第342話

バトルパート


     天良寺才

      VS

     天良寺聡一



「な……!?」

 驚愕の表情を浮かべる聡一を余所に、才は発生させた火の玉をまるで幼い子供とのキャッチボールで取りやすいよう下から優しく投げる動きをする。

「ばん」

「!?」

 優しかったのはリリース直前まで、手から離れた瞬間火の玉は大きく広がって聡一を飲み込む。

 火は聡一を包み、机や魔法書までにも火の手が伸びる。

(こっちも……燃やしとくか)

 ドアから見て部屋の左側一面は本棚になっていて、紙の魔法書が敷き詰められている。才は手を向け、手のひらから火の玉を出して本棚を燃やす。

「き、貴様……っ!? お、俺の資料に!」

 当然聡一は激怒。才の狙い通りだ。

(怒れ怒れ。怒れば怒るほどあんたはムキになる。行動は単調になっていくから仕事が楽になる。……それはそれとして)

「余所見してる暇……ないだろっ」

 才は体を捻り、勢いをつけて蹴りを繰り出す。

 聡一との間の距離は軸足の踏み出しにマナでの推力を加えて埋める。

「がふっ!?」

 才の足は腹部に突き刺さるも勢いは衰えず。後ろの窓を破り、才と聡一は外へと飛び出す。

(おっと。消火消火。山火事とか洒落になんねぇから消しとかないと。挑発はもう十分だろうし)

 才は空気中の水分を集め、書斎を水で埋め尽くして消化。

 無駄に見えるかもしれないが、今の才に繊細なマナの操作はできない。必要な分の水を作って操るよりも質量を増やした方が楽なのだ。

「よし」

 消化が終わると聡一に向き直る。

「……貴様ぁっ」

 こちらも自分を覆っていた炎は消火済み。焦げも見当たらないことから最初からある程度防いでいたことがうかがえる。

「おいおい。なにをそんなに怒ってんだよ」

(あ、最初からか。つか物心ついたときからこの男怒ってるとこしか見たことないわ。ザ・今さら)

 いつもの調子の才にいつ通り頭に血が上っている聡一。

 やはり根っこの部分は似ているのかもしれない。

「不意打ちだけにあきたらず貴重な資料をよくも! 先祖代々受け継いできた大切な本の数々を! なんてことをしでかすんだこのゴミクズが!」

(お~お~怒っとる怒っとる)

 聡一に怒鳴られて萎縮する才はもういない。精神が人間に戻っても筋肉の硬直を感じない。

(うん。俺もちゃんと成長してるみたいだな。たぶん)

 幼少期の体験が才の感情を一部壊したからか。それとも学園での経験からかはわからない。

 しかし純然たる事実として、因縁の相手に怒りをぶつけられても萎縮しないというのは大きい。

 才は聡一相手でも、冷静に戦えることが証明された。

「ふん。頭に血が上って重要なことに気づいてないな?」

「あぁ!?」

「もう始まってんだぜ? もう他の被害とか気にしてる場合じゃねぇだろ?」

「!?」

 才は煽りながら再び聡一に向けて火を放つ。

 だが風の壁が火の手を遮る。聡一も二度目は完全に防ぐ。

「平和ボケは直ったか? 引きこもり」

「こんの……。先程と良いクズの分際で魔法などどこで……」

「……疑問を抱いてる場合でもねぇだろ」

「っ!」

 才は人指し指を軽く振り、小さな稲妻を飛ばす。

 これも風の壁が遮って稲妻の軌道はズレ、あらぬ方向へ飛んで消えていく。

「貴様どこで魔法を覚えた!? いや、無能の貴様が魔法など使えるわけがない! そうか! さっきの犬だな!? あの犬の力だろう!? 不意打ちといい他者の力を借りなければ何もできないクズめ!」

「だから……はぁ……。まぁ、いいや」

 戦いの最中でも質問してくる聡一に嫌気が差すも、集中できないようなので才は一言だけくれてやることにした。

「勘違いすんなよ。俺だって相手が強ければ借りることもあるが、そりゃ借りないと勝てないからだ。そして俺は今契約者の力を使ってない。理由は単純。契約者を使うまでもねぇんだよ。アンタごときに」

 ダメ押しにして最高の挑発という形で。

 この短い時間で侮られ、何度も何度も沸騰するような怒りを覚えた。

 それでも何度も何度も繰り返し罵倒した。問い質した。現状を鑑みずに。

 だけれど。やっと才のこの一言が聡一の行動に変化を与える。

 貶すを主としていた思考から、叩き潰すという思考へと。

「こんの……クズの分際で……っ」

(やっと切り替えたか)

