第269話

 無事食事を終えたらあとは帰るだけ。

 さぁカナラよ。俺を我が家まで運べ。

「……坊。ちょっと寄り道しよか?」

 なんでやねん。はよ帰ろうや。

 お前はこのあとも授業なんだからそんな暇ないでしょうに。いったいどこに行くんだよ。

「ふぅ~……」

 周りに気配がないのを確認すると桃色の煙を吐き出しやがった。もう寄り道は決定なんですね。不良め。

「あら~不思議な煙さんやね~。でも怖ないからねぇ~。大丈夫大丈夫」

 煙はな? 怖いのはお前の言動だもの。

 というか別に俺一度もグズってないのにあやすんじゃないよ。恥ずかしい。

 俺は別にバブバブしたい人じゃないんですぅ~。ばぶぅ。

 ……つーか俺をお前ん家に連れてってなにするつもりなんだろ? 嫌な予感しかしないんだけど? 杞憂に終わってくれっていうのは都合が良すぎるでしょうか? お?



「こほん。じゃあ時間もないことやし……失礼しまして」

 屋敷内のカナラの部屋にて真正面に座らされ、カナラはごろんと仰向けに寝転んできた。

 表情から躊躇いと緊張が見えるけど……マジでなにするつもりなのお前?

「すぅ~……はぁ~……。あぶぅ♪ ばぶばぶぅ♪ 稚児ややこやよぉ♪ 坊なでなでしてやぁ~♪」

「!?」

 い、嫌な予感は的中っ。ただ思ってたのより斜めどころか真上を来やがったね!

 こ、この野郎。まさかバブって来やがるとは……。思いもよらなかった!

 普段甘やかしたい尽くしたいってヤツだから予想なんてできるわけもなく。母性だけじゃなくそっちの気まであったかっていうのが大きくてもうどうしようもなくパニック。

 ただそんなパニック状態でも一個だけ確実にわかってることはある。

 こいつぁ地獄絵図だぜ……っ!

「はれ? 坊なでなでしてくれへんの……? このあと離れ離れなるん寂しいんよ……。慰めてぇ~?」

 え、そういう理由で甘えてきてんの?

 気持ちはわからなくもないけどだからって……。時と場合と手段を選ぼうぜ?

 それともあれなのかな? こいつ、病んでんのかな?

「ぁぅ……。やっぱり言葉わからんのかなぁ? せやから恥ずかしゅうてもばぶばぶ言ったのに……。こ、困ったなぁ~……。離れんのも嫌やけど授業出んとあかんし……。でもでも。このまま行っても耐えられる気せぇへんし……。いっそ私も帰ろかな……」

 あ~……それで恥をかなぐり捨てた行為に及んでたのねお前……。頭狂ったのかと思ったわ。いや、狂ってることに変わりないと思うけれども。

 おっと。それよりもこのままモタモタしているわけにもいかない。このまま放置してたらカナラはサボりかねない。

 普段ならともかくとして、今の状況だと正直こいつから逃れていられる時間は貴重だからできれば授業には出てほしい。俺に自由を。

 と、いうことで。お前のプレイに付き合ってやるよ。このこじらせ処女め。

 ほれ。なでなで。

「はぁん……。坊、言葉通じひんくてもわかってくれたんやねっ」

 いやまぁそもそもわかってるし。こうしなくちゃさらに面倒になりかねないってこともわかってますし。

「はぁ~……。ちぃちゃいおててで撫でられるの……ええわぁ~……。可愛い……。もっと甘えたいなぁ~……」

 これ以上ですか? 膝枕と撫でるの以上になにがあるの? お前はガキになに求めてるんですか?

 いや、やっぱ答えなくて良い。怖いから一生その胸に秘めといてくれお願いします。

 つーかはよ満足してさっさとお部屋に帰して。な? ほら。はよ。ね~?

「あぶっ。坊そないほっぺもちゃもちゃしたらあかんよ~♪ うへぇ♪」

 俺の気持ちをどうにか訴えかけようと適当に顔面こね回したら意図せず喜ばせてしまった。

 いや、今のこいつならなにやっても喜びそうだけども。元々なんでも受け入れてる都合の良い女だったし。

 ……今はむしろうっとうしくなってるけどな。

「ほんま幸せ……。これほんっまに癖になりそ……。もう時間あらへんのにずっとこうしてたいわぁ~……」

 バカ言ってんじゃねぇよバカ。わかってんならさっさと行けバカ。俺だって早く帰りたいんだよバカ。

「で、でももうちょっとだけ……ば、ばぶばぶぅ~」

 もうちょっとだけ~ってのは誰しも思うことはあるだろうし理解できるけどせめてバブるのはやめてくれ頼むから!

 俺は別にお前が幼児退行するとこなんて見たくないんだよ……!

 ましてそれに甘えられるとか。特殊性癖でない限り受け入れられねぇからな!

 それを差し引いても可愛いのは認めてやるけど!

「あぁん。坊。赤ちゃんが甘えたらぎょうさんなでなでせんとあかんのよ?」

 誰が赤ちゃんだよ。たった数分で調子こいてんじゃねぇぞテメェ。

 お前マジで俺がちっこくなってからどうかしてっからな? 自覚ありますか~? 自覚してないことは罪だぞ!?

「坊が撫でてくれへんと頑張れへんのぉ~。せやからなでなでして? ね? ばぶばぶ――」

「気配がしたので立ち寄ってみましたが、煙魔様こちらにいらしていたのですね。そろそろお時間かと思――」

「ぅ~……」

 幾度目かの赤ちゃんムーブかましたところで雪日が部屋に入ってきた。まさにベストタイミング。

「なに……を……しておられるんでしょうか?」

「……」

 雪日からしたら(認めたくないが)女児に赤子のごとく甘えるカナラの図。

 カナラからしたら妹のように? 娘のように? 可愛がっていたヤツにはしたない姿を見られてしまった図。

 言わずもがな地獄みてぇな沈黙が訪れたよ。

 だが言わせてもらおう。カナラに延々ばぶばぶされるよか今のがマシだわ。

「とにかくお時間なので……行きます……か?」

「……はい」

 状況を理解せずとも空気を読んだのか、カナラに学園へ戻るよう促す雪日。

 チラチラ俺を見てるけどたぶん正体に気づいてないな?

 ……これバレたら絶対斬りかかってくるよな?

 雪日の目が離れるまで女の子っぽくしていようかしら? きゃるーん。

「……ぉぇ。気持ち悪い子供」

 おい。今カナラに聞こえないように言っただろうが俺には聞こえたぞ。

 お前本当は俺に気づいてんじゃねぇのか? おぉん?

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