第247話

バトルパート


  和宮内夕美斗&ニスニル

      VS

    見ル野きさら



「わォ! お馬さんじャあ!」

 夕美斗が契約者であるニスニルを喚び出すと。きさらははしゃぎだす。まるで動物園に来た子供のよう。

「私は夕美斗の契約者ニスニル。よろしくね。お嬢さん」

「まァ! これはご丁寧にだぞォ」

 ニスニルが挨拶すると、ペコリと頭を下げて返す。口調はそのままなので礼儀正しいのかどうか微妙なところ。

「いんやァ~! さっきからすごい試合ばかりでテンション上がるんだぞォ! そっちはどんな感じだぞォ~?」

「私……は……」

「ん?」

 緊張して口ごもる夕美斗に首を傾げるきさら。あざとい仕草である。

「はっはァん。さてはきさを前にして緊張かァ~? きさらの魅力にメロメロかァ~? 良いぞォ~。すこってけェ~?」

 うっふんとポーズを決めるきさらを見て、夕美斗の緊張が解れていく。伊鶴に近い雰囲気があってちょっと調子を取り戻す。

「はは……。あぁ、とても緊張してる。人域魔法師に憧れていたものでな」

「およ? まるで今は憧れてないような台詞。聞き捨てならねェな?」

「憧れはまだある。でも、今は――」

 安全エリアから出て、ニスニルにマナを送り風の鎧を纏う。髪が不規則に揺れ出す。

「ニスニルの力を借りて、召喚魔法師として強くなろうと思ってるよ」

「ほゥ! やっぱE組だからかなァ? いづるんみたいに自分でも戦うスタイルかァ! 期待が膨らむぞォ! おっぱいもっとおっきくなっちゃうぞォ!」

 自分の胸を左右から寄せて強調。幾人の男が注目したかは……触れないでおこう。

「そんじャあ――」

「……?」

(挑発? 誘い? とにかく油断だけはしないように……)

 きさらは両手を広げ歩いて近づいてく。

 人域魔法はまだ使っていない。

 夕美斗は何かの作戦かと疑い、構えを取る。

 夕美斗の心配を他所に、きさらは夕美斗の目の前まで歩いてきた。

 未だ両腕を大きく左右に広げてノーガードのきさらを訝しむ夕美斗。

 だがその心配は杞憂に終わる。

「どうぞ。お先にだぞォ!」

 先手を譲る。そう言われた。

 自分を格上だと思っているからかただの気まぐれかはわからない。わからないが。

(事実彼女は格上だ。だから余裕を見せるのは不思議じゃない。それに何より……ありがたい。そのご厚意。喜んでいただこう)

「はっ!」

 夕美斗はきさらの腹部目掛けて蹴りを放つ。風の力と人域魔法で強化された蹴り。まともに受ければ一撃で肋を粉砕するだろう。

「ほいッと」

「!?」

 きさらは両手を広げたまま斜め前に軽く踏み込む。

 威力が乗りきる前に膝の関節部分にわざと当たって威力を殺した。

「……っ」

 夕美斗は慌てて体勢を戻し、今度は顔面に正拳突き。人域魔法師顔負けの速度。風の鎧で範囲も拡張している。

 迫り来る拳。しかしきさらは今度は体を動かさない。拳は真っ直ぐきさらの顔面を捉えた。

(当たる……!)

「って思うのはいかんのだぞォ?」

「うっ!?」

 拳が弾かれた。だがきさらの両腕は広げられたままだ。

(なにを……された?)

「うん! 調子いんだぞォ! 今日の感じなら結嶺ちゃんにも勝てるかもだぞォ! やっぱ良い試合見てテンション上がってると全然違うぞォ!」

 何やら嬉しそうなきさら。この言葉から察するにやはりきさら自身の力で拳を弾いたんだろう。

 しかし、きさらが何をしたのか把握できているのは何人もいない。

 何故ならきさらが今やった事はそれこそでないと把握できないからだ。 

「もうこの場所も把握したしィ。調子も良いしィ。今日のきさらは結構強いから気を付けるんだぞォ~?」

「はは……。すごいな……」

 満面の笑みを浮かべるきさらに乾いた笑みを返す夕美斗。

 普通に防がれるだけでなく、得体の知れない力でも防いでくる。この時点できさらの力に恐怖を覚える。

(何をされたのかわからないが……。様子見できるほど手札はない。このまま攻め続けるしかないっ)

「はぁ……!」

「良い気合だぞォ! その調子でガンガン来やがれェ~?」



「はっ! せい!」

 夕美斗の止まぬ猛攻をかわし続けるきさらは、いつしか笑みを消して目を見開いて夕美斗を眺めるようになった。

(……ん~? さっきから一人で攻撃してお馬さんは動く様子がない? なんでだァ~?)

 時折ニスニルに目を移しながらも夕美斗の攻撃を軽々とかわす。まだまだ余裕綽々。

 余裕ではあるが、そのぶん内心では疑問と不満は溜まる一方。

 きさらは戦いたいのだ。戦闘狂バトルジャンキーというわけではないが、熱い戦いを見せられ、不思議な力を見せられ、昂ってしまっているから。

 夕美斗の第一印象はかなり良い。速い攻撃。武術を嗜んでるであろう綺麗な動き。契約者の能力により間合いも独特で面白い……の、だが。伊鶴みたく共闘するわけでもなく。一人で向かってくるのが気に入らない。

 もうわかっているから。夕美斗だけでは相手にならないと。わかってしまったから。

 だからさっさとニスニルにも戦ってほしいと思っているのだ。

 でないと、きさらの昂りは治まらない。満腹になれない。

(むゥ~……。きさらが攻撃しないから一人で良いとかそういう感じかァ~? だったらちょっときさらもいったるかァ!)

「そろそろきさらもいっくぞォ!」

「……!」

 夕美斗は今度こそ見逃すまいときさらの動きに注視するのだが……。

「く……っ!?」

(やっぱり……見えない!?)

 両腕で左右をガードしたお陰で直撃は免れたが、反応して防いだわけじゃない。これは運が良かっただけ。

 もしもきさらが予告をせずに攻撃していたならば、夕美斗の側頭部は叩かれて三半規管は揺らされていただろう。

「おォ? 今のを防ぐとは中々やるなァ? じゃあ本格的にいくぞォ!」

「望むところ……っ!」

 防御に徹していたきさらは転じて大幅に手数を増やしていく。

「ほいッ! ていッ! どやァ!」

「……っ。うぐ!? はぁ!」

 きさらが手を出し始めると、夕美斗はさらに一方的に殴られるようになる。

 しかも見えない打撃を使わずに、だ。

 夕美斗が一方的にやられている理由はきさらの独特な動きにある。

 例えば。バスケ選手がディフェンスをするように両手を広げ近づき、下から顎目掛けて殴ろうとしたところに夕美斗が反応すると、上から殴る。

 至って普通のフェイントに見えるが、夕美斗が反応してからじゃないと絶対に動かさない。完璧なカウンターを叩き込むのだ。

 他にはわざとヘッドスリップでかわせるように真っ直ぐ拳を打ち出す。夕美斗がそのタイミングで踏み込み反撃を狙おうとしたら打ち出した腕を曲げて後ろから服なり髪なりを掴んで後ろに反らせて怯ませる。

 こういった個性的な技術とも呼べない。まるで相手をからかうようで、それでいて高等なテクニックを見せていく。

(こ、この人……。わざわざ速くしなくても強い!? というか、動きがめちゃくちゃで読めない!)

 不規則なリズム。不可解な角度。異常なタイミングでの可変。

 対人戦闘が得意なはずの夕美斗が翻弄される。

 当然だ。きさらの動きは普通の人間ならやらない。

 やらない事をわざわざしているのだ。理由は至極単純。

(うん! 良いぞ良いぞォ! 皆きさらに注目してるぞォ! 目立つぞォ!)

 きさらは目立ちたがり。だから人と違う事をしている。それだけの事なのだ。

 しかし理由は単純だが、それとやれるかどうかは話が別。

 完璧に決められるカウンターも。相手の死角をつきつつ後ろから引っ張るなんて芸当も。見えない打撃も。

 それら全て。きさらの圧倒的才能があってこそ可能にしている。

 平均より長い手足と思った通りに体を動かせる身体的才能。相手の動きを完全に見切る洞察力と直感という感性的才能。人域魔法師に不可欠のマナ量の才能。

 きさらは夕美斗が欲する才能モノを全て持っている。夕美斗がきさらに勝るものは……現状存在しない。

 ……精神面でさえも。



「ほいやッ!」

「く……ぁ……っ!」

 風の鎧を無視するかのように見えない打撃は夕美斗の体を打ち抜く。

 夕美斗は派手に後ろに吹っ飛んでいった。

「ぅ……」

(つ、強い……。私なんかよりずっと……強い……。どうやったら勝てるか……わからない……)

「ねェ」

 倒れてしまい、心も折れかけている夕美斗に、きさらは不思議そうに尋ねる。

「なんでそっちのお馬さんは戦わないんだぞォ?」

「……ニスニルも、一緒に戦ってくれてる。私に風を纏わせて――」

「いや、それはわかってるぞォ?」

「……?」

 言葉を遮るきさらに、今度は夕美斗が疑問に思う。

「きさらが聞きたいのはねェ~え? なんでお馬さんは能力オンリーというかァ? 貴女の補助しかしないのか聞きたいんだぞォ?」

 きさらが疑問に思っているのは夕美斗の戦闘スタイルの事。

 夕美斗はニスニルに戦わせる事が苦手。かつてニスニルに任せていた時は緊張してしまいニスニルを悪戯に傷つけるだけだった。

 まだ自分の体を使った方が戦いやすい夕美斗はその後、今のスタイルを確立させて演習でも結果を残せるようになった。

 だから今も夕美斗はニスニルに補助だけを任せて戦っている。

 と、ここまでが今まで仲間内に説明していた部分。

 実はもう一つ。夕美斗には大きな理由があった。

「……いつか、勝ちたい相手がいる。その相手には一人で……この身で戦って……勝ちたいんだ」

 先の事を含めて全てきさらに伝えた。強者であるきさらの相手を勤められていないせめてもの謝罪として。夕美斗は理由を伝えた。

「……ふぅん? 一人で? 今力を借りてるのに?」

「今の私はニスニルなしじゃ何もできないから……」

「じゃあ一人じゃないんだぞォ?」

「それは……」

「そもそも召喚魔法師は契約者と一緒に戦うものだぞォ~? 一人で戦うって言うんなら人域魔法師を目指すべきなんだぞ」

「でも……私には才能が……」

「だったら割りきってもっと契約者とちゃんと戦うべきじゃないかァ~? 今の貴女と契約者さんはまるで……うん。武器と使い手って感じで気分悪いぞォ~? 物扱いしてるようにしか見えないぞォ~?」

「……っ。そんなことは!」

「自分の体で戦いたいから力貸せよってそういうことだろォ~?」

「……」

(夕美斗……)

 言い返せず、黙ってしまう夕美斗。そして心配そうに見つめるニスニル。

「ニスニルを……私は……」

「夕美斗。貴女は自分の好きなようにすれば良いの――」

「過保護が過ぎるぞォ?」

 きさらはニスニルの言葉を遮る。甘い事を言おうとしたからだ。

「別にさ? こだわりとかあるのは良いと思うぞ。きさらにもあるし」

「……」

 夕美斗は今までの自分を振り返りつつきさらの言葉を聞く。

「ただ、こだわりにもルール? とか? 前提? とか? みたいなのがあると思うんだぞォ。きさらは人域魔法師として、実力をつけて、力とスタイルを両立させてるぞ。少なくともきさらはこれで戦えてるし、勝ってる。戦う目的は勝つことだから。勝たなきゃこだわりなんて鼻で笑われるだけなんだぞォ」

 完全にきさらからは笑みが消えている。内から沸々と沸き上がる感情が漏れだしてくる。

「でも……お前はさ? 召喚魔法師として戦ってない。人域魔法師の真似事のために大切な相方利用して。挙げ句一人で勝てない相手どころか真面目にやってる相手こっちをバカにするみたいに頑なに一人でやって。今も図星つかれたくらいで言い返せないでいて。わかっててやってるとか! 命をかけるくらいの事は言えねぇのかお前は! あァ!?」

「……っ」

 きさらは一度言葉を切り、顔を伏せ、改めて夕美斗を見据える。

「嘗めんのも大概にしやがるんだぞォ……。バカにするのもいい加減にするんだぞォ……。一人で戦いたきゃ喚ぶな。召喚魔法師やめろ。自主退学して死ぬ気で人域魔法師になりやがれ。それが出来ないならその独りよがりやめろ。召喚魔法師として生きてく覚悟があるならあれェ~?」

 明るい性格のきさら。目立ちたがり屋で温厚な彼女にも許せないモノはある。


 彼女は――。


「わ、私は……! それでも! 自分の身で!」

「……まだわかってないんだなァ? こっちは真面目に勝つ気で前に立ってんのにそっちはないってわけかァ~?」


 ――侮られるのが、馬鹿にされるのが、大嫌いなのだ。


「もっとハッキリ言ってやるんだぞォ。こだわって良いのはこだわりを持ちつつも強いヤツと、鼻で笑われようが好きでやってるってこだわりと心中できる大バカ野郎なんだぞォ~。お前からはどっちも感じねェぞォ~? あァ!? ってことはもうさ? お前さ? ようはあれだろォ? なめてんだろォ? そんな半端な覚悟でもこの先やってけるってよォ~? 甘えたこと思っちゃってんだろォ? 魔法師なめてんだろォ?」

「ち、ちが……」

「じゃあこだわり抱いて死ねる大バカ野郎ってかァ? そんなら試してやるんだぞォ!」

「……!?」

(い、今のは……!)

 瞬きをせず、ちゃんと見ていた。それなのにきさらは夕美斗の額に自分の額をくっつけられるほど接近した。

 速いとか。見えないとか。そういう次元ではなく。文字通り一瞬で移動した。

(ま、まるでド・ニーロさんの瞬間移動……っ。同じ能力!?)

 これぞきさらの真骨頂。マナによる空間歪曲。かつてゴールデンウィークの時、世話になったド・ニーロと同じ能力。

「驚いてる暇……あんのかァ?」

「……ぶふっ!!?」

 一拍で頬、こめかみ、耳裏、顎、肋と五発の被弾。全て左手で打たれた。

「ぅ……ぁ……」

 フラつく。腰が砕ける。膝か震える。

(だ、ダメだ……。出所はわかるのに……! ガードしてるのに……! 隙間を縫って打ち抜かれる……! まるで、あの子と同じ……)

 さっきまでの独特の体の動かし方ではない。ただ殴る。当てる。壊す。を、目的としたきさらの打撃。

 きさらはもう目立ちたいとかは考えていない。ただきさらは殴り続ける。この試合という名の別の何かを。

「……」

 前屈みになった夕美斗を不機嫌そうにきさらは見つめる。

「この程度で怯んでんじゃねェぞォ? お前が一人で戦うつったんだろォ? そんな盛大にガクガクしてたら実戦じゃ百回殺されるぞォ?」

「んぐ!?」

 今度は下から。顔面を三度蹴りあげた。今度は部位をわけずに同じ場所を三度だ。

「夕美斗!」

 ニスニルは夕美斗から送られるありったけのマナを防御に回している。さっきからずっと。

(なのにまったく通じない! あの子の体が尽くすり抜けて夕美斗だけを狙い打ってる! 私の能力じゃ……夕美斗を守れない!)

「ほら! お馬さんもいつまで付き合ってんだァ!? このままじゃあ負けるどころか死んじゃうんだぞォ!」

「……!? かっは……っ!」

 浮いた体にさらに左右四発ずつ。きさらは手を緩めない。

 ニスニルが戦いにちゃんと参加するまで。夕美斗が半端な覚悟を捨てるまで。それか、この試合そのものが終わるまで。彼女は手を緩めるつもりは欠片もない。

 その光景はまるで私刑であり死刑執行。冷酷にして残虐。

 伊鶴と雨花の時はやり過ぎという面もあったが、ちゃんと戦いという体は整っていたのに。今度はもう終始一方的過ぎて。一部を除いて見ていられなくなっている。

 しかしニスニルは助けに入らない。入れない。夕美斗がそれを望まないから。

(私は……それでも……あの子と向き合う……ために……。でもそれは……ニスニルを利用してる……だけで……)

 そんな夕美斗も。頑なに自分の身で戦う事を選んだ夕美斗も揺れている。

 きさらに言われた事が胸に突き刺さり、えぐったのだ。

 自分を省みて、きさらの言う事が正しいと感じている。

 しかし、その反省は今するべきなのだろうか? 今さ戦いの最中で、相手は本気で向かって来ているのに。今考えるのはそれで良いのだろうか?

(戦ってる最中に余計なこと考えてるな? あんだけのこと言われたらまぁ仕方ないんだぞォ。でも、それ。完全に嘗めてる……!)

 きさらは怒る。夕美斗の甘さに。契約者の甘さに。人に言われて揺れるような半端なこだわりに。きさらは怒る。

 何故ならそれらは戦う相手を馬鹿にするに等しいから。自分は馬鹿にされるのが嫌いだから。



 見ル野きさらは天才だ。

 身体的才能。感性的才能。マナの才能。

 あらゆる才能が彼女の強さを支えている。

 だがもちろんの事。彼女にも欠点はある。たくさんある。

 その中でも大きなモノを上げるならば、才能のムラが激しい事。調子が激しく上下してしまうのだ。

 それでも若手ではNo.2を保てている圧倒的才能。

 もしも彼女にこのムラさえなければ、魔帝候補に留まらず紅緒の最年少記録を打ち破り16にして魔帝の座を手に入れていただろう。

 では、そんなきさらが本気になれた時はどうなるのか?

 実は彼女が本気になったのは四回しかない。



 一度目は兄に対してだ。

 四人兄弟姉妹の末っ子のきさらはよく兄姉達の後ろをついて回るような甘えん坊だった。

 姉は可愛がってくれたが、兄はきさらをからかう事が多かった。

 きさらはそれを遊んでもらってると勘違いしていたが、それなりに仲良くはやっていた。

 しかし、ある時気づいてしまった。バカにされておもちゃにされてるだけだと。

 普通の兄妹ではよくあるような年功序列的な扱い。きさらにはそれの意味がわからなかった。


「さきにうまれただけでつよいの? つよいとえらいの? だからさきにうまれただけでえらい?」


 先に生まれたのが偉いのはよくわからなかったが、強いと偉いというのはなんとなくわかった。

 事件は小学校にあがる少し前に起きる。

 思わず強くきさらを叩いてしまった時があった。

 きさらはそれまでからかわれても遊んでもらってると勘違いするような子供だったが、痛いのは当然ながら嫌い。

 きさらは怒った。そして殴った。思いっきり。

 喧嘩には……ならなかった。何故ならきさらは馬乗りになってただ一方的に殴り続けていたから。

 反撃の余地を与えず。気絶しても止めず。感情の発散が終わるまで殴り続けた。

 両親や他の兄姉が来るまで殴り続けた。

 これが一度目。きさらの才能の片鱗が見えた時。

 幸いにしてきさらの兄には身体的後遺症は残らなかったが、活発さは消え失せ、臆病な性格になってしまったという。

 さらに両親も、きさらを甘やかすようになった。

 だって、怒らせると怖いから。



 二度目は小学校三年生の時。

 きさらのクラスでは複数の男子で組まれたグループが一人を対象にいじめを行っていた。

 もちろん誰も助けに入らない。よくある事だ。

 さらによくある事に、きさらはそれを注意した。

 一対一ならともかく、一人対複数では卑怯だと注意したのだ。

 少々的外れだが、これをきっかけにきさらは標的にされた。

 よくあるいじめをされた。叩かれたりだとか、物を盗られたりだとか。至ってよくあるいじめをされた。

 なので、きさらはやり返した。自分のやり方で。強いと勘違いしてるガキ共を粛清した。

 被害にあったのは五名。

 一人は両肘複雑骨折。しばらく介護が必要となった。

 一人は眼底骨骨折。その際眼球にダメージがあって視力の回復に時間を要した。

 一人は額に擦過傷。それから頬と耳を割れた硝子によって裂傷。

 一人は服を全て剥かれてきさらに学校中追い回された。きさらはあえて追いつかないようにして辱しめたのだ。

 最後に主犯格だが、口の中に泥と虫を突っ込まれガムテープで口を閉じられた後。ブランコに縛り付けて揺らされて。前に来る度にきさらの蹴りが顔面を襲った。

 これによって歯は全滅。鼻骨骨折。額関節骨折に眼底骨骨折その他外傷多数。に、加えて精神面に大きな傷が残ったという。

 事件はこれだけでは終わらず。彼らの両親が学校ときさらに説明を求めた。

 きさらは彼らの両親に詰め寄られ、笑顔でこう言い放ったという。


「他の子にしてたことをしてあげたの♪ あとね。知ったほうが良いと思って。強かったらやり返されないけどぉ。弱いとやり返されちゃうよって」


 身の程知らずが自分を棚に上げて人を馬鹿にするな。そんな思想が、既に定着していた。



 三度目は先の件で魔法の才能を認められて特待生として国立人域魔法師育成中学校日本校に入ってすぐの頃。

 高等部の将来有望と言われていた先輩に絡まれた。

 彼もまた才能があった。故に期待されていた。

 だが中等部で特待生のきさらに嫉妬し、喧嘩を売ってしまった。

 試合が始まると、きさらは一方的に遊ばれてしまう。

 本気で向かっても遊ばれて。真面目にやるべきなのに高慢で不真面目な相手にストレスが溜まる。

 それだけならばまだ良かった。それだけならばまだ彼は人域魔法師としての未来はあっただろう。

 ただ、彼はきさらを子供扱いしてしまった。

 いくら才能があっても年下だからという理由で侮られたきさらは頭に来てしまう。

 悪夢は再び訪れた。

 才能があろうと訓練を積んだ自分のが強いと周りに知らしめるつもりが、きさらの踏み台と成り果てた。

 泣き叫ぶまで殴られて。泣き叫んでも殴られて。泣けなくなるまで顔が腫れ上がっても殴られて。気絶して止めに入られるまで殴られた。

 恥をかき、打撃に対する恐怖を植え付けられた彼は学園を去った。



 これらの事からきさらが本気になれるのは怒った時だけで、怒るのも悪意ある侮蔑か身の程を弁えずに他者を侮る場合だけだ。

 故に普段の様子からわかる通り、雨花などの軽口で本気で怒ったりしない。

 雨花は口も悪いし他者を蔑む。だが彼女の場合生来の口の悪さという事と、伊鶴のように認めた相手や魔帝などの格上には尊敬の念を抱く。これは大きな差だ。

 きさらはあぁ見えて人の心に敏感だ。だから自分より強い自分に雨花が心の内では尊敬しているのを知っている。認めてくれてるのを知っている。だから怒らない。その必要がない。

 明るくフレンドリーで派手好きで目立ちたがりの変わり者。それがきさら。

 しかし、今。四度目の本気を見せようとしている。

 今度の理由は一味違うけれど。



「自分に才能ないって思うなら! 自分に力がないってわかってるなら! もっとちゃんと頼れば良いだろォ!? なんでお前は! 覚悟も戦い方も中途半端なんだよ!」

 身の程知らずは嫌いだ。夕美斗に悪意はないし、弱い自覚があるのもわかる。

 でも、それならなんで半端に頼るんだろう? 頼るのが苦手って人間もいるし、理解できる。

 だけど召喚魔法師の道を選ぶって事はさ? 恥を忍んで頼る事を選んだんだろう?

 なのになんで、今さら一人で戦うとか自分の身だけで戦うとか言えるんだろうか。

 きさらにはわからない。わからない事があると胸がモヤモヤして。本来怒らないはずの理由でも、そこに薪や油をくべるように、怒りの炎を大きくしてしまう。

「ここに立ってるなら! やりたいことは決まってんだろォ!? 強くなりたいって! 勝ちたいって! それが一番で! 」

 なのになんで。今、勝てる手段を模索しないで別の事を考えてるんだろう。

 それは相手に失礼だろって。なんで気づかないんだろう。

 きさらは怒りながらも夕美斗に大事な事を教えてくれてる。

「うぶっ!? おえ……っ」

 ただ、それを受け止めるには、今の夕美斗は身も心も弱くて。

「お前は! なんで! ここにいる!?」

 きさらは悔し涙を流す。さっきまでの召喚魔法師人達には信念を感じたから。形は違えど曲げるつもりのない何かを感じたから。

「バカにするなよォ……バカにするなよォ! 目の前の私をバカにするなよ! さっきまでの試合をバカにするなよ! 契約者をバカにするなよ! 自分を……バカにするなよ!」

 気づいていた。夕美斗が一番自分を蔑んでいる事を。

 だから半端にしか出来ない事を。

(何人も見てきたんだぞォ……お前みたいなヤツ……。自分に自信持てとかさ? きさらだって軽々とは言わないんだぞォ。できない人がいるのはわかってるからさ? でも、それ以上に……っ!)

 きさらは一層マナを込める。防ごうとする形すら取らなくなった夕美斗に止めを刺すように。

(お前が何をしたいのか……よくわかわないんだぞォ……)

「……!」

(夕美斗……ごめんなさい!)

 きさらの最後の攻撃はニスニルによって防がれた。

 身を呈して夕美斗に飛んできた打撃をその身で防いだ。

「……手加減してくれてたのね」

「……殺したら後味悪いだけだぞォ」

 きさらは途中から人域魔法をほとんどかけていなかった。使うのは最初の瞬間移動だけで、他はほとんど使っていない。

 だからきさらの拳の皮はズル剥け、夕美斗の血と混ざりながら床に垂れている。

「ありがどう……ございまじだ……貴女のお陰で……わだじ……」

 ボロボロの夕美斗はへたりこみながらお礼を言う。自分が如何に愚かだったのか。自分が如何に失礼だったのか。気づかせてくれたから。

「……そういうの。別にいらない。きさらはただ……うん。スカッとする試合がしたかったんだぞォ~。こんなモヤッとしたまま終わりたくなかったんだぞォ」

「ごめんなざ……」

 きさらの恨み言に謝罪の言葉を言い切る前に夕美斗は気を失う。それをわかっていてきさらは最後に言葉をかけた。

「次からは……もっとそのお馬さんを敬えェ~? 自分の身を盾にしてくれるくらい大事に思ってくれてるんだからなァ?」

 きさらは優しい声で夕美斗に語りかけた。それでも、去り際の彼女の顔は、とても悔しそうなモノだった。


『和宮内夕美斗の戦闘不能を確認。勝者見ル野きさら』


 この試合は戦いと呼べるモノではなく。結果的にきさらの一方的な展開で終わった。

 今までの中である意味最も目立っていた。いさらの言葉に胸を撃たれた人間も夕美斗以外にいた。

 なんだかんだ彼女は目立ちたいというこだわりだけは貫けたのかもしれない。

 残念な事に、本人はまったく知らない事なのだけれど。



 人域魔法師側控え室。

「……」

「……ん。食うかカメノテ?」

「……これはカメノテじゃなくてドーナツだけどなァ? でももらうんだぞォ」

「はぐはぐはぐはぐ!」

「あぐあぐあぐあぐ!」

「……二人とも動いた後によくそんな食べてられるね?」

「やけ食いなんだぞォ!」

「成長期なんだよバカのバター炒め!」

「あ、そう……」

「……では私は行きますね」

「あ、うん。お兄さん……結嶺の相手できると良いね」

「心配ありませんよ。兄さんはすごい人なんですから」

(と、言っても。実際のところ兄様の力は見通せなかった。だからこの後の試合で、この目とこの身で。貴方のすごさを証明してみせます。その為にはお互い本気でなくてはなりません。……どうか兄様。本気で勝ちに来てくださいね?)



 召喚魔法師側控え室。

「やっと……真打ちだ……ね。楽しみ……だ」

「でも残念だね。やられて破けた服が拝めなさそう」

「……何を目的にしてんだテメェは」

「もちろんチラリズム。できればおはだけ」

「ふざけろ変態」

「うん。ふざけてる♪ 大真面目にね♪」

「……」

「すまん。遅れた」

「……いや、丁度良い。行くぞ」

「……? あぁ」

「マナを惜しむつもりねぇけど。くれぐれも手加減を忘れるなよ?」

「わかってる。殺さないように。適度に満足させて終えるよう努める」

「助かる」



『最後になりました。第六戦を始めさせていただきます。人域魔法師天良寺結嶺。召喚魔法師天良寺才。準備ができ次第。始めてください』

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