 聡一の闘争心が振りきれるのを感じると才はさすがに身構える。

(今の状態で油断して斬られるなり焼かれるなりすると下手したら死ぬからな。リアリティのために自ら肉体性能を人間に下げてることは忘れないようにしないと)

「吹き飛べ!」

 聡一は叫びながら腕を横に薙ぐ。

 あからさまな言動に才はまたも呆れる。

(いちいち口に出すなよ……。悟られるぞ……。まぁでも)

 才は衝撃に備え、軽く両足を浮かせる。

(反応が遅れた……! これはかわせない……っ)

 身を浮かせた直後。聡一が腕を振ったのと同じ方向から突風が才を襲う。

「く……っ!」

 今の才はマナを感知できるわけじゃない。ただ、聡一の言動から予測したに過ぎない。

 しかし、その予測は半分正しく。予期した方向から予期した衝撃が来た。

 ……問題は。

(思ったより……強いっ!)

 才が身を浮かせたのは衝撃で体勢を崩し、足を取られるのを嫌ったから。

 多少の衝撃ならばこのまま受け身を取れば良かったのだが、予想以上の衝撃に襲われ数十メートル飛ばされたこと。

「……っ。……!」

 身を丸めるもここは山の中。整備していない方へ飛ばされれば草木にぶつかり擦り傷が増えていく。

「あっぐ! ……つ~」

 やっと少しだけ開けた場所に出たものの、ゴロゴロと転がり腕や背中に小石が刺さる。

 派手に飛ばされたとはいえ、幸いにも大した怪我はない。

 だが、今はほぼ人間。ダメージは大きい。

(ちょ~っと怒らせ過ぎたかな……? いや、挑発しようがしまいがあいつが俺に慈悲や加減なんてするわけない。結果は変わらなかったはず)

 後悔しかけたものの、冷静に考えると同じだろうと結論付けて自分のダメージを確認し始める。

(……骨折はなし。出血も擦り傷だし妥当。吹っ飛ばされて転がったもんだから三半規管揺さぶられて頭くらくらするけど……。ちょっと寝てりゃ落ち着くだろ。あいつが追い付くまでゆっくり休ませてもらおう。どうせゆったり歩いてくるだろうしな)

 才は無理に起きようとせず寝たまま聡一を待つ。

 のんきなものだが未だ冷静な証とも言える。

 それに、落ち着いているが集中力は増している。

 最初から油断はしてないが、先程は判断を間違えた。聡一に攻撃を加えるなり、少しでも相殺させればここまでダメージは負わなかっただろう。

(感知できないから仕方ないつっても、もし木にぶつかったりでもしてたらそれで終わりだった。こっからはもっと気引き締めないとな)

「……貴様」

「お。……よっと」 

 才が視界に入ると聡一はあからさまに嫌悪感を示す。

 大なり小なり最初からなので才は意に介することなく立ち上がって自分の服をはたく。

「思ったより遅かったな。お陰で十分休めたわ」

「……! この!」

(二度も食らわない。いや、食らいたくない……!)

 変わらぬ才のバカにするような態度に苛立ち、聡一は再び手を振る。

 しかし才は聡一の魔法を読み、前へ踏み込む。

 直後。才のいた場所は先程の突風に見回れる。

「……ふっ!」

 上手く回避した才は踏み込みにマナによる推力の上乗せをして人間離れした速度で真っ直ぐ聡一の元へ突っ込む。

「……!」

 驚く聡一。それも無理はない。

 人間離れした動き。速度。膂力は才能ある人域魔法師の専売特許。

 むしろ火を出したりだとか風を起こしたりだとかをメインに扱う人域魔法師は少ない。

 理由は単純に自分を強化することで攻撃を受けない。受けてもダメージを食らわないようにするため。

 現にアレクサンドラや交流戦でやってきたメンバーも自分の肉体をメインに使っていた。

 だからおかしい。不自然。無能なはずの才が人間離れした動きをするのが。

 使

「ふ、ふざけるなぁ!」

 聡一の怒りは完全に頂点ピークに達した。いや、怒りなんて生易しい感情モノでもなくなった。

 最早聡一の頭の中には、才への殺意しか残っていない。

「死ね! このゴミクズがぁ!!!」

(……? また同じ――)

 三度振るわれる聡一の腕。先程までとそこまで変化を感じられない。

 だが才の背中には不思議と悪寒が走っていた。

(なんかヤバイかも。直感を信じよう……!)

