第382話

 打つ。掴む。投げる。払う。押す。

 訓練刀以外の選択肢が増えると途端に夕美斗が押し始める。

 瞬はこのままでは対等ではないと二段、三段とギアを上げていく。

 歪みは増え、速度と軌道に多様性が出ていた。

 しかし夕美斗は全身で防ぐルールにシフトしたことによって未だ互角を演じている。

(あのときは一夜漬けということもあって大分苦戦したが、慣れてくるとニスニルがいなくともここまでやれるのか。……瞬相手じゃなきゃ気づけなかったかもな。さて、ここまで成長させてくれたお礼に少しばかり驚かしてあげようか!)

「シ……ッ!」

「……っ」

 夕美斗は短く息を吐きながら拳打を放つ。

 いわゆるジャブのようなモノだが瞬にとっては夕美斗の攻撃は全てかわさなくてはならないもの。

 なにせ一方的に打つことはあっても打たれたことなど一度としてない為に打たれ強さ皆無だからだ。

 だから瞬は防ぐことはせずに後ろに歪みを生み、バックステップでかわそうとするのだが――。

(ここ……っ!)

「……!?」

 夕美斗はタイミングを合わせて踏み込む。

 距離を離すことに失敗し、拳は瞬の眼前まで迫る。

 夕美斗はふふっと笑い拳を開いて指で瞬の眉間を軽く弾いた。

「……っ。……っ!」

「あ」

 軽く弾いたのだが思っていたよりかは強かったらしく、瞬はゴロゴロと転がってしまった。

「だ、大丈夫か?」

「……」

 半身を起こし、座りながらコクりと頷く。

 派手に転がりはしたものの大した怪我はない様子で夕美斗も安心。

(まさか私が瞬の心配をする日が来るなんてな。ま、今はこの子が手加減してくれてるからこそなんだけど)

 夕美斗は瞬に近づき、手を引っ張って立ち上がらせる。

 立ち上がっても少しの間手を離さずにぎにぎしていてくる妹が愛しい。

「ごほん。どうする? もう少し続けるか?」

「……」

 頷く代わりに手を離し、距離を取って訓練刀を構える。

 それを瞬なりの返事として夕美斗は受け取りこちらも改めて構える。

「「……っ」」

 そして二人は再び呼吸を合わせて打ち合いを始めた。



「……」

 道場から激しく打ち合う音が聞こえたので様子を見に来た男が一人。

 今日は休みなので勝手に道場を使用している人間を注意しようと赴いたのだが、中を見た瞬間動きを止めてしまった。

 道場に所属している誰かがいるかと思ったら練習の必要がない末娘である瞬と、その瞬にやられてから道場を避けていた下から二番目の娘である夕美斗が打ち合っていたからだ。

 自分の娘二人が、自分の知らない次元の打ち合いをしていたからだ。

 不自然な訓練刀の加速と軌道。体の動き。

 それだけならば瞬で見慣れているから驚きはしなかっただろう。

 しかし、瞬だけに踏み込むのことを許された次元に挫けたはずの夕美斗もいることが彼の動きを止めた大きな要因だろう。

 ただ髪の色が変わったとか、空間歪曲なしでの打ち合いならば勝手に使うなと注意していただろう。

 加えて、彼にはもう一つ気になることがあった。

(何故、あの二人は笑っているんだ……?)

 二人からすればただの軽い打ち合いだが、彼から見れば人外の戦い。

 笑ってる余裕があることに驚くのも無理はない。

 同時に、昔のことを思い出す。

(……そういえば、夕美斗が笑っているのは久しぶりに見る。瞬も。口の端が少し上がる程度だが、笑うことがあるんだな)

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