第374話

「……」

 マイク・パンサーは不安を抱えている。

 といってもそれは試合に対してじゃない。

 彼は才や伊鶴や夕美斗の才能の開花を目の当たりにして不安になってしまっているのだ。

 才はリリンという強力な契約者と出会い。ロゥテシアやコロナといった新たな出会いも果たし。挙げ句自分自身も強くなっていく。

 誘っても連れないし、しばらく見ないと思っていたら急成長を遂げている。

 つまり、遊ぼうと誘おうとしている間に友人は自分が想像できないくらいの特訓を積んでいるのだろうと察する。

 現にマイクは才の契約者たるリリンの知り合いによって大幅にレベルアップを果たしているし、実感している。

 まだお披露目はできていないが、前よりもずっと視えている自覚がある。

 けれど、自分の存在そのものをいじくり回される感覚は今まで経験したトレーニングよりも遥かに辛かった。

 投げ出したくとも一度始まれば逃げ出せない。

 しかし苦痛の甲斐あって、それに見合う力は手に入れた。

 そして気づいた。才はきっと、こんなことを何度もやってきたのだろうと。

 あんな苦しい思いを。もしかしたら命懸けの思いを。何度もしてきたのだろうと。

 自分が最初に強くなろうと命懸けになったのは五月で、あれ以来実は命懸けの訓練はしていない。

 夏休みはたしかに辛かったけど、でも厳しい訓練って程度で決して命の危険は感じなかった。

 それは伊鶴と夕美斗も同じだけれど、二人は選抜戦で本物の天才たちと戦い。肌で味わい。敗れてしまったけれど。

 その後。夕美斗は妹との非公式の試合で人間離れした力を見せつけてくれた。

 その夕美斗と同じことをしたからマイクだって夕美斗に近い実力は身に付けたはず。

 なんて楽観的になれるわけない。同じことをしてても自分より爆発的に成長している人間を知っているから。保証なんてされてないことは理解している。

 そう伊鶴の事だ。彼女は何度も片鱗を見せつけている。

 伊鶴に比べるとマイクは結果はそれなりに残しつつも目だったものはない。

 比べる相手が隠れた天才だとすれば、比較がそもそも間違ってるかもしれないけれど。

 そんなこと頭で理解できても気持ちは追いつかない。

 マイクは体は大きくとも心はまだ少年なのだから。

「……そっか。そういうことか」

 マイクはここに来て気づく。

 今抱いてる気持ちは不安ではなく。焦燥と言った方が正しいのかもしれないと。

 どっちもさほど変わらないが、しっくり来たというだけ少しだけスッキリする。

 それに、焦燥感を抱いていようがいまいがマイクのやることは変わらない。

 結果を残して、友に追い付くだけだ。

 そのためにも――。

「話を……しておこうかな……」

 マイクはゲートを開き、入っていく。

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