 才は咄嗟に地面を蹴り、横に転がる。

「い……っ!?」

 だが才の腕からは出欠。刃物で斬りつけたように鋭い切り傷。

(あ、あっぶなぁ……。信じて良かったわ自分のこと……)

 さすがに冷や汗が垂れる。かわしてなければ腕が落ちるか、腸が撒き散らされるか、首が落ちていたか。どれにしても致命傷は免れなかったのだ。それはそうなるだろう。

(気引き締めといて良かっ――)

「死ね! 死ね死ね!」

 安堵するのも束の間。幾つもの風の刃が才に襲いかかる。

(っと、安心してる場合じゃないな……!)

 左右へ飛び風の刃をかわそうと試みるが、完全に回避するのは難しく全ての刃は肌を撫で、鮮血が舞う。

「くっ」

 何度も肌を切り裂かれ、痛みで顔をしかめる才。

 直撃はなくとも痛覚がある今、どんなに小さな傷でもストレスになる。

 しかし、不思議なことが一つある。かわしきれていないとはいえ、今の才はマナを感知できない。にもかかわらず一回もまともな被弾を許していない。

 もちろん理由はある。それは聡一の攻撃が読みやすいのだ。これ以上なく。

(腕を振る。真横からくる。腕を振る。真っ直ぐ刃が飛んでくる。はっ。わっかりやす)

 腕の振りが軌道を示している。だからマナを感知できなくてもかわせているのだ。

 戦い慣れていない聡一の決定的な弱点である。

「……っ」

 が、見えているのは軌道だけで範囲はわからないのでかすりはしてしまう。少しずつ傷が増え出血も比例して増えていく。このままの状況が続けばじわじわと体力が削られて才は動けなくなるだろう。

「はぁ……! はぁ……!」

 それでも才は頑なに攻勢に出ない。火を飛ばすなり水を被せるなり小さな稲妻を走らせるなり才だって遠距離からの魔法はできる。が、それでも選ぶは回避一択。

(もう少し……もう少しだけ……)

 愚策は百も承知。わかってて才は満足のいくまで走り、身を捻り、転がして回避を試みる。

 完全に、かわせるまで。

「死ね! 死ね!」

(もう少し……もう少し……)

「死ね! 死ねぇ!」

(あと、少しで……)

「死ね! 死ね! 死……ね……」

(…………よし)

 どれだけ才が肉体面で凡人でも。獣のような反応や達人のような直感や反射ができなくとも。なにより何度も繰り返し肌を撫でさせれば嫌でもわかる間合い。

 等々才は一切の反論の余地がない回避を成功させる。

「クソ……ゴミが……まぐれで調子に乗るなぁ!」

(まぐれ?)

 一瞬かわされたことに狼狽えたが、すぐに攻撃を再開する聡一。

 だが才はもう慣れたと言わんばかりにことごとくかわしていく。

「んなわけねぇだろ。知らねぇと思うけど一応場数踏んでんだぜ?」

 才の言う通り聡一は学園でなにが行われているか知らない。

 何故なら召喚魔法に興味がないから。

 大したことがないと断じて一切の情報を仕入れていない。

 だから知るわけがない。実戦形式での試合が行われているなんて。

 まして、学園でも異質である自分の身で戦っているなんて。知る由がない。

「クソ! なんで当たらない!?」

 だから、もうこの魔法は当たらない。才の体勢を崩すなりして隙を作らないと、もう当てることはできない。

(ムキなって。同じことしかしないワンパターン戦法。魔法自体も殺傷力はあっても自分自身は動かず格好の的。こんなお粗末なヤツに人生狂わされたって思うと、悲しくなるなぁ~)

 眉を寄せ、不快そうな顔になってしまう。でも、すぐにいつもの表情に戻す。

(でもそれも今日まで。今日で俺たちはあんたから――)

「死ぃぃぃぃぃぃいねぇぇぇえええ!」

(完全に解放される)

 思いっきり腕を振り、今までで一番広い範囲を斬り裂く風の刃を作り出す。

 だが、草木を断っても才には触れることはなかった。

 何故なら――。

「そん……な……なん……で……」

 怒りを超え、殺意をも超えて聡一はただ呆然としてしまう。

 何故なら、何故ならば。才は横でも、前でも後ろでもなく。

 加えて――。

「よっとっと……」

「!?」

 空気を圧縮し足場を作って、空中を翔る。

 おまけに電気信号を一時的に遮断し、即座に電気を流して筋肉を緊張させ普通ではあり得ない振り幅を生む。

 それは、その魔法は人域魔法師を志した者なら誰でも使えなくてはならないもの。志した中でもさらに才能に溢れた者にしかできない魔法。電力加速と空気圧縮。

 アレクサンドラが使った魔法だ。

「どこまでもコケにしやがって……! バカにするのも大概にしろよゴミの分際でぇ!」

 風の刃を飛ばすも全て空を切るのみ。

 既に左右の動きで攻略されているのだ。そこに上下が加われば当たる道理があるわけもない。

(単調単調。浅はか浅はか。そんなの通じないんだから次の手を考えろよ。……まぁ、もう次を考える余裕を与えるつもりないけどな)

