第345話
「兄様! お待たせいたしました!」
「いや、俺が頼んだわけだし。むしろ悪いな。男物の服なんて買ってこさせて。助かるわ」
走ってよってくる結嶺を労いつつ買い物袋を受けとる。
下山中気づいたんだが、体の傷は治っても服はズタボロのまま。この格好で人目のある場所に行くわけにもいかず。結嶺に頼んで急いで服を買ってきてもらった。
さてさて、茂みに移動して着替え――ちょっと待て。
この服……シンプルなデザインで地味な俺にとっても文句なしだけど生地がやたら触り心地が良いんだが?
おい結嶺。お前やったな?
「ゆ、結嶺。お前この服高いんじゃないか? いくらだよ」
「お金のことは気になさらないでください。私も一応現場に出させていただいたこともあるのでいくらか手持ちはあります。それに、私の気持ちですから。どうか受け取っていただけると」
「……甚だふほんいだが、そういうことなら」
妹に高い服を買ってもらうっていう居心地の悪さを感じつつもとりあえず着替える。
ここで金を払うとか、安い服にしてこいってまたお使いをさせるのもアレだし。素直にもらって着替えるのが利口。
「こんなことで報えるとは思えませんので後日別の物を用意させていただきますね」
「やめろ。マジでやめろ」
この上さらに奢ってもらうとか俺のちっぽけなプライドがダメージを負うから本気でやめてほしい。もう十分だって。
「ですが……」
「それより、だ」
着替え終わったので結嶺の方へ戻る。
「……! お似合いです兄様!」
「……そりゃどうも」
食い下がろうとする結嶺の注意を変えることには成功したけど、キラキラした目で見られるのもそれはそれで居心地が……。
まぁまぁあれだ。お前の見立てが間違ってなくて良かったねー。
……それよりも。
「さっき連絡した通り、あの男の全権は俺に移った。俺はまだ未成年だけど一応うちの学園長が後見人として名前貸してくれることになってるからその辺は大丈夫だろ」
本来血縁関係がない人が後見人になるのは中々に難しいんだがそこはそれ。魔帝の権限ってのは計り知れないからなんとかなっちゃうんだよな。
いや~魔帝様様。学園長様様だね。
「このあとのことはお前と話し合わなきゃって思うんだけど……。お前、なんか希望とかある?」
「……私は」
結嶺にこの先のことを漠然と尋ねる。
すごい唐突な質問だからかなり迷うんじゃないかって思ったけど。結嶺はすぐに俺の目を真っ直ぐ見て答えた。
「私は特にありません。兄様の思うようになさってください。もう私の望みは十分に叶えてもらいました。兄様に……救っていただきました」
最後の方は震える声。次第に涙がポロポロと流れる。
そら義理とはいえ父親より年上の、それもよく知らない男のとこに嫁がされそうになりゃあ不安だったろうよ。
そして、その不安の種がなくなれば大層安心する。心の整理なんてすぐにはできないよな。
「あ……でも……一つだけ……良いですか?」
「ん?」
結嶺は少し間を置いてから、意を決したように言葉を繋いだ。
「例え
……なんだよ。そんなことか。もったいぶるから何事かと思ったろうが。
俺は結嶺に近づいて、頭に手を置きながら答えてやる。
「当たり前だろ。てか、これで兄妹までやめたらなんのためにここまでしたかわからなくなるだろ?」
「……ふふ。そうですね。バカなことを言いました」
結嶺は涙を拭い、改めて俺に向き直る。
「これからも、よろしくお願いします。兄様」
まだ止まらない涙を頬に伝わせながらも満面の笑みを浮かべる結嶺はとても綺麗で、俺はついこう思っちまった。
目の前のこの
――孕ませたい
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