第317話
「「「……」」」
絶句。
夕美斗も、門下生も、さすがに心配になって見に来た父以外の家族も。
皆、瞬の見せた力に驚愕を隠せない。
瞬がやった事は至極単純。
初めてということでとりあえず訓練刀を振らせてみようと夕美斗が打ち込みを待っていたら、夕美斗の持つ訓練刀どころか体ごとふっ飛ばしてしまった。
「遠慮せず本気で来い」
夕美斗は打ち込む前にそう言っている。
瞬の小さな体躯で夕美斗に怪我を負わせるほどの打ち込みはないと思っていたからだ。
素人どころか同年代の中でも小柄な瞬に、同年代どころかすでに成人女性くらいの背丈がある夕美斗が倒される方が不自然。そんな可能性があるなんて思うわけがない。
しかし、現実はどうだろうか。
小さな瞬が、油断していたとはいえ夕美斗を倒した。
それだけならまだ良かった。油断の一言で済むから。
この後に、和宮内家に亀裂を生んでしまう出来事が起こる。
「す、すごいな瞬! も、もう一度! 今度は私も打ち込むぞ!」
「……」
夕美斗は瞬に才能があると思い、今度は試合形式でやろうと提案した。
一度ならば、言い訳できたのに。偶然だと。まぐれだと。油断だと。
だが、真剣になってはいけなかった。
時は過ぎ、夕美斗は中学に上がっていた。
あの日以来。道場にはいっていない。
あの後。何度も。何度も瞬に挑んだ。
しかし、
才能があるどころではない。生まれながら自分なんかじゃ一生手の届かない場所にいるだ、と。
和宮内家は現代武術の先を視ようとしていた。父も例に漏れず日々思考を巡らせてはいたが、凡才の身である自分の代ではたどり着かないだろうと次世代に任せるつもりでいた。
夕美斗は才能があり、このまま鍛えていけば夕美斗の代で見つかるのかもしれないと期待していたのに。完成を見せつけられた。
魔法の存在は知っていたし、使えれば武術に応用できるかもとは思っていたが、あそこまでとは思わなかった。
燕の如く舞う刀身。刹那の内に数十と叩き込まれる万雷の如き怒濤の打ち込み。空間を支配するかのような瞬間移動。
どれも人間技じゃない。しかし、やったのは人間。
つまり、その時点で人間技。だけれど真似できる気がしない。
あと何年かかれば瞬のような事が出来るだろう。一生かかっても至れる気がしない。
夕美斗の父は既に自分を見限っていた。だからほんの少しの喪失感を抱いたものの、そこまで辛くはなかった。
だが、夕美斗は違う。夕美斗は幼い。
どれだけ体が大きくてもまだ子供なのだ。それも人生のほとんどを武術と過ごしてきている。
本人は気づいていなかったが、何年も鍛練に勤しんだという自負があった。プライドがあった。だから瞬に手も足も出ずに負けたことは夕美斗にとってはやめるに足る理由になる。
「……」
自分の部屋で、ただボーッと過ごす日が多くなった夕美斗。その姿は、まるで瞬のようである。
活発だった夕美斗は、和宮内家にはもういなくなっていた。
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