第319話

(それから鍛え直して、勉強して、自分に魔法の才能があるか調べて。落胆して。でも、瞬の前に立ちたかったから拗ねる時間も少なかったな……)

 まだ誰もいない早朝。夕美斗は既に朝食を済ませて腹ごなしに散歩をしていた。

(学園に入れた時は嬉しかった。でも試合じゃ緊張するようになって、敗けが続いて。自分の体を使えば多少マシになったけど。でも、ニスニルに甘えてるだけだった。だから彼女きさらをガッカリさせてしまった)

 頭に巡るのは今までの事。それから――。

(でも、私は強くなった。一人じゃ何もできないけど。強くなれた。……才君やネスさんには土壇場で無理をさせてしまったのは気が引けるけど。二人だけじゃない。皆のお陰で私は瞬の前に立てる)

 未だ残る心のしこりを拭うこれからの事。

(学園長にも改めてお礼を言いたいな。E組の場所とはいえ私情で使わせてもらえるんだから。……才君にも)

 夕美斗はうっかりしていたのだが、才がいち早く気づき紅緒に連絡を取って室内訓練場を借りている。E組は外の訓練場を使っているが室内の方は空いていたのでスムーズに貸してもらえることができた。

 これは親切ではなく単に自分が手伝ったのに無駄に終わるのが嫌だっただけ。実に才らしい。

(……前に立つ覚悟はできた。急に会いに来た時も思ったより落ち着いて話すことができた。あとは――)

 夕美斗は踵を返し、寮へ向かう。

(助けは必要だけど、瞬と同じ土俵に立てるってところを示さないとな。他でもない自分のために)

 強い向かい風が夕美斗の歩みの邪魔をする。

 縁起が悪いなと苦笑を溢すが、夕美斗が歩みを遅める事はなかった。



「すまないな。わざわざ足を運んでもらって」

「……」

 時刻は昼近くになり、夕美斗は瞬と訓練場にて相対する。

 見物人は――。

「まさかまさかこんなことになっていたとはね~。ゆみちゃんと妹ちゃん」

「人間誰しもなんらかの事情を抱えてるもんしょ? 意外っちゃ意外だけどさ」

「でも悲しいね」

「いえいえこれは戦いを通じて分かり合いさらに強い絆で結ばれる為の試練ですよ。王道ですよ」

「はぁ。ようわからんけどそんなもんなん?」

「真に受けんな。たまたまあいつらに当てはまるだけだ」

 伊鶴。多美。マイク。八千葉。カナラ。そして才とE組のいつ面。それと――。

「ちょっと憐名。急に呼び出しといてなんなの? せめて事情を説明してほしいんだけど?」

「わからないけど、急にこの訓練場が貸し切られるって知って、何かあるなって思って。ほら、現に恵涙をあしらった夕美斗ちゃんが本気で戦うみたいよ?」

「いや別に興味ないんだけど。帰って良い?」

「それで、お嬢ちゃんはどこから来たの?」

「あ、その……。買い物しに外に出てたらあの子に袖を引っ張られここまで」

「……学園外からわざわざ? そら大変なご足労やったねぇ~」

「あ、いえ……。大丈夫です……。ひ、ひ、暇でしたし。……えっと、すごい美人ですね!」

「ふふ。おおきに。お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞なんてとんでも……」

 憐名。憐名の従妹の恵涙。巻き込まれ一般人の乙喜実までいる。

 恵涙と乙喜実はともかく、憐名はどこから情報を仕入れたのか。謎である。

「少し、見物人がいるようだけど、構わないか?」

「……」

「そうか、じゃあ始めよう」

「……」

 夕美斗がゲートを開くと同時に、瞬は左手に持っている未だ納めたままの刀を握り直す。

「ふぅ……。いくぞニスニル」

「えぇ」

 ニスニルを喚び出すと、即座に存在融合を開始。最初から全力で行くつもりだ。

「……」

 様子が変わった夕美斗を前にしても、瞬は顔色一つ変えない。

 ……ただ、マナを感じ取れる才は瞬の放つマナが膨れ上がったのを感じ取っている。

「……そういやカナ――桃之生。お前夕美斗の妹とちょっとやったんだろ? 鬼ごっこ。どうだったんだ?」

 瞬の放つマナの異質さが少し気になり、遊びとはいえ唯一相手をしたカナラに尋ねてみる。

「ん~? あぁ~。そうねぇ~。油断してたのもあるんやけど――」



「触れさせてしもたよ。あっさりね」

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