第362話

「……」

 才達が幼児虐待一歩手前の凶行に走っていた時。カナラは未だ布団の中にいた。

「ぅ~……」

 ゴロゴロ。

「ぅ~……! ぅ~……!」

 ゴロゴロゴロゴロ。

「ぅ~……! ぅ~……! ぅ~……!」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

「久方ぶり……って程は日ぃ空けてないけど。それやのにま~た不可思議摩訶不思議な事になってるなぁ~煙魔はん。な~にがありましたん?」

「ひゃあ!?」

 布団にくるまりながら昨夜の事を思い出しつつ悶えゴロゴロしているカナラに話しかける妖怪が一匹。

 カナラと旧知の仲である九重尾辿狐拘ここのえびせんここうだ。

「な! なん!? なんでこない朝っぱらから来とんのよ!?」

「そら妾が神出鬼没やからですけど~? 何を今さらわかりきった事を言うてますの……ん?」

 どこからともなくどこにでも気紛れに現れるのは既知であるが、わざわざ今この状況を見られるのが嫌だった。

 せっかく妹たちも来れない才との愛の巣にいるというのに。目の前の雌狐だけは例外なのがなんともし難い。

「あ~、その顔……。花でも散らしたんですぅ?」

「ち、散らしてないわ!」

「はれ?」

 即否定されて小首を傾げる狐拘ここう

 しかし抱いた疑問は少しばかり鼻をヒクつかせれば消え去る。

「あれまそういう事ぉ? よう嗅いだら雌の香りしかせぇへんのはそういう事なん? ふふ。十八女さかりの如く盛ってしもたん? あははは! どこまでいってもおぼこいわ~! そないに盛るならあの子に食ろうてもらえばよろしぃんとちゃいますぅ~? 昨夜は同衾ともねしはりましたんとちゃいますのぉ~ん? えぇ~?」

 からかい混じりの表情と声。

 いつもならば嫌悪感丸出しで言い返すところなのだが……。

「ぅ~……」

「え」

 まさかの涙目に狐狗は目を見開く。

「え、え、え? な、なんやの。ほんまにどないしたんどす? 煙魔はんともあろう方がこないな軽口でそんな……」

「なんでもあらへん……。ええから帰ってや……」

 涙声で言われるとこれまたいたたまれない気持ちになる。

 狐狗としては言う通りにして帰るが良いか、居座って話を聞くが良いか悩ましいところだが……。

(この御人おひとは滅多に気持ち懐にしまったまんまにしはるしなぁ~……。何より泣いてる恩人ほっとくんわ大和女が廃りますわ。妾、京の出やけど)

 頭の中で軽い漫談を交えつつも、狐狗は話を聞くために居座ることに。

「煙魔は~ん」

「……」

 布団にくるまるカナラの横に座り直し、ポンポンとあやすように恐らく背中であろう場所を軽く叩く。

「煙魔は~ん。お話しましょう?」

「……」

「……の前に一服」

 懐から煙管をだし、青白い火を火皿へ落とす。

「すぅ~……ふぅ~……――あら」

 火はともかくとして、カナラと違い普通の煙を吐く。

 その臭いがカナラに届くとスパッと煙管が斬られる。

「そないに三途の川泳ぎたいならそう言えばよろしいのに。それとも冥土でもお散歩でもしますぅ?」

「地獄みたいな場所に来とんのに今さら冥土に興味はよう持ちませんねぇ~」

 布団の中からどうやったのやらと肩をすくめつつ。今度は飴玉一つ口に含みながらまたポンポンしだす。

「怒る元気があるのはよろしおすな。でも、煙魔はんが目を濡らしますんわ余程の事。煙魔はんからすれば一畜生たる妾でも看過できまへんえ? お話聞くまではこの首、腹、尾を斬られたところで退けまへんなぁ~」

「……」

 真剣味を帯びる言葉にカナラは動かされ、布団から出て座り直す。

「……このまま秘めてもなんも変わらんし。お言葉に甘えさせてもらいます。恋多き尻軽女やし。少しは役に立つでしょ」

「酷い嫌味やけど、煙魔はんが元気になるなら今日だけは甘んじて受けますわ~」

「嫌味で気良くなれたら苦労せんけどね」

「そうですねー。ではお聞かせ願いましょか。何があったんです?」

「……昨夜」

 狐狗に促され、カナラは語り始める。昨日あった出来事と、その時の気持ちを。

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