第305話
天良寺家に引き取られて、穏やかな日々を延々と過ごすなんて出来るわけがない。
(やった! またあたらしいまほうつかえるように――)
「ほう……。もう魔法が使えるのか」
「!?」
才を驚かせるために一人で練習をしていると、結嶺を教育するために色々と手を回していた聡一に見つかってしまう。
「来い。何ができるか見せてみろ」
「は、はい……」
結嶺は聡一に連れてかれ、それからしばらく才と会えなくなってしまった。
「おひさしぶりです! にいさま!」
「……あぁ」
実に半年振り。共に過ごしたよりも長い間離れていたが、結嶺は才を慕ったままだ。
むしろ、離れていた分を埋めようと必死になっている。
「にいさま……あの……だっこ……よろしいですか?」
「……うん」
「や、やった……っ」
「ぅぐ」
首に手を回し、飛び付く結嶺。
一つしか年齢が違わないので体格に差がほとんどない為によろめく才。
だが足を広げプルプルさせながらも決して落とさない。
「にいさまぁ~……」
「……」
余程寂しかったのか、肩に顔を埋めて腕にも力を込めている。
才の方は抱えるのに必死でそれどころではないけれど、パッと見結嶺はケガなどはしておらず。聡一の癇癪の被害にあってなさそうだったので倒れそうにながらも安堵する。
それからも、時間があれば結嶺は必ず才の元へ向かった。
どんなに辛い日々を過ごそうとも。才に会うだけでまた頑張ることができた。
こういう言い方をしていると察することができるだろう。
やはり聡一の教育は才能ある結嶺であろうと大差はなかった。
ただ、望む結果を出すために殴られないだけで。魔法を向けられないだけで。誉められないどころか罵詈雑言は呼吸をするかのように飛んでくる。
いやそれだけならば良い。むしろ機嫌が良い時の方が結嶺にとっては辛かった。
理由は単純。機嫌が良いときに飛んでくるのは結嶺にではなく。才や日波への罵倒だからだ。
自分ならまだ良い。だけど敬愛する二人の悪口なんて聞きたくない。
でも、口答えしようものなら不機嫌になるだけ。もしかしたら二人の元へ行って危害を加える可能性もある。
そう考えたら下手なことはできない。耐えるしか選択肢はない。
そんな聡一からの教育と罵詈雑言を聞かされる日々が続き、気づけば結嶺は12才になっていた。
「……どうした?」
「え?」
天良寺が保有する山の中を散歩していると、才は結嶺の様子がおかしいことに気づく。
「顔が暗い。いつもだけど」
しまった。と、内心呟く結嶺。
ついさっきも聡一の口から才への罵倒を聞かされたので気分が沈んでいたのだ。
結嶺は心の中でせっかくの才と二人きりでの散歩なのに、暗いままではいけないと必死に気持ちを立て直す。
「……私いつもそんな陰気に見えますか?」
「比較的?」
「なにと比較してるんですか……」
「小さい頃のお前」
「あぁ~……」
軽口の言い合いのつもりがすぐに納得させられてしまった。
確かに教育を受けてからはネガティブな気持ちの時間か多いかもしれない。
「あの時は可愛かったのにな」
「え」
ギョッとする結嶺。
才のこの言い方だとまるでもう可愛い妹でなくなったような。
そう思うと結嶺はいてもたってもいられず、才を問いただす。
「に、に、に、に、にに、ににに、兄様!? も、もう私はいらない子ですか!? わ、わた、私もう用済みですか!?」
「……なんのこっちゃわかんないけど。たぶん被害妄想だ落ち着けバカ」
冷めた目で結嶺を見る才。
齢13にしてすでに
「あ、あの……それじゃあ私はまだ妹でいても良いんですか……?」
「いやだからなんの話だよ……。もう何年も俺の妹だろうがよ……」
冷めた目の次はわけのわからないことを言う珍獣を見る目に。
しかし結嶺は思い過ごしと気づくと才の元へ駆け寄っていく。
そして才の腕にしがみつく。
「に、兄様! お手を拝借!」
「手っていうか腕なんだが? てか歩きづらいんだけど」
「細かいことは気にせずに」
「いや歩きづらいから離れろ?」
「細かいことは気にせずに!」
「いや……あのな?」
「可愛い妹と腕を組んでるのですからそんな顔なさらず喜びましょ? 可愛い妹と!」
「圧をかけるな圧を……」
(っていうかもしかしてこいつ。昔は可愛かったってのを気にしてるの……か?)
「うわめんどくせ」
「手のかかる子ほど可愛いと言いますので!」
「……さいですか」
才は諦めて結嶺の好きなようにさせる。
されるがままになると結嶺も満足そうな表情を浮かべる。
何年経とうと、思春期に差し掛かろうと、閉鎖されたこの家では変化も少なく。結嶺の気持ちはまったく変わらないし、本人も
(ふふ。辛いこともあるけど。兄様とこうして過ごせる日があるなら……ちょっとは良いかなって思えるかも)
だが、結嶺は知らなかった。この後の出来事が原因で数ヵ月どころか、数年という単位で才と会えなくなるということを。
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