方はしていない。

ソーン……拘束バインド……ッ」

「……!? ……ふん!」

 追撃をかけるように茨で伊鶴を縛ろうとするも寸でのところで腕力で前方に低空非行とぶ

 宙返りをして体勢を整え、再びハウラウランのもとへ。

(逃がさない……っ!)

 伊鶴の動きを先読みし、茨の罠を幾重にも仕掛ける。

 だが、伊鶴は多少かすりはしつつもことごとくを回避。

 血を流し、痛みを感じることで逆に頭が冴えたのかマナによる感覚に頼るのをやめて視覚と直感で体を動かす。

 元々動物に近い勘の鋭さがあり、ハウラウランの野生の部分を合わせることで可能とした方法。

 こういった咄嗟の切り替えも、伊鶴の才能の一つだ。

(かわせはする。でも中々近寄らせてもらえないっ。やっぱこっちにパワーのある手札ないときっちぃ!)

 戦闘においての判断力の高さであればジュリアナも負けていない。

 動物並みの感覚と人間離れした身体能力で動く伊鶴を捉えきれないまでも先を予測して時折縛ることを目的としないダメージ重視の茨鞭打を放つことで牽制している。

 ハウラウランへは、決して近づけさせない。

 それだけじゃない。

「ガ……ウ……」

 伊鶴の相手だけに集中せず、ハウラウランの拘束は強めていってる。

 茨の数を増やし、関節を絞めて血液の循環を阻害。

 さらに喉を絞め、呼吸器を塞ぎにかかることで酸素の供給も阻む。

 ハウラウランは動物共通の弱点をつかれてほとんど戦闘不能状態に陥っている。

(まずい! まずいまずいまずいまずいまずい!)

 その姿を目の当たりにし、焦る伊鶴。

 繋がりが深い故に感じるハウラウランの苦痛と感情がより焦燥感を煽る。

(このままじゃ負ける。ハウちゃんも危ない。ど、どうする?)

 契約者ハウラウランが戦闘不能と判断されればその時点で試合終了。伊鶴の敗けは決まる。

 だが今は外部からの判断を仰げないし、ジュリアナがどこまでハウラウランに危害を加えるかもわからない。

 精神的にも伊鶴は追い詰められていく。

(このままじゃどうなるかわかんない。だ、だったらいっそ――)

「……!」

 伊鶴は体を捻り、標的をジュリアナ本人に変える。

 体力の限界を向かえたハウラウランを今解放できたとしても相手の土俵の中ならばまたすぐに捕まる。

 ならばジュリアナを倒してこの空間そのものを消してしまえば良いと考えたのだ。

 正しい判断ではある。けれど穴はある。

(こん中じゃ上手く空間歪めるのも無理。爆発もできないから文字通り火力不足であの花とか蔓とかトゲトゲで防御されたらなんもできない。だから――)

「すぅ……はぁ……」

()

 その穴を埋めるため、伊鶴は深く呼吸し、同時にマナを放出。

 相手のマナで邪魔されているならば自分のマナで押し返して魔法や能力が使える空間を作りにかかったのだ。

 マナの量や質の勝負ならば伊鶴に軍配が上がる。

 けれどジュリアナはカーレンの花粉を使って密度を上げて底上げを行っている。

 その為、マナで上回ってても自分の肌から数センチほどしか空間を作ることができなかった。

(これだけあれば……なんとか……!)

「行くぞこらぁ!」

「!?」

 マナを大量に消費して作り上げた数センチという僅かな自分の空間を歪め、空気を固めて足場を作る。

 そして固めた空気に爆炎を加え、伊鶴は推進力を得た。

(な、なんてめちゃくちゃな……。いえ、そもそも耐熱性があるから行っているはず。むしろ理に適ってるのかもしれません)

 驚きと感心は抱きつつもただボーッと見てはいない。

 ジュリアナは攻めから受けに切り替えて自信を花弁で包みつつ茨で取り囲む。

 伊鶴はそれでも構わず推進力に身を任せジュリアナに突進を仕掛ける。

(へへっ。そんだけ守ってくれてるなら……)

 肌から数センチまでの空間。それら全てを使い伊鶴は残ったマナを全てつぎ込み爆発を起こす。

「「!!?」」

 瞬間起ったのは

 密閉された空間に花粉が充満しているのだ、当然起こり得る。

 先ほど推進力を生んだ時は空間を歪めていたからか爆発は広がらなかった。

 ジュリアナも伊鶴も、その所為で失念していた故に防げなかったのだ。

「う……っ。がはっ!」

「いっ。ぐへっ!」

 二人の高密度のマナによって生まれた爆発は容易く茨の檻を消し飛ばし、二人は逆方向へ転がっていく。

「ぅ……」

「ぁぅ~……」

 ジュリアナは花弁に。伊鶴はハウラウランの耐久力で致命傷にはならなかった。

 が、体を打ち、マナも枯渇した二人は体を起き上がらせることができない。

 二人とも、もう戦いは続けられない。

((敗北まけ……かな……))

 結果を聞く前に気を失う二人の呟きは重なり、死闘は終わりを告げる。


『双方の意識消失により両者戦闘不能と判断。引き分けとします』

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