「そら!」

「くあ!?」

 防戦一方から一転。今度は才からも仕掛ける。

 刃をかわしつつ同じように、しかし聡一よりも規模も殺傷力も小さい風の刃を飛ばして腕に切り傷を作ってやる。

 薄刃で小型のカッターがかすってできたような小さな傷だ。

 だけれど。どんなに気を張っていたとしてもケガの経験がなければ、まして出血の経験がなければ絶対に動揺は大きくなる。それを見越しての最小限の攻撃。

 才の予想は的中。聡一は才から眼を離し、攻撃をやめ、自分の傷の確認をしてしまう。

(ふ、深くはなさそう――)

「余所見すんなっつの」

「ぐぶ!?」

 あからさまな隙を見逃してやるほど才も甘くない。すぐに近づいて顔面に拳を叩き込む。

「~~~~~~っ!」

 声にならない声をあげて後ろに下がりながら自分の顔を左手で触れようとしたところで――。

「ふ……っ」

「ぶふ!?」

 左手ごと顔面を蹴りあげる。

 手の甲と鼻骨が折れ、メキッと嫌な音が聞こえる。

「……! ……っ!」

 顔を蹴りあげられて骨が折れてはもう立ってることもままならず聡一は倒れ込む。

「……」

 ゴロゴロと転がって悶える聡一を無言で見つめる才。

(これで終わり……かな?)

 と、見切りをつけつつも。才は聡一にギリギリ当たらないように。且つよく聞こえるようにわざと耳元を意識して電気を走らせる。

「……!?」

 耳元で鳴る小さな稲妻に驚き身をすくめる聡一。

 大人しくなったのを確認すると、才は口を開いた。

「今の音。わざと外したのわかったろ? やろうと思えば当てることもできた。なんなら殴るなり蹴るなりもできる。つまり、俺は今。あんたの生殺与奪の権利を持ったってことだ」

「……」

 プルプルと怒りと悔しさと痛みで震える聡一。

 だが才はまだ敗北も己の程も理解していなさそうな聡一に、決定的な言葉を突きつける。

「あんた。引き込もってなにしてたんだ? 何十年も魔法について研究してたんじゃねぇの? あんたが使った魔法。多少工夫されてたけど所詮木っ端魔法師の小細工。人域魔法師には確実に通じない。俺みたいな空間歪曲もできてねぇ半端な人域魔法で対応できたしな。使う前に潰されるのがオチだね」

 今の才はマナによる身体強化や神経の電気信号の遮断や電気を流しての緊張。空中に足場を作ることはできる。

 元々マナの量も密度もけた違いで、肉体を戻したとはいえ経験と知識は残ってる。だからこそこのくらいの魔法なら使えるようになってるわけだ。

 しかし、それでも天才の領域である空間歪曲による距離の短縮は使うに至れなかった。

 それも仕方ない。空間歪曲はアレクサンドラですら現状実戦で使えるレベルじゃない。空気抵抗をなくす程度の歪みしか出せない。

 ようは結嶺ときさらのセンスがぶっちぎりでおかしいのだ。

 それを踏まえて、言ってやる。

「……あんた、人のこと蔑んでばかりで自分は才能あるって勘違いしてるけど。正直凡才も良いとこ。むしろ無能って自覚がなく傲慢なぶん害悪この上ねぇよ」

「……」

 才の言葉を受け、聡一はピクリとも動かなくなった。

 現実を突きつけられて心が折れたから――。

「もう俺の勝ちだ。さっさと契約書通りに――な!?」

 ではない。断じてそんなことではない。

 むしろ才の言葉は聡一のプライドを刺激した。

 聡一の長年の研究の成果を、使う覚悟を決めさせてしまった。

「お前なんかに……使いたくなかった。魔帝になるために俺が研究し続けたものだからな。この研究を政府に提出して魔帝になるつもりだった。だが、仕方ない。お前がここまでやるとは微塵も思っていなかったし、なにより実戦のデータは取ってなかったから。まぁ丁度良かったとしておこう」

「……」

 今度は才が戦闘中に呆けてしまう。

 何故なら目の前で信じられないことが起こってるから。

「はは……ははは! ふははははは! 多少人域魔法が使えるようになっても! 大した力を持ち合わせていない契約者を手に入れても! お前ごときではこの力に対抗できんだろう!? お前どころかあの現最強の魔帝ですら俺には勝てない! 何故なら!」

 聡一は立ち上がり、高笑いをあげながら自分の折れた左手から溢れる力に酔いしれる。

 才はなんとなく聡一の今の気持ちがわかる。わかってしまう。

 何故ならば――。

「俺は過去のあらゆる文献を調べ、何度も検証しこの力を自分のものにした! この力は神の力だ! 神誓魔法などという借り受けた力ではない! 紛れもなく神が振るう力だ!」

 それは違う。それはそんなんじゃない。そう言うわずかな時間も惜しんで才は自分の存在を作り変える。今のままでは確実に死ぬから。同じ力を使わねば確実に殺されるから。

「ははは! さっきまでの饒舌な口はどこへいった!? ふはは! 黙ってしまうのも無理もないがな! この禍々しい一切の光を通さぬ神のを前にしては身がすくんでしまうのは必然だ!」

 左手から溢れる高密度のマナの乱気流たる影。

 才はよく知っている。それをよく知っている。

 知ってるからこそ。己に課した枷を外さざるを得ない。

「だが今は戦闘中だろう? 怯えてる暇なんてないだろう!?」

 左手を才に突き出すと同時に溢れる影が才を包み込み、荒れ狂う龍が如く宙を舞う。

「ははははは! はははははははは! 調子に乗って良くも好き勝手言ってくれたなぁ!? だが二度と生意気な口を叩くことはできんだろうなぁ!? 何故ならお前は……これで死ぬからなぁあ!!!」

 聡一は扱いきれていないのかしばらく才を空中で振り回してからやっと感覚を掴んだのか振り下ろす。

「はは……やはり神の力は素晴らしい……」

 才を叩きつけると、聡一は顔と手の痛みを忘れて左手を撫でようとして――。


 ――ぼとん


 空を撫でた。

「は?」

 わけがわからない。何故何もないところを撫でたのか。

 どうして、影の媒体となった左腕が落ちているのか。

 答えは、殺したはずの才が教えてくれる。

「この影にも力関係ってのがあってな。密度が高いほうが優先される」

「……な……に?」

 ゆっくりと殺したはずの才の方へ目を向ける。

 才は瀕死どころか出血すらない。さっきまでのケガすらない。

 それだけでも信じられないが、聡一にとってそんなことはどうでも良い。そんなことより知りたいのは――。

「どうして腕が……いや、何故お前がそれを……」

「……影はどんな物質にも張り付くし、阻むし、通過する。毛穴ほどの隙間どころか細胞の隙間くらいならマナの邪魔さえなきゃ入れる」

 聡一の二番目の質問は無視して続ける。

 せめてものとして左腕を切断した種明かしを。

「あんたの腕。あるとこを境に別のナニかと繋がってた。さっきは神誓魔法じゃないつってたけど、同級生の雰囲気と似たのを感じる。たぶん、あんたのそれは神誓魔法と同種なんだろうよ。で、その繋がった部分は影を出すところ。過度な干渉はできない。でも純粋なあんたの肉体なら大したマナを含んでなかったからあっさり入れたよ。良かった良かった。全身繋がってなくて」

 言ってることはわかる。

 何故知っているのかとかいう疑問もない。

 見ればわかるから。

 現在進行形で足から影を出し、ゆらゆらと揺らしている時点で、影を操っていることはわかるから。

 今見てるものが、全てを語っているから。

「どうやって影を手に入れたか知らない。でも、たった一人で宝くじを当てるようなもんの神誓魔法を使えるようになって、影を使ったのは……うん」

 自分は契約者リリンの存在を取り込んで人間やめてやっと使えるようになったのに。という言葉を飲み込み、才は初めて父親に向かってなんの含みもない賛辞を述べる。

「さっきの言葉は取り消す。あんたは凡才じゃない。天才だよ。本当。すげぇわ」

「……」

 聡一は大量の出血により失神。

 才の言葉が届いたか、それとも聞く前に意識を失ったかはわからない。

(……もしも、あんたが家族思いだったら。いや、意味ないな)

 もし聡一がクズでなければ才は召喚魔法師を志すこともなく。リリンと出会うことなかったろう。

 そう思うと、自分の複雑な境遇に苦笑を浮かべることしかできなかった。

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