第314話
和宮内夕美斗。彼女の実家は道場を営んでいる。
このご時世において武術は完全にスポーツとしか見られていないが、それでも和宮内家は実戦派を貫いていた。
理由は和宮内家が代々現代武術の先を求めていたから。
漠然とした目標。朦朧とした夢。そんなものが簡単に手に入るわけもなく。何回も主が変わるほど時は過ぎた。
そんな古臭いモノを抱えた道場ではあるが、潰れていないのが不思議と思われるだろう。
逆だ。そんな古臭いモノを抱えようとも実戦派だからこそ残っている。
現代医学ならば骨折程度ならばすぐに治せるし、即死でなければ刃物で斬りつけられようとも腹部を突き刺そうともなんとかなる。
流石にそこまでやるのは法律的に無理ではあるが、ともかくとして怪我などは問題じゃない。
実戦派という緊張感が。スリルが。現在の医学による安心感と、満たされ過ぎている退屈な日常に合っているのだ。
故に廃れない。
故に残る。
道場も。代々目指していた夢も。
「せい! せい!」
和宮内夕美斗。当時3才。しゃべれる言葉も増えてきたので本格的に徒手空拳から学び始める。
「夕美斗。その年にしては中々だな。筋が良いぞ」
「はい! ありがとうございます!」
「上二人は武術に対して興味を持たなかったからな。お前には期待している」
「はい! にいさんとねえさんのぶんもがんばります!」
父に寄せられる期待を、夕美斗は重荷に感じたことはない。
理不尽に父が怒ることもないし、そもそも教える時に怒鳴らない。
ちゃんとどうすれば良いか、何が良くて何が悪いのか。きちんと教え説く事ができる人間だ。
故に夕美斗は鍛練を嫌になったことはない。
むしろ彼女にとって武を学ぶことこそが一番の遊び。嫌になるわけがない。
「ん~……。やる気になるのは良いが、やり過ぎて飽きるなり体を壊すなりされても困る。今日はその辺にしておけ」
「で、ですがまだはじめたばかりで……」
「良いから休め。瞬とでも遊んでこい」
「……はい」
夕美斗は渋々ながら道場を出る。そして更衣室で汗を拭いてから着替え、一つ下の妹の元へ行く。
まだまだ夕美斗は幼く遊びたい盛りだが、生来の人の良さや早熟な面もあるので言われた通り妹の世話をしにいく。
……のだが。
「まばたきぃ~……」
「すぅ……すぅ……」
「やっぱり……」
妹がよくいる和式の空き部屋に行くと、部屋の隅で土下座をするような格好で寝ている瞬の姿があった。
「……ぅん」
寝返り……というか頭の向きを下から横に変えただけだが、露になった額にはくっきり畳の痕がついていた。
「まったく。まばたきはしかたがないな」
いつもこの部屋で勝手に一人昼寝をしていることは皆知ってる事なので、押し入れには瞬用の布団が入っている。しかもちゃんと夕美斗でも出せるように下に。
夕美斗は布団を敷き瞬を抱えて仰向けにして寝かせてやる。
「よしよし」
夕美斗は添い寝をし、瞬のお腹をぽんぽんとしてやる。
「ぁふ……」
「ふふ」
起きてる間は口を開かない妹の貴重な寝言。
言葉にすらなっていないが、それでも微笑ましくなってしまう。
(たくさんねて。おっきくなれよ~まば……たき……)
一つしか違わないのに自分よりもずっと小さい妹と添い寝をしていると、自分まで睡魔に襲われてしまう。
しばらくは頑張って起きようとしたもののすぐに一緒に寝てしまった。
活発な夕美斗と正反対にボーッとした瞬。反りが合わなそうな二人だが、この姿を見れば仲の良い姉妹だと思うだろう。
当然本人達もそう思っている。
夕美斗も。瞬も。
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