第320話
バトルパート
和宮内夕美斗&ニスニル
VS
和宮内瞬
「……っ!」
二人の呼吸が揃うと、夕美斗は先手を打ちに行く。
ニスニルの力を使って風の抵抗を無くしつつ、追い風を発生。足裏からは小範囲の突風。空間短縮には及ばずながらも相当の速度で突進を仕掛ける。
が、空間短縮に及ばないならば――。
「……」
「……やはりか」
空間短縮を使える瞬に通じるはずもなく。あっさり距離を取られた。
しかし、夕美斗の顔に驚愕も落胆もない。
(容易く距離を取られた。でも、視えていたぞ。才君に試してもらったからわかっていたことだけど、いざ本番で視えていると心に余裕ができるな。なにより、才君よりも瞬のほうがよく視える。……改めて彼も大概だな)
冷静。夕美斗は落ち着いている。心の中で才に呆れるくらいに。
今のだけで、訳もわからず瞬やきさらに負けた時とは完全に決別した事を己に証明した。
(これならやれる)
少し自信のついた夕美斗はさらに攻勢に出る。
夕美斗は再び風を操り距離を詰めにかかる。
「……」
夕美斗が近くに来ると、瞬は先程と同様距離を離そうと空間を歪める。
「「……!」」
ニスニルがマナの異常を感知し、情報が夕美斗に伝わる。
今回のニスニルの役目は完全に夕美斗のサポートに徹するつもりでいる。
これは今までのように夕美斗が自分で戦った方がやりやすいからではなく。瞬の話を聞き、きさらと才によって空間歪曲を体感したから出したもの。
やりやすいからではなく。わがままではなく。勝つ為に選んだ策なのだ。
そしてその選択は――。
「……!」
「捉えたぞ。瞬」
正しかった。
ニスニルにより歪んだ空間を感知した夕美斗は瞬が移動する場所を予測。風を操り方向を変えて先回りに成功。
今までの経験。昨夜の地獄。そして対瞬への策が早速通じた。夕美斗の努力が実を結び始める。
(この至近距離なら刀は抜けない……!)
夕美斗は自分と瞬の足がぶつかりそうなほど接近。コマのように体を捻り回しボディブローを放つ。
「くっ!」
流れるような動きで打撃を放ったが、瞬は鞘で受け止める。
それも、二度の空間短縮を挟んでいた。
一度目は夕美斗の拳が到達するであろう場所への防御の為。
二度目は夕美斗の方向への短縮。これは夕美斗の力であれば瞬を軽々吹っ飛ばせると判断してのもの。迎え撃つ。弾く。相殺する。そういった意味での短縮。
この二度の短縮により瞬は夕美斗の打撃によるノックバックを防いだ。
(さすがだな瞬。あのときとは違って無駄な動きも消えている。お前もお前で積み重ねてきたんだな)
「はぁっ!」
感心を覚えつつも、夕美斗は肩甲骨を使い防がれた手から逆の手に力を伝える。返しの拳打が瞬の眼前に迫る。これは直撃――。
「!?」
寸前。夕美斗は手を引っ込め、バックステップ。大きく距離を取った。
「……はぁ……はぁ」
今起こった事を反芻し冷や汗を垂らす夕美斗。
普通の人間ならば認識できなかっただろう。
だが今の夕美斗はニスニルと存在融合を行い、感覚を共有している。何が起きたか、きっちり理解している。
(あ、危なかった……。下がってなかったら顎をかち上げられていた……)
一見。瞬の手は動いてないように思える。だが実は空間短縮の準備をしていた。
まず刀を持った手の位置を夕美斗の顎の真下に。それから七つ程空間の歪みを作り出していた。
もしも、退かなければ柄頭が夕美斗の顎を打ち抜いて昏倒してたことだろう。
表情は変わらず。予備動作もない瞬。あるのはマナと魔法の行使。それだけ。
つまり、ニスニルとの存在融合がなければ一瞬で夕美斗の負けは決していた。
(昨日のままならば私はあの時と同じくあっさり負けてたな……。良かった。本当に良かった。彼を頼って)
冷や汗を垂らしつつも大事には至らなかった。至らせなかった。それがまた新たな自信になる。
昔に比べ、技術面や肉体面の強さは比ではなくなっている。
だが心は昔のが強かった。年上や格上にも果敢に立ち向かう強さがあった。
……瞬に負けてから失ったものでもある。
けれど、今のたった数度のやりとりが夕美斗の心の強さを取り戻しつつある。いや――。
「瞬。抜いて良いぞ。真剣で構わない。斬りつけて構わない。その刀は飾りじゃないんだろう?」
完全に取り戻した。だから言える事がある。
「一人の武術家ならば。魔法師としてならば。私はお前には遠く及ばない。……でも」
いらないプライドを捨てて。一人での限界を受け入れて。そうすることで言える言葉が出来た。
「ニスニルとなら。召喚魔法師としての私なら。私はお前と対等に戦える」
異界の生物に頼る。それは世間では他力本願の臆病者と罵られる。
夕美斗も口にはしなくても。負い目くらいはあった。
しかし、きさらという天才に。圧倒的力で叩き潰された。
調子が悪かったという言い訳の通じない内容で倒された。
きさらと瞬のような天才に立ち向かうならば。自分だけの力ではダメ。頼って甘えるだけでもダメ。
そしてたどり着いた存在融合という境地。人間を一時的にやめられるほとんど
「私を軽蔑するか瞬? だが、お前の相手ができるなら何だってするよ。私は」
今の夕美斗に負い目はない。今の夕美斗に甘えはない。
自分のような凡人が真の天才に立ち向かうにはズルをするしかない。それが理解できてしまったから。
それに、だ。そもそも自分の意地で、わがままで、瞬と対等に戦えるようになりたいというのが最優先事項なのだ。
で、あれば。反則がなんだ。ズルがなんだ。罵倒がなんだ。負い目がなんだ。罪悪感がなんだ。
そんなものゴミ箱に乱暴に突っ込んでしまえ。
一番は同じ域に達すること。それが満たされたら他なんて些細なこと。塵芥に等しい。
「さぁ、抜けよ。私を斬って見せろ」
「……」
瞬は無言のまま。無表情のまま。
だが手は柄に伸び、少しだけ体をズラして半身になる。
瞬は構えを取った。
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