第307話
「と、父様……っ。し、失礼いたします……!」
才を一旦部屋まで連れていき、止血をするとすぐに聡一のところへ向かった。
急ぎつつも静かにドアを開け、焦りつつもできるだけ声を抑えて聡一に話しかける。
「……うるさいぞ。それに汚い格好で部屋に入るな。間抜け」
「す、すみません……」
結嶺はドアを開けっ放しにしたまま数歩下がり部屋を出て外から改めて話しかける。
才の血で汚れた結嶺を心配する素振りがないのは聡一であれば普通の事。それに関しては一切触れない。
なんだったらこの男、チラリと一瞬だけ視線を向けて不快そうな顔をして注意した後はすぐに読んでいた数百年前の魔法書へ目を戻した。
まともな関心なんてそもそも抱いていない。
「と、父様。に、兄様が大怪我を負いました。兄様の怪我を治すには家の設備では不足しています。ですから――」
「そんなことを言うためにわざわざ来たのか?」
ピシャリと遮る。視線すら向けない。
才が大怪我をしたとこで。最悪死んだところで聡一が関心も興味も示さない事はわかっていた。わかっていたけれど。諦めるわけにはいかない。
何故なら結嶺にとっては何者にも代えがたい才の命がかかっているのだから。
「ど、どうかお願いします! 兄様をお医者様のところへ! どうか!」
結嶺はドアを開けたままその場で平伏した。
齢12にして、義父にとった行動。それは土下座。
子供が。血塗れで。涙声で。懇願しながら。義理でも父親に頼み込む。痛々しく。憐れで。同情を誘う姿。
普通ならばこんな姿を見せられたら慌てて身を起こさせ、頼みを聞いてしまうだろう。
「うるさい! 気が散るだろうが!」
「……っ」
あくまで普通ならば、だ。
聡一にまともな感性があるわけがない。
都合が良いからと身寄りのない女を妻として迎え。その妻に後遺症が残る程の怪我を負わせ。病にかかっても医者に連れていこうともしない。
息子に対しても幼い頃から罵声を浴びせ、暴力を振るってきた。日波が守らねば日波と同じ姿になっていたであろうことは明白。
そんな男が今更才が死にかけてるからといって行動を起こすだろうか?
否。起こすわけがない。
死ぬなら死んでも良い。何故なら才は聡一にとって役立たずのゴミだから。
再利用する余地がない。処分する時間すらも惜しいゴミだから。
だから情で情に訴えたところで意味はない。
であればどうすべきか? ここは利を示すしかない。
「いうどおりにじまず……。なんでもいうごどぎぎまずがら……どうか……」
差し出せるものなんてない。この身すら本来既に聡一の物に等しい。
だから今更こんなことを言っても意味はない。
けれど気紛れなのか、打算なのかはわからないが、その言葉に聡一が動いた。
「……お前に人域魔法師の探索チームの訓練生にどうかと勧誘が来てる」
「え……?」
「本来ならば先に学園に通い、優秀な成績を修めて卒業してから入るところなんだが。ずば抜けた才能を持ったガキならば特例として入ることが許されてる。俺のコネでお前の情報を提供したら是非にと言われてな。そこに入って内部情報を俺に流すならあのゴミを医者に見せてやる」
「……」
国家機関ならば聡一の知らない情報を抱えている可能性は高い。訓練生とはいえ結嶺を潜り込ませる価値はある。
だが人格破綻者の聡一といえど結嶺の性格は把握している。
バカ真面目の堅物である結嶺がそんな理由で訓練生として入ったとしたら、後ろめたさで結果を残せず追い出される可能性が高い。
そもそもリークするかも怪しい。
拾ってやった恩だとか。親だからとか。そんなのが信頼の理由にはならない。現に自分は肉親をぞんざいに扱っている。その時点で如何に幼かろうと信用できるわけがない。
が、才を大事に思っているのは知っている。理解できないが恋愛感情にまで至っている可能性はある。
ならばその感情を利用する。色恋で人間がバカになることもあるのは知識として知っているから、利用する。
才の為ならば恐らく結嶺は結果を出し続けるだろう。そういった打算の元、聡一は結嶺の話に乗ってやることにした。
「は、い……わかりまし……た……」
訓練生になれば寮暮らしになる。となれば才と会える時間が減るどころか年単位で消えるだろう。
でも、結嶺に選択肢はない。才を救うには言う通りにするしかない。
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