第381話
休みなのか誰もいない道場で袴に着替えて訓練刀を携える姉妹。
向き合う二人からはあの時のような殺伐とした雰囲気は感じない。
「では、始めようか」
「……」
夕美斗の声にコクりと頷き、全身から意識的に力を抜く瞬。
(相変わらず先が読めないな。構えらしい構えをしてなくても迂闊には飛び込めない。加えてマナも並みの人間とは比べ物にならない。……って、マナを知覚できるようになってる私が言えることじゃないか)
内心自分に呆れつつも気を引き締める。
なにせ相手は瞬。つい最近戦い傷をつけられなかった相手。試合だからと気は抜けない。
「「……っ」」
相撲の立ち合いが如く呼吸を合わせて互いに訓練刀を振り抜く。
当然ながら瞬は空間を曲げて距離を短縮してる。
身体能力であれば夕美斗が一回りも二回りも優れているが
(やっぱり得物を持ってるからといって瞬とは対等になれないな。でも――)
「……!?」
夕美斗の二撃目が放たれると、瞬は目を見開いて驚く。
不自然な加速をしたからだ。
驚きながらも夕美斗より速い剣速で受け止めるが、受け止められたのは慣れていたからだ。
夕美斗が放った斬撃の速度に慣れていたからだ。
「……私も、少しだけ使えるようになったんだ。お前にたくさん見取り稽古させてもらったお陰だよ」
「……」
三度、四度と訓練刀が重なる。
瞬との試合では一度受け止めることはまぐれでできる人間はいる。
しかし二度以上はそういない。
五、六ともなれば偶然でもない。
夕美斗はニスニルと深く繋がり、瞬と殺し合いに極めて近い試合を経て、瞬の次元まで一歩踏み入れることができた。
ニスニルという相棒がいなくとも、だ。
(かといってあの時みたいに歪みの数を増やされたら対応できるかどうか……)
確かに夕美斗は空間歪曲からの距離の短縮をしている。
だが何年もの間使い続けている瞬の練度に追い付けるわけがない。
今は瞬が合わせてるからなんとか互角を演じているだけ。
瞬が本気を出せば夕美斗はついていけずに滅多打ちにされるだろう。
だが瞬は速度を上げようとはしない。
何故なら、今度こそ対等に愛しい姉と打ち合えているのだから。
例えそれが自分の最低速度だとしても。
初めて同じところに立った。その相手が唯一心を許せる姉。
瞬にとってこれ以上ない幸福だろう。
少なくとも本人は、いつも無表情な口に笑みが浮かべるほどには感じている。
「……手数を増やすぞ」
「……!」
夕美斗は瞬の訓練刀を流しつつ、足を払う。
瞬は尻餅をついてしまうが追撃が来る前に自分の胴体部分に空間短縮。即座に斜め上に引っ張り元の体勢に戻る。
「ただの試合だと部が悪いからな。手足も使わせてもらいたいんだが。構わないか? もう足は出してしまったけど」
「……」
瞬はコクりと頷いて受け入れる。
さっきまでと違い刀と手足となれば笑みを浮かべる余裕なんて消えるだろう。
それは尻餅をついたので証明されてる。
けれど、瞬の幸福感は顔に出ずとも胸の内からは消えない。
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