第316話

「せぇえええい!」

「いっ!?」

 和宮内夕美斗。現在12才。剣術の練習試合にて剣道二段の成人男性に勝利。

「す、すごいな……。剣道とは勝手が違うとはいえまさかやられるとは思わなかったよ……」

「いえいえ。運が良かっただけです」

 和宮内道場での剣術による試合は胴着をつけない。一太刀入れるか首など斬れば死ぬ部位に寸止めで一本。

 寸止めは可能なら行うが、基本的に勢い余って叩き込むことが多い。

 しかし昨今の技術力は凄まじいモノがあり、スイッチ一つで固さが変わる剣術用竹刀も作られている。

 これによって当たる寸前にスイッチを切れば当たっても痛くない。怪我をしない。

 ……まぁ、白熱した試合になればそんな余裕もなく固さを残したまま叩かれるのだが。

 現在の夕美斗はそんな危険な試合を日常的にこなしている。夕美斗はすでに身長160㎝なので大人相手でも十分に戦える体格だからだ。

 むしろ技術面が問題。今回のように別の武術の段持ちけらいじゃないと相手にならないので困っているくらい。

「では次の――あ、瞬」

 すでに体力お化けになっている夕美斗が連戦しようと相手を決めようとすると、瞬が道場の入り口に突っ立っていた。

 それも、着崩れた浴衣姿で。

「……」

「あ、もうお祭りが始まる時間か」

 今日は夕美斗の地元で小さなお祭りが行われる。

 あまりアクティブな性格ではない瞬だが、夕美斗と一緒ということで柄にもなく急いてしまったらしい。

 なので、着付けも半端なまま夕美斗の元に来てしまったというわけだ。

「お父さん。今日はこの辺りで」

「あぁ」

 夕美斗は父と他の門下生達に軽く挨拶をして更衣室に向かおうとする。

「それじゃ瞬少し待って……いや、こっちおいで」

 が、着崩れたままの瞬を放っておくわけにもいかないので一緒に連れていく。



「あれ? そういえばこの浴衣、私のお下がりか?」

「……」

「本当瞬は私のお下がりばかり……。嫌じゃないのか?」

「……」

「そうか。なら良いけど」

 無言で無表情。なのになんとなく会話が成立する二人。

 父も、母も、兄も、姉も。瞬が何を考えているのか、何がしたいかわからない。

 けれど、夕美斗はなんとなく理解ができる。

 理由はわからない。わからないが、瞬にとってそれは重要なことではない。

 自分を見てくれる夕美斗がいるのだから。わかってくれる夕美斗がいるのだから。

 その事実さえあればそれで良いのだ。

「よし。これで良いぞ。じゃあ行くか」

「……」

 着付けと着替えが終わった姉妹は家を出てお祭りに向かう。

 道中。夕美斗は前から気になっていたことを瞬に尋ねる。

「瞬は最近特に私の真似を良くするよな?」

「……」

「別に怒ってない。でも、どうせなら一緒に道場で試合とかできたらなぁって思って」

「……」

「まぁ、瞬は小さいし運動もあまりしないから。ちょっと難しいかな」

「……」

 瞬は控えめに言っておっとりとした性格だ。表情や口数の少なさからわかる通り決して積極的とは言えない。

 夕美斗がいなければ部屋の隅でボーッとしているかそのまま寝ているくらい普段から動かない子供。

 だけれど、他でもない夕美斗が一緒に武術ができたらなと、言ってしまった。

 であれば瞬は応えてしまう。

 躊躇すれば。応えなければ。二人はもう少しだけ長く。仲の良い姉妹と胸を張って言い張れたかもしれない。

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