第248話
バトルパート
天良寺才&ロゥテシア
VS
天良寺結嶺
「……」
「……なんだその顔」
安全エリアから動こうとしない才を不思議そうに見つめる結嶺と、その様子を訝しむ才。お互いがお互いに疑問を抱いている。
才は気付いてないようだが、似たような顔をしている。さすが兄妹。
「いえ、兄さ……んは契約者の方と共闘なさらないのかなって」
なるほどと納得。さっきから自分で戦うのも多かったからそう思ってしまったんだろうな。と、同時に先日のあれこれを思い出して才は結嶺に尋ねる。
「そんなに俺を殴りたいでございますか?」
「日本語おかしくなっておられますよ?」
冷静なツッコミ。しかし答えになってないので適当に話を繋げてみる。
「契約者に戦ってもらうのが普通だろ?」
「同じクラスの方々は自分の身でも戦ってましたよ?」
「もう一度聞くけどそんなに俺を殴りたいですか?」
「妹に敬語はやめてください。そもそも他意はないですし。疑問に思っただけです」
「……別に。俺もちょっと前はあいつらと同じだったけど、理由があってできなくなったんだよ。だからお前の相手はロッテだけ」
「そうですか……ちょっと残念です」
なんというか、自然な会話。
名字が同じだしもしかしてと観客は思っていたが、結嶺の才への呼び方もあって兄妹なんだなと理解する。
人域魔法師というエリート街道を歩く妹に召喚魔法師という恥知らずの道を歩く兄……と、先の戦いがなければそう思われていただろう。
だけれど、今観客は別の事を思っているだろう。
兄と妹であんな激闘が起こるとしたら、なんて残酷なんだろうと。
しかし、観客に反して結嶺は兄と戦うのを楽しみにしていた。
それはそうだろう。わざわざ約束まで取り付けたのだから。
ただ、やはり。望んだ展開かと言われると否と唱える他ない。
(兄様自身の力を体感したかったけど……。兄様に戦う気がないのだから仕方ない。従来の召喚魔法師としての実力を見せていただきます。貴方のマナと契約者の力を)
結嶺は膝を膝を曲げ、マナを込める。全身の至るところから雷が迸り準備万端だ。
「そちらの準備はよろしいですか?」
「だとさロッテ。良いか?」
「わざわざ断らんでも良いんだがな。儂らにとって奇襲をかけるもかけられるも日常だからな」
「そうですか。では早速――」
結嶺は一閃の光となってロゥテシアを貫かんと速攻を仕掛ける。
音速に一歩届かぬ速度だが、大概の生物は反応すらできないだろう。
もちろん結嶺は本気ではない。これは様子見の段階。まだまだ結嶺は速く動ける。
が、様子見だとしても速度勝負を仕掛けるには相手が悪すぎた。
「ほう……これは中々……」
「……!?」
スピードに乗った拳は軽々と受け止められた。
そして結嶺は手から伝わるロゥテシアの存在の密度を肌で感じ冷や汗をかく。
(み、見た目は人間なのにこの手応え……違和感しかない……っ。地面を殴ってるような無意味さを生き物から感じるなんて……。だ、ダメ! 離れないと殺されかねない!)
結嶺は四歩下がる。退いた結嶺をロゥテシアは追わない。大人の余裕というものだ。
結嶺もそれはなんとなくわかっているのであまえる事にする。
(さすが兄様の契約者……。上から目線の様子見の先手なんてするんじゃなかった……。完全にあっちのが格上ってことをわからされた……っ。今も余裕たっぷりでこっちに先手どころか次も譲ってくれてる……)
意図的でないにしろ、最初の接触で格付けを済ませたロゥテシア。結嶺は既に敗北を悟った。
(私じゃ力不足だ……。兄様の力を見せつける前に終わってしまいそう。……ううん。最初から兄様に見せてもらうなんて考えがダメだったんだ。兄様のが私なんかよりずっとすごいんだから。だから、考えを改めよう)
「すぅ……はぁ……」)
深呼吸一つしてから結嶺は目を閉じて集中する。
(ほう? 気を張り出したな。今のですら流石才の妹と誉めたいところなのにまだまだ底が深そうだな)
(うわ~。あいつバカみたいにマナ高めてるぅ~。なにする気だよもう……)
隙だらけだが、ロゥテシアは動かない。才も許してる。結嶺はそれらをわかって大いに甘える。
自分を格下と認め、相手の器の広さを理解しているからこその愚行。
(口で言わずともわかってくださってる。待ってくださってる。私がこれから全身全霊を込めて戦うことを理解してくださってる)
結嶺は歓喜に震える。敬愛する兄が自分を理解してくれているから。そして同時に兄に応えなくてはと義務感も生まれる。
(兄様を見せなきゃとか。この目で見たいとか。そんな考えは捨てさせていただきます。私が貴方に私を見せようと思います。ついさっきまた一つ成長した私を)
全身に纏わせる雷電は、脳から発せられる信号は末端まで直接繋げた。これによって結嶺の反応も反射も人間の域を超える。
さらに電気信号の精密な操作は筋肉の弛緩と緊張も自在に行い、瞬発力を底上げする。
人域魔法で空気からの反動もケアし、結嶺の準備は整う。
「お待たせしました……では、もう一度行かせてもらいます」
「だから断りはいらんと言っているだろう?」
「そうでしたね――」
――パァン
「――つい」
「ふふ。見違えるほど速くなったな」
会話の途中で結嶺は姿を消し、ロゥテシアへ接近していた。
これまたあっさりと受け止められてしまうが、まるできさらを彷彿とさせる速度に観客は驚く。瞬間移動が使える人間が他にもいるのか、と。
ただ、結嶺ときさらは根本的に違う部分がある。
きさらは空間を歪曲させて距離そのものをショートカットしている。故にマナの消費は激しくも肉体的負荷は少ない。
そして結嶺の方は単純に自分の速度を上げているに過ぎない。肉体的負荷で言えば運動量が増えているだけの結嶺の方が圧倒的に重い。さらにマナの消費も肉体の強化だけならば燃費が良いのだが、音速を超える為に衝撃の緩和をしなくてはならない。その分を加えるとマナの消費もきさらと同じかそれ以上になってしまう。なんなら、速度だってまだ本気のきさらのが速い。
が、それは今までの結嶺ならばの話。
「……!」
返す刀で空いた方の手でロゥテシアの顔面へ二撃目を放つ。
やはりこれも恐ろしく速い。
(ん~……。残念ながらこのくらいならさっきと大差がな――)
――ニヤッ
(!?)
ロゥテシアは頭を拳の軌道からズラした。拳に反応して行ったわけじゃない。結嶺の笑顔が目に入り、直感が警鐘を鳴らしたからだ。
ロゥテシアの並外れた野生の勘は正しかった。
「避けられちゃいましたか……」
「いや……避けきれなかった」
結嶺の拳は、ロゥテシアの頬を掠めていた。
(見えなかった……。儂の目でも見えない打撃……か)
ロゥテシアは群れの長のような。母親のような。それに近い感覚で結嶺の相手をしていた。
才の妹なのだし、力量を見てもそのくらいじゃないと殺してしまうからだ。
しかし今の一打はロゥテシアにほんの少しだけ。ほんの僅かに。細やかな危機感を抱かせ、回避に至らしめた。
なので。
(少しばかり……気を引き締めるか)
ロゥテシアもちょっとだけ結嶺をいじめる事にした。獣の母が子供をしつける程度の厳しさを持って。
(……やる気になっちゃったか。まぁ、殺さないなら好きにして良いんだけどな)
才もロゥテシアの変化に気づき、マナの供給を増やす。
(にしても……結嶺のヤツまで使えるのか)
顔には出していないが、結嶺の行った事には才も驚いている。
だからこそロゥテシアに応えた。
ロゥテシアに余裕を持たせなきゃ危うく結嶺を傷つけてしまうと思ったからだ。
(結嶺にあのピンク頭が使えるってことは……ふむ。良い機会だし俺たちも参考にさせてもらおうかロッテ。お前もちょっと見りゃできるようになるだろうしな。似たようなことはもうやってるし)
結嶺の見せた力は十二分に才の興味を惹き付けた。
しかし、当の本人は未だ満足していない。
(話に聞いただけじゃ再現できなかったけど。さっき見たお陰でなんとか使えた。……でも、ぶっつけだったし馴染んでないのがわかるのが嫌ですね。だから)
「もう一度……!」
結嶺は今度は後ろ回し蹴りをロゥテシアの腹部に向かって放つ。
こんな大振りなモーション。ロゥテシアならば容易く避けられるだろう。
(……丁度良い。マナの余裕もあるし、ここは敢えて見に回ろう)
ロゥテシアはマナを巡らせ一応防御力だけは上げておく。
得体の知れないモノに対する警戒心を外さないあたりは流石獣だ。
結嶺はロゥテシアならばギリギリで避けようとするだろうと踏み、そのまま蹴りに新たに得た魔法を使う。
(さっきみたいに……こんな……感じで……。空間を歪める!)
結嶺は先程きさらがやったように空間を歪めた。三ヶ所に空間短縮地点を置き、不規則な加速を生む。
「……っ」
結嶺の足はロゥテシアの腹部を捉え、ロゥテシアは顔が歪めた。
「……」
ロゥテシアは蹴りで顔を歪めたのではない。不可解で段差的な加速を三度行った蹴りだったから思案顔になってしまったのだ。
(まるで一瞬消えたと錯覚する程の加速……か。儂のに似てるな)
半分は観察で、半分は直感で結嶺の能力をなんとなく把握するロゥテシア。
(やっぱ高密度のマナは空間に影響するんだな。めちゃくちゃな量をデタラメに圧縮して乱気流みてぇな影と違って練習すれば誰にもできそう。あれ、基本的に対角線から中心に向かう二つのベクトルしかないし)
才の方はきっちり理解した模様。
たった一度画面越しに真似され、二度直に見ただけで空間の短縮を丸裸にされてはきさらも報われない。酷い兄妹である。
(よし! 今のところ結嶺から学べることはたぶんもうないな! やっちまえロッテ!)
酷い兄である。
(一応当たったけど……。たぶんわざと。顔歪めてたけど、手応え的にダメージはない。あっても微小)
ファーストヒットは取ったものの、油断は微塵もない結嶺。相手を格上と断じてるだけある。
(この防御力がもしも兄様のマナによるものなら……。やっぱりあの日見た兄様の才能が完全に開花なされたってこと……だよね)
結嶺は遠い記憶を少しだけ呼び起こす。
天良寺家は魔法師の名家である。いや、だった。
かつては誰もが知る魔法師の名門だったが、今では少し広い土地を持つだけの小金持ちという印象しか近隣に持たれていない。
少し広い土地の中には小さいが山も含まれている。
才は幼い頃山の中で魔法の練習を一度だけした事があった。
結嶺は当時から父親からの教育が厳しく、自由な時間はほとんど取れなかった。
しかし、たまたま父親の所用で自由な時間が取れたので山へ入る才の後を追いかけていった。
山の中で魔法の練習をしていた才を見つけた結嶺は邪魔をしないよう茂みに隠れた。
少しの間眺めていたが何も起きない。
当然だ。才に魔法の才能がないから結嶺が代わりに教育を受けているのだから。
もし才に魔法の才能が使あったら、正直あの父親にとって結嶺の存在価値は消えるだろう。
もし才に才能があれば……出会う事もなかっただろう。
だから、結嶺は正直安堵した。才が魔法を使えなくて、顔を伏せて安堵した。
しかし、安堵も束の間。突如大爆発が起こった。
目を戻すと才のいた場所から正面は燃え尽きていた。
燃え広がれないほど草木は焦げてしまった。一瞬で。一度の魔法で。
結嶺は悲しくなった。でも、同時に嬉しくなった。兄に才能があって。自分に価値はなくなったけど。これからは魔法師としての人生を歩むんだと。そう思った。
だが結嶺の思いは無意と帰す。
当時からマナの通り道であるラビリンスが脆い才は魔法に耐えきれずマナの暴発が起こり、四肢や目などの毛細血管が破裂してしまっていた。
その時。結嶺はわかってしまった。
才能がないわけじゃない。才能に耐えきれないんだと。
結嶺は悲しくなった。同時に嬉しくなった。
才が魔法をまともに使えないのは確かに悲しい。でもこれでまだ兄の傍にいる事ができる。いけないとわかっていても。
この時抱いた感情と、才の起こした事件の真相は結嶺の胸の内にしまわれる。
山火事は原因不明の事故とされ、才のマナの暴発は山火事に巻き込まれたと処理される。
時を越え、かつて抱いたこの矛盾した気持ちがまた、今の結嶺の中を巡る。
「……ふっ!」
「おっと」
回避に徹していたロゥテシア。完全に空間短縮に慣れてしまった。
最早結嶺の攻撃はかする事さえできない。
「そろそろ反撃なさっては如何ですか?」
それなのに……いや、だからこそ。結嶺はロゥテシアに攻めるよう促す。
これは試合。結嶺ばかり攻撃していてはこのままではただ自分が甘えさせてもらってるだけで申し訳ないと思ったのだ。
「……そうだな」
少し迷ったが、ロゥテシアは結嶺に応じ、手を出す事に。
(儂も試したかったし、な)
「では行こう」
大振りの筋力任せの打撃。しかし人間とは次元の異なる筋肉の質。速度は人域魔法師を遥かに凌駕する。
「……!? う、あ……」
加えて、結嶺同様の不可解な加速。空間歪曲による距離の短縮を織り混ぜた打撃は軽々と結嶺を壁際まで吹っ飛ばす。
(重……っ。それに、この人もできるんだ……)
(痛がっている……。加減を間違えてしまったか……)
ガードした腕が痺れる。ロゥテシアも加減していたつもりだが空間短縮は思ったよりも威力を上げてしまうらしい。
(次のは……まぁ大丈夫だろ)
「!?」
ロゥテシアは結嶺の所まで距離を短縮させて肉薄。熊の手(犬の手?)に指を曲げた手を下から突き上げる。
(避け……いや、逃げなきゃ!)
結嶺は雷電を纏い、空間短縮を用いながら宙へ退避。ロゥテシアから逃れる。
(……なんともなんとも。申し訳がないなぁ~)
「わわ!?」
ロゥテシアは結嶺の後を追い、宙を駆け上がった。結嶺の宙を駆ける時に使っている人域魔法も真似たのだ。
「おう! これ便利だな!」
(こ、この感じからして……見ただけで覚えたの? ほ、本当にとんでもない人……)
元々人域魔法への適正はあった。ロゥテシアに限らず、才と才の契約者は常時マナを使って肉体を自然に強化している。
であれば、マナを使ったあらゆる技術は彼女達にとってはやり方さえわかれば習得など造作もない。
結嶺という存在が。人域魔法師という存在が。ロゥテシアをさらに強くする。
(さっき私はきさらさんのお陰で強くなったけど。この人は私で学び、強くなる……。元々勝てない相手だったのに自分より弱い私から学んでさらに差をつけるなんて……。結構酷い事をしますね……)
内心驚きつつも、そこに悲観はない。凄い相手ならばそれだけ嬉しさは増す。契約者の力は兄の力。ならば強い事に喜びこそすれ悲観する事などない。
(むしろ、モチベが上がります。私を見て強くなるというなら、私はなおさら全てを見せなくちゃですからね)
結嶺が見せたもの全てが力となるなら喜んで差し出そう。
(とはいえ、私に見せられるものは少ないんですけどね……っ)
結嶺は再び歪曲させる。加速する。演習場内を縦横無尽に駆け回る。
(鬼ごっこ……か。戦う。勝つ。倒す。狩る。殺す。そういった気概をまったく感じないからどういう意図で鬼ごっこを始めたのかはわからないな。まぁ、付き合うんだが)
ロゥテシアは結嶺以上の速度で結嶺の通った軌跡を追い、あっさりと追い付いた。
(さすが。わざわざ私と同じ経路を辿るあたりまだまだ余裕なんですね。では次はどうでしょう?)
結嶺はまた同じように加速。ロゥテシアは後を追う。
これだけでは先程と同じ。もちろんこれで終わるわけもなく、結嶺はここから魔法を重ねていく。
「ん……?」
ロゥテシアはピッタリ後を付いていたが軌道を変える。なんとなく嫌な予感がしたからだ。
当然ながら、その予感は正しい。
(罠をはってもバレたら意味ないですね)
結嶺は自分の通った付近に物体が通ると爆発する魔法を仕掛けていた。
人域魔法による設置型の罠は正直マイナー。理由は単純に消費するマナ量に比べ威力が低いから。そして数秒で効果が消えてしまうからだ。
結嶺のマナ量と彼女達のような高速の世界でなければほとんど使えたものじゃない。
が、もし仮にロゥテシアに罠への嗅覚がなければ爆破は直撃。ダメージはなくとも一瞬のラグは生まれてしまっただろう。
そう。場面を選べば有効な手段なのだ。だから例えマイナーな魔法でも結嶺は使う。
過度な先入観を持たぬ事。これが結嶺をNo.1に至らしめるモノの一つ。
マナの量や魔法の才能は言わずもがな。勤勉さ。真面目さ。柔軟な発想に吸収力。きさらとは違った面で結嶺もまた才覚に恵まれている。
強いて足りないモノがあるとすれば闘争心だろうか。勝ちたいという気持ちが彼女は薄い。
薄いのだが、必要があるから勝てる試合では勝つし。接戦と予測される場面でも勝ちに行く姿勢はあるし、実際に勝ってきた。故に同年代で最強と謳われている。
勝利への渇望も戦いへの闘争心もなく。ただ兄の代わりとして存在しているのだから。自分は優秀でなくてはならない。そう言い聞かせて来た結果である。
(今度は罠ではなく私の後ろから拡散させるように)
しかし、今はおまけで手にして来た勝利も。たとえ闘争心を剥き出しにしたところで取れない状況。
(次は空気中の水分を利用して水の塊を生成。電気を網状にして行く手を阻む)
結嶺の何度も形を妨害は尽く突破されている。それなのに、結嶺は今までで一番生き生きとしていた。
勝ちなんて最初からどうでもいい。自分の全てが通じないのもなんて事ない。兄の糧となるならば本望なのだから。
故に結嶺はただ己の思い付く戦術を垂れ流しにして行く。
(追いかけっこも……そろそろ限界ですね……)
あらゆるバリエーションで追ってくるロゥテシアを妨害した。
だが一切通じる事はなく。結嶺の体力が先に限界に来てしまった。
(や、やっぱり数をやるとそれなりですね……)
本来罠とは機を待って行うもの。それをただ思い付くままに燃費無視でやっていたら疲弊するのは必然。
(なので、次辺りで最後にしましょう)
「……っ」
「ん?」
結嶺は身を翻し、ロゥテシアへ突っ込む。
(かなり疲れているように見えるが……構わず突っ込んでくる。いや、体力の限界故の行動か? 最後は真正面からというやつか)
あながち間違いではない。が、結嶺が策のない玉砕を選ぶ事はない。
(ここで……切る)
「!?」
突進の途中。結嶺は空中にいるにも関わらず人域魔法を解く。当然ながら結嶺の体は下に向かって落ちていく。
(何を考えているんだあの子は!?)
ロゥテシアは慌てて結嶺の保護に向かう。
「ふぅ……。間に合った……」
割りと余裕を持って結嶺を空中でキャッチしたのだが、相手が相手だけに安堵の言葉を漏らす。
ロゥテシアにしては、これは大きな油断と言えよう。
「ふふ……」
「ん?」
これが。このロゥテシアの油断こそが。結嶺の狙い。
「信じてました。貴女ならば。一度しか私を気遣って手を出さなかった貴女ならば。私が危なければ状況を忘れて助けてくださると」
「そりゃあ……まぁな」
「でもダメですよ? ちゃんと疑わなきゃ」
「なぁるほどぉ~……。お主、これが目的だったか」
ロゥテシアにガッチリしがみつく結嶺。この行為でロゥテシアもようやく気づく。結嶺の策だった事に。
結嶺は実際に疲労困憊だったのでロゥテシアも騙された。しかし、何よりも結嶺がもっと強ければロゥテシアも警戒していただろう。
格下相手と言う余裕と油断。それを理解しつつ結嶺は利用した。
(このような綺麗な目をしていて賢しい事をしてくれるとはな。意外に尽きる)
結嶺は真面目。誠実。勤勉。普通なら相手を騙すなどこれらに反すると誰もが言うだろう。
しかしこれは一応戦闘である。どれだけ力の差があろうとも。試合であろうとも。お互い勝利の為に食う府を凝らすのが誠意というもの。
であれば戦いにおいての礼儀を果たすまで。例え勝てないとわかっていても。そもそも勝ちに執着してないとしても。礼だけは尽くす。
不意打ち上等。騙し討ち上等。奇襲上等。罠上等。
勝利の為の過程なんて何でも良い。結果が全て。手段を選ばす戦う事が何より戦いに誠実な行いである。
(ま、卑怯な手を使おうが傷一つつけられるかもわからないですけどね。ただ……今からやるのはちょっと他の人にはできませんよ?)
他の人間にやれば怪我じゃすまない。そういった類いの技をかけようとしている。
結嶺はロゥテシアにしがみついたまま天を蹴る。
「お……っ!」
真下へ落下する二人。下への反動を殺していない為凄まじいGがかかる。
(くぅ……! 結構キツい……。でもまだまだ!)
結嶺はさらに五回天を蹴る。落下速度が上がる。
そしてそのまま――。
――ドォォォォオン!!!
空気の壁にぶつかりつつ、雷が落ちるが如く轟音を鳴らして床に激突する。
落下からほんの十と数mしか床と離れていなかったので実際には激突まで一秒もない。
その間に計六度も超音速の移動に使うような踏み込みを行った。
普通の人間ならば音速に達した時の衝撃波を食らう時点でバラバラになるどころか、密着していた結嶺も無事では済まない。
(む、無茶苦茶だなぁ~……あいつ……。あんな激しいことするようなヤツだっけ?)
結嶺の自滅覚悟の大技に才は若干引く。自分の戦いを省みてほしいものだ。
「まったく……。賢しい上に無茶をする」
轟音により観客のほとんどは目を反らしていたが、目を戻すと信じられない光景があった。
ロゥテシアは服こそ少し破れているものの。まったくの無傷。
それどころか片手で着地し、もう片方の手で結嶺の頭を抱え保護していた。
「よっと」
「あ」
ロゥテシアは手を離し、力が抜けていた結嶺はそのまま床へ仰向けになる。
ロゥテシアは前方倒立回転の要領で片手逆立ちから直接両足で立つ。
「今のは中々驚いたし、大概の相手ならば殺せていた。恐らく儂相手だからこそやったのだと思うが……下手をすれば主も死ぬ。控えた方が良いぞ?」
顔だけ振り返りながら心配そうに声をかける。どこまでいっても余裕。
リリンやコロナ。今ではカナラと三人の契約者の影に隠れて存在感の薄いロゥテシア。
だが結嶺を軽々手玉に取るところを見れば『やはり』と思わざるを得ない。
(なんだかんだこっちの生活に被れても。お前も十分化物だよ)
才と縁を持ち、契約を果たしている。不調だったとはいえリリンに傷をつけた事もある。
そんなロゥテシアが並の力なわけがない。改めてそれを才は実感した。
「それで? まだ遊びは続けるか? 鬼ごっこの次はかくれんぼやおままごとでもするか?」
ちょっとだけからかい気味に尋ねると、結嶺は眉を寄せて苦笑しつつ答える。
「もうマナも体力もありません。棄権します」
『天良寺結嶺の棄権を確認。勝者天良寺才』
才自身も戦える事は学園では周知。契約者が強い事も周知。
だがここで人域魔法師に契約者一人で、しかも圧倒して勝ったという事実。
この事実を知った上で喧嘩を売るような阿呆は今後そうそう出てくる事はないだろう。
そんな事をすれば、無事では済まないかもしれないのだから。
『これを持ちまして交流戦を終わります。皆様、お疲れさまでした』
観客の胸に熱いモノを残し、交流戦は終わりを告げた。
(兄様の契約者さんはすごかったけど……。兄様自身のお力も知りたかったなぁ~……)
ただ、結嶺の心には小さな凝りが残ってしまう結果となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます