第249話

 交流戦が終わり、今は夜。

 今回の交流戦で怪我をした者も出たので、各々学園内の医療施設で治療を受けた。

 もちろん伊鶴もだ。

 彼女は処置を終えてからたまたま誰もいない大部屋へ移された。

「すぅ……すぅ……」

「……」

 未だ目を瞑る伊鶴の横に座る多美。普段バカやっていてもやはり幼馴染みで親友。心配で離れられない。

(負けちゃったね。あ~んなに強くなったのにね)

 伊鶴よりも強い人がいるのはわかってる。

 近くにいる人間で言えば才やアレクサンドラ。学園長だって伊鶴より強いだろう。あとは教員達も伊鶴より強いはず。

 でも、同年代であんなに圧倒的差を見せつけられるとは思わなかった。

 伊鶴の敗北を信じられない。多美は未だ信じられない。

 ボロボロの伊鶴が目の前にいても、信じられない。

「伊鶴……」

「……た……みぃ~…………?」

 多美の呟きに応えるように目を覚ます伊鶴。前歯が折られているので少し話しにくそうだ。

 そうでなくとも殴られ過ぎて目を覚ましても意識が朦朧としている。証拠に多美を見る目が虚ろ。

「おはよ。大丈夫?」

「わが……んな……い……。ぁだま……いだぃ……」

(もう。頭だけじゃないでしょうに)

 痛々しい伊鶴の姿に眉を寄せる。それでも口だけは笑ってやる多美。伊鶴は湿っぽい空気より明るい空気のが好きだとわかっているから。

「たみぃ……」

「ん?」

「のど……がわい……だ……」

「はいはい」

 多美は近くにあったスイノミを取って伊鶴の口へ。伊鶴はゆっくり水を飲み、一息つく。

「ふぅ……あん……が……と……」

「どういたしまして」

「へへ……今日の……たみぃ……やさしい……なぁ~……あじだは……噴火……か……な……?」

 大怪我をしてもいつもの調子で話そうとする伊鶴。

「バカ言ってないでもう眠れそうなら寝ちゃいな。……話しかけちゃったの私だからアレだけどさ。あ、それともお腹空いてる? おかゆとか頼んでこようか?」

 さすがにこの伊鶴にいつものツッコミはできない。多美は優しい声で伊鶴に語りかける。

「ん~……あだ……ま、ぐらぐらで……お腹空いて………………ない……かな」

「そっか。じゃあ寝ちゃう?」

「ぁ~……どう……しよ……っか……な。なん……か……眠気……もどんだ……か……も」

「じゃあもう少しだけ付き合ったげる」

「あんがと」

 立ち上がろうとしたがまた腰を下ろし、伊鶴が寝るまで付き合う事に。他の患者がいないので気にする必要もないので丁度良い。

「で? なんか話題あるわけ?」

「って……言われ……る……と。困……る」

「おい」

「怒ん……な……よ……たみぃ。へへ……ぢょっど……しだ……お茶目……だ……っで……」

「話すことないなら帰るけど?」

「ぁ……」

 伊鶴が不安そうな顔になる。本当は何か理由があるのかもしれない。

 いや、多美は気づいてる。伊鶴がどうして呼び止めたのか。

「……一人でいると。思い出しちゃうんでしょ?」

「……っ」

「いんじゃない? たまには……さ」

 伊鶴は唇を結ぶ。それから、涙目になって。心の内が溢れ出す。

「う……ん……。負げ……だ……ごど……の実感……ぎで……る……」

 時折濁ってしまう声が、さらに濁る。もうほとんど涙声だ。

「ぐや……じぃ……っ。負……げだっ。づよがっ……だ……っ。あいづ……づよがっだ……よっ」

「……」

 溢れ出すモノが抑えられない。伊鶴の口は伊鶴の我慢したい気持ちに反するように、同時に思う存分泣き出したい心に準ずるように言葉を紡ぐ。

「ズル……いっで……! ぅっく……。才能……あん……のに……さっ! あい……づ……努力じでるの……わがるんだよ……っ。もう……すごいのに……努力す……るな……よっ。わだじら……おいづけ……ないじゃ……んかよ! ばかぁ……!」

 理不尽な泣き言。普段憎まれ口は叩いても、全部軽口で。本気じゃなくて。妬みこそすれネタで留めて。

 ここまで子供みたいな事を吐露した事はないだろう。

 それくらい、伊鶴は悔しいのだ。負けた事が。

「……わが……っでるよ……。わだじが……わるいって……さ……。よわい……の……に……わたじ……の努……力……足りない……って……。で……も、これで……も……がん……ばっでるよ! 精一杯……だ……よ!」

「……」

 多美は何も言わない。伊鶴の邪魔をしない。きっと全部吐き出した方が、伊鶴の為になるから。

「でも……! わだ……じが……っ。雑魚だが……ら……っ! はうぢゃ……ん……いっば……い……けが……じだっ! わだじが……わる……いっ! く……そぅ……くそぅ……くそぅ……!」

 涙が溢れる。本当はじたばたと暴れたい。でも体が動かない。もどかしい。自分で自分を殴りたいのに。口くらいしか動かせないのが、堪らなく……やるせない。

「もっど……ごれが……らっ。がんば……る。わだじ……も……っど。づよぐな……っで……やるんだっ」

 負けるのは嫌いだけど。昔はもっと負けてきた。この学園では二度目でも。前は勝つ方が珍しかった。

 特別体格が良いわけじゃなくて。特別頭が良いわけじゃなくて。特別魔法が上手いどころかド下手で。それでも魔法師に憧れて。目指して。バカにされて。喧嘩して。負けて。

 やっと最近強くなった実感が出てきて。嬉しくて。でも、才能の差を感じてしまって。

 それで今、悪態ついて。虚しくて。それ以上に、最初に浮かんだのが悪態だったのがムカつく。

「ごめんね……はうぢゃん……ごめん……なざい……。わだじ……雑……魚で……。ぁ……ぁあ……っ。ぅぁ……っ!」

 最初に口にするべきだ。最初に心の中ででも言うべきだ。

 自分の為にあんなになってくれたハウラウランの事をまず思うべきだった。

「たみぃ……あだじ……ぜっだい……づよ……ぐな……るがらぁ……生き……証人……だの……んだが……らぁ! ぢが……ぐで見て……てぇ!」

「……はいよ」

 自己嫌悪と共に、伊鶴は改めて決意を口にする。今度はこんな事を思わなくて良いくらい強くなると。

(あんた……言葉の意味わかってんの? それってつまり、あんたの傍に居続けられるくらい私も強くなんないとってことなんだけど? ま、仕方ないから付き合ってやるけどさ)

 伊鶴の決意の裏で、多美もまた静かに決意する。

 伊鶴の願いが叶うまでは、近くにいてあげると。



「……」

 夕美斗は多数の骨折はあるが、治療が終わると自室へ戻っていた。

 それからしばらくの間ベッドの上で横になり考え事をしている。

「よし」

 考えがまとまったのか、ゲートを開きニスニルを呼ぶ。

「夕美斗……。怪我は良いの?」

「安静にしてれば大丈夫。それよりも、ニスニルに話したいことがあるんだ」

「……? なに?」

「まずはごめんなさい。交流戦で戦ったあの人の言う通り、私はニスニルを都合よく利用していた。契約して力を借りてる分際で私は……」

「それは……気にしなくても良いのよ? 貴女は誰かに頼りきりでは戦えない子なんだから」

「いや、召喚魔法師とは本来契約者に頼るモノ。マナを出して力を借りるモノ。私は自己満足の為に半端なことをして色々な人に失礼な真似をしていた。思い返せば本当に愚かで申し訳が立たない」

「……」

 言葉に迷いも弱さも感じない。だから慰めも甘える為の言葉もいらないと、ニスニルは判断した。

「そして、まだ話したいことがあるんだ。この話を聞いた上で。これからのことを一緒に考えてほしい」

「……わかりました。聞かせて。貴女の事を」

 伊鶴だけじゃない。夕美斗もまた未来の為。己が為。前を向く。



「まったく……。今度は何の用だよ……。連れまで侍らせやがって」

「やっほォ~」

 交流戦が終わってから部屋で休んでたら、まぁ~た結嶺が訪ねてきたよ。

 しかもあのドピンクまでいやがる。友達連れてくんなよ。俺の部屋は実家じゃねぇんだぞ。

 いやまぁ本物の実家は友達連れ込めるようなとこじゃないけども。

「ひ、人聞き悪いですねその言い方。やめてください。突然来たことには申し訳ないとは思いますけれど」

「じゃあ来んなよ。せめてアポ取れアポ」

「連絡先を存じ上げません」

「あ」

 そういや俺は高校あがるまで個人で連絡するための諸々持てなかったから久々に会った結嶺には連絡先教えてなかったな。

 覚えてても教える気なかったと思うけどな。めんどくさいし。

「仕方ねぇな。あとで連絡先教えるから用があるなら先にメッセージ飛ばせ。通話は基本的に出ないから。……覚えとけよ」

「は、はい! わ、わかりました! ですがあとでというのはなぜ……?」

「先に用件を済ませろ用件を」

 そのために来たんだろうがお前ら。

「とりあえずきさらともアド交換よろしくだぞォ!」

「うるせぇ黙れ。用件はよしろボケ」

「結嶺ちゃんと違って辛辣だなァ!?」

 だってなんかお前伊鶴やアレクサンドラっぽくて見ててイライラすんだもん。

 できれば目の前から今すぐに消えてほしい。

「えっと……。私も本当はよくわからなくて……」

「あ?」

「き、きさらさんが兄さんに用があるから居場所がわかるならって……感じです」

 ちょっと語気が強くなったせいかちょっとビビらせちゃったか。謝らねぇけど。

「で? 俺に何の用なわけ? もう一番バレたくないのにバレてるから言っちゃうけど俺今から晩飯なんだけど」

 部屋にいるカナラを親指で示す。漂ってくる味噌汁の匂いに震えるが良い。

「じゅるり……。ハッ! 危ない危ない。美味しそうな匂いで色々記憶が吹っ飛ぶところだったぞ」

 いっそ忘れしまえば良かったのに。

「用件とは他でもない! きさらは君にお願いがあって来たんだぞォ~!」

 忘れしまえば良かったのに。

「正直。きさらは不完全燃焼なんだぞ」

「いや知らんがな」

「交流戦。途中からすんごい楽しみだったのにあんなことになるなんて……。きさらの相手。あれは酷かったんだぞォ~」

「そうかざまぁみろ自分の運を恨め」

「兄さん……」

 あ~はいはい。口を挟むなってんだろ。だからそんな非難するような目で見るな。身内からだとさすがにクる。

「こんなんじゃきさら欲求不満で眠れないんだぞォ!」

 でも確実にこいつ俺の話聞いてねぇよな? 構わずくっちゃべってるよ? その辺りどうですかね妹殿?

「ってわけで。スゴ技きさらに見せといて本番じゃ契約者に全部お任せして体力有り余ってるであろう君の下へ来たんだぞォ!」

「……つまり?」

「これからちょっときさらと遊んでほしいってことだぞォ~」

「はぁ~……」

 まぁ夕美斗との試合を考えたら悶々としてるのは理解できるけどもだね。

 だからって俺に面倒を押し付けんなよクソ。結嶺もこんなの連れてきやがっ……。

「おい結嶺。まさかお前も……」

「私も、兄様の……兄様自身の力を知りたいと思ってました。どうか私のお相手もしていただきたく」

「はぁ~……」

 ドピンクの話を聞いて物欲しそうな顔になったかと思ったら……。

 あ~あ~まったく。この二人説得する方が時間かかりそうだわ。仕方ない。

「わかったよ。ついてこい。この時間なら学園内の敷地内で誰も来ない場所があるからそこで相手してやるよ」

「おォう! ありがとだぞォ! 恩に着るぞォ!」

「ありがとうございます! 時間が経ってマナもかなり回復しましたし、それなりにやれると思いますので兄様をガッカリさせずに済みそうです」

 気合入れんなバカ。俺はさっさと終わらせたいんだからよ。

 ま、気合の有無に関わらず二人ともすぐに足腰立たなくなるくらいにのしてやるけどな。

「にゃーにゃー!」

 ひしっと腰に手を回して抱きついてくるコロナ。二体一なら自分もってか?

「……悪いけどお前は留守番な」

「ぶぅ~」

 膨れんな。お前が戦うとなると規模がでけぇし音も派手じゃねぇか。

 演習場じゃねぇんだから土地荒れたら言い訳利かねぇんだよ。

 まったく。どいつもこいつもめんどくせぇな。

「ほら、行くぞ。結嶺。ドピンク」



 夜の学園内にて観客のいないまま、交流戦第七戦エキシビジョンマッチが始まる。

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