第284話

「では今日もお願いします」

「あ、うん。もちろん良いんだけど……それ……」

 いつも通りコロナを預けに来ると、瓶津知先生にいぶかしげに見られた。

 うん。気持ちはわかりますよ。ええ。

「あぐぅ~」

 釣られた魚のごとく。はたまた噛みついたスッポンのごとく。俺の手をくわえて離れない幼女がいればそりゃあ誰だってそんな目になりますわな。ここに来る間も大体の人間がそんな目で見てたよ。

 くわえてるだけじゃなくそのまま引きずって来たからもっと酷い好奇と嫌悪の目だったけど。

 俺が自分からコロナの口に手を突っ込んで引きずってたわけじゃないのに。なにも知らないくせに酷いヤツらだ。

 つかいつまでくわえてんだよもう学校だよ離せ。

「……」

「……」

「……おい」

「……ん」

 ちょっと圧をかけたら離した。

 やっぱりこいつそのあたりは感じ取れるんだな。

 最初からか成長したから得たモノかはわからないけど。

 ま、今度から言うこと聞かない時は圧かけよう。

 ……にしても。案の定っていうかなんていうか。当然と言うか必然と言うか。手がまたべちょべちょだ。

 はぁ……。ハンカチはあるけど、こいつのよだれって糖質が含まれてるのか粘り気があって拭いてもちょっとペタペタするんだよな……。

 だから手を洗わなきゃいけない。

 ちなみにハンカチもペタつくので普段用のハンカチとコロナ用のハンカチの二つを常備している。

 こいつのお口は行儀が悪いからな。今みたく。なのでコロナのよだれを拭く用のが必要なのである。

 付け加えるとこいつ関連全部このハンカチでやってるからよくこいつ自身が自分のよだれまみれのハンカチで顔とか拭かれてるわけで。まさに因果応報。

 ……本人は汚れとかそういうの気にしないから大した意味はないんだけどな。

「それじゃ改めて昼までお願いします」

「はい。いってらっしゃい」

「にゃーにゃー……」

 最後の最後でしおらしく手を振るコロナ。あざといな。

 できれば普段から終始そのあざとムーブでいてほしいわ。パッと見大人しそうだから。

 ……無理な相談なのはわかってるがね。



「……」

 なぜだろうか。教室に入ってからというもの。クラスメイトの視線が痛い。

 もう子供の姿じゃないのになぜ――。

「はぁ……。やっぱ現実リアルって残酷だよね……」

 なんか感傷的センチになってる伊鶴バカがわざとらしく呟いてやがる。

「なんだよ。なんの話?」

「ぷりちーな女装ショタがいなくなって癒しが一つ減ったって話。だからクラスの空気が悪いの~」

「――」

 驚愕の事実。俺は癒し枠だった。

「ってちょっと待て。それはないだろ? 仮に事実だとしてもそもそもちっさいほうが異常だから結果プラマイゼロ――」

「上げて落とされると人間ダメージ大きくなるもんなの!」

「え~……」

 落差で痛みが増すのは真理だけども。

 まず俺に癒しを求めるのが間違ってるって話をしような?

「わかったらはよショタに戻れ」

「俺に時間を操る力はない」

「今すぐA組行ってちっちゃくなってきなさい!」

「やだよ。てかなんで説教口調なんだよ」

「ワガママ言うんじゃありません!」

「ワガママはお前だおバカ」

「いった!?」

 例のごとく見かねた多美が伊鶴の頭をひっぱだく。俺もワガママを言わせてもらえるならもう少し早く止めてほしかったかな。

「……ん?」

 聞き分けの悪い伊鶴が多美から追加の制裁が始まるとほぼ同時に袖を引っ張る大和撫子――もといカナラ。

 なんだよ。お前もなんか用事ですか? 

「……行かへん?」

「行かへん」

 御伽のとこってことだろ? 行くわけねぇだろバカ野郎。

 またお前日襲われるなんてごめん被るわ。

「そっかぁ~……」

 そんな残念そうな顔してもダメ。だって俺にメリットないからな。諦めろ。



 今思い返すと。不思議なことにカナラへの対応があっさりしてた気がする。

 普段なら嗜虐心が顔を出して軽くいじめてたはずなのに。

 

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