第306話

「はぁ……はぁ……やっとついたか」

 山頂に到着し、息を整えながら腰を下ろす才。

 まだまだ体力に余裕のある結嶺は才の顔を除き込む。

「兄様……衰えましたか? まだお若いのに……」

「……誰かさんがしがみついてくるから無駄に疲れたんだよ」

「……すみませんでした」

 確かに寄りかかる勢いで抱きついていたので自分の所為なのかもしれないと思い至り、素直に謝る。

 しかし、隣に座るのであれば負担はかけないだろうと才の横へ腰を下ろす。

「……暑苦しいぞ。離れろよ」

「気のせいです」

「……」

 ジト目を向けつつも、それ以上は言わない。言っても無駄とわかっているし、何より。

(別に嫌じゃないしな)

 人の温もり。それも家族の温かさは心を落ち着けてくれる。

 あんな家で暮らしている中での唯一安らぐ一時。

 本気の拒絶なんてするわけがない。手放せるわけがないのだ。

 二人ともわかってる。拒絶の言葉も。からかいの言葉も。意味なんてない空虚なモノで。二人でいることに意味があって。何気ないやり取りが心地良いのだ。

 だから、会話に意味なんて要らなかった。なのに、結嶺は聞いてしまった。

「……兄様。兄様は本当に魔法を使えないのでしょうか?」

「……っ」

 肩越しに伝わる動揺と硬直。

 結嶺は内心しまったと呟く。

 だけれど、一度発してしまった言葉は覆せない。子供故に誤魔化そうと、続けてしまう。連ねてしまう。

 ここで話を切れば良かったのに。

 そうすれば、もう少し一緒にいれたかもしれないのに。

「あ、え、えと……。も、もしかしたら昔は無理でも今ならできるんじゃって! 思って……」

「……」

 結嶺は才の肩に触れ、思いきって尋ねてみた。

「試して……みませんか?」

「……わかった」

 その山の山頂は小さな野原のような吹き晒しになっていて、この時の風はいつもより冷たく感じた。



「じゃあ、やってみるぞ」

「は、はい」

 才は魔法を使おうとマナを込める。

 この場には結嶺と才だけで、あのときよりもずっとリラックスして臨める。

 どんどん。どんどん高まるマナ。

 何故だろうか。手足が痺れてきた。これはもしかして魔法が発動する予兆?

 そう勘違いした才はさらにマナを込め――。

「……ぁ――」

「ひゃ――」


 ――ブチッ


 何かが切れる音が聞こえた瞬間。音もなく結嶺の目の前が焦土に変わった。

 恐らく。爆破が起こったのだろう。

 だが爆風は起こらず。山の上故に人的被害も起こらず。ただ、景色が変わった。

「す、すごいすごい! すごいです兄様! こんな規模の魔法私にはできません! やはり兄様はすごいんです! 天才です!」

 失言の後悔は消え、結嶺は昂る心臓を抑えきれずにその場でピョンピョン跳び跳ねる。

「兄様! これからは私と一緒に魔法の勉強を――」

 興奮で気づかなかった。その惨状に。

「にい……さ……ま……?」

「……」

 手足。それから鼻や目の細かい血管は漏れ無く破裂し、気を失い、血を垂れ流しながらピクリとも動かない才の姿。

 その姿を見て昔読まされた教材の内容を思い出す。

「こ……れ……マナの暴……発……?」

 滅多に起こらない現象。基本的に人体は保有するマナに耐えられるようにできている。

 しかし、希にだが過度な魔法の行使、マナの放出によって人体が破壊されることがある。

 人の域を超えた膨大なマナがないと起こらない現象それは、才能の現れだ。

 だが、現代医学で破壊しない強靭な肉体を作れない今では、ただの欠陥。

 才は天才でありながら、欠陥を抱えて生まれた人間だったのだ。

「兄様!」

 結嶺は才の境遇を頭の隅に追いやる。今はそんなことを考えてる場合じゃないからだ。

 目の前の焦土に血という潤いを与え続ける兄を早く治療しなくてはならない。

 でなければ、出血多量で死んでしまう。

「私が……っ。私がこんなことさせたばかりに……っ!」

 涙を流しながら才を抱える結嶺。

 人域魔法で身体強化を施し山を降りていく。

「ごめんなさい……っ。ごめんなさい兄様……!」

 何度も。何度も謝る。

 だが結嶺の謝罪が才の耳に入ることはなかった